4-12「契り 交わすは 最後マデ」
────ぐんっ……!
「んぐあああああああっ、わあああああああ!」
あと1ミリ。もう少しで『負け』というところで力をキープし続けている、黒髪くせ毛の青年エリック・マーティン……いや、エルヴィス・ディン・オリオン盟主は、絶妙な加減で腕に力を込めた。
そして響く、ミリアの唸り声。
お察しの通りである。
『契約』を終えた彼女が求めたのは『腕相撲』。
言われ戸惑うエリックに向かって、ミリアは『マジェラの儀式だから』と嘘八百を言い放ち、そのまま試合へと縺れ込ませた。
もちろんマジェラにそんな儀式はない。
ミリアの趣味である。
しかしソレを知らないエリックは──『馬鹿げてる』と思いつつも付き合った。
エリック・マーティン……いや、エルヴィス・ディン・オリオン盟主。変なところで律儀な男だ。
エリックが内心『…………本当か?』と思いつつ手を貸して早数回。今もまだ、顔を真っ赤にして『ふんぬううう!』と唸るミリアに、彼は呆れ気味に目を向けると
「…………なあ。君の力で勝てるわけないだろ? もういい加減にしたらどうだ?」
「……わかっ、……ってるけど、奇跡っ、がっ、あっ!」
「──あるわけがない。筋肉量が違う」
力はそのまま。プルップルの彼女からそっぽを向いて、頬杖を突きながら言い放つ。
ミリアから『勝負!』と言われたその時には、魔法を使って挑んでくるかと思いもしたが、彼女は純粋に力で挑んできた。
馬鹿にされているのか、おちょくられているのか、それともただの馬鹿なのか。彼女の真意はまるでわからないが────それにしても『弱すぎる』。
右手一本。
真剣にならなくとも、片手で頬杖を着きながらでも、余裕しゃくしゃく。まさに
まあそもそも性別が違うのだから、腕力が違うのは明らかであるが、本当に
(………………弱すぎる)
もはややる気も何もなく、無表情で腕をキープするだけのエリック。しかし彼女は諦めない。カウンターすれっすれのところで、今もぷるぷる耐え忍ぶミリアの手と、その顔をちらり。
────はあ~…………
「…………なあ。……確認なんだけど、君、これで全力なんだよな?」
「全力じゃないように見えますかなっ!?」
「……見えないよ。見えないから聞いてるんじゃないか」
勢いよく返ってくる言葉に、エリックは呆れと諦めを込めてそっぽを向いた。
────嗚呼────
──彼がこの世に生まれ落ちて26年。
ダンスを求められたことはあった。
求愛されたこともあった。
スパイ活動の中、賭け事を持ち掛けられたことも、取引をしたこともあった。
──しかし、腕相撲なんて、した記憶もなければ求められたこともない。明らかに勝てない相手に勝負を挑む女の相手をしたことも、経験したことがなかった。
(…………何がしたいんだ、君は)
ぎりぎりじわじわ。
『あと少しでも力を入れてやれば潰れる』というところでキープしつつ。彼は、未だ諦めない彼女に呆れかえった表情を隠すことなく、『もう一度』。
「…………もう諦めたらどうなんだ? 勝てないよ、どれだけやっても」
「わっかんないじゃん!」
「……わかるだろ」
「ちょっとまって! ほら見てちょっと上がってきた! ふっふっふふふふ! さては! 疲れてきてるでしょおにーさ」
ぐっ! べちっ!
「くああああ!」
100%勝てない位置からの減らず口に、思わず力を込めてとどめを刺すエルヴィス・ディン・オリオン閣下。無残に潰れる、ミリア・リリ・マキシマム(着付け師 24才 女性独身)。
完璧な勝利だ。
勝つのは好きだ。
負けるより勝ちを取りたいし、勝つためなら策を練る。
しかしここまで嬉しくない完全勝利もない。
「…………4戦4敗〜〜〜〜っ……! 勝てない────っ……!」
「…………当たり前だろ。もういいか? 手、離して欲しいんだけど?」
言いながら、未だ『ぎゅっ』と握られている手に目を落として物申す。
しかし、その手は離れない。そんな、握りしめられている手にもう一度視線を落として────
──────はあ…………
(…………何やってるんだ、俺は)
馬鹿げた寸劇、潰れる女。
付き合っている自分にも辟易とする。
最後苛立ってとどめを刺した自分にも『何やってるんだ』という気持ちが湧いて仕方ない。
今だって、手を振り払おうとすればできるのだが、どうもそれができない。
体に触れられるのも好きではないし、握手をするのだって相手によっては警戒してきたのに、なぜか 彼女のペースに巻き込まれてしまう。
カウンターの上、力無くひらいたミリアの手から、そっと自分の右手を引いて。
エリックは自由になった右の拳をさすりながら、潰れたミリアの後ろ頭を眺めつつ──『ミリア』を反芻する。
コミュニケーションの密度から、彼女の負けん気の強さや、はねっかえりな部分。正義感の強さと臨機応変なところはだんだんと掴むことができてきたのだが。
それとは別にエリックが気になっている点がひとつ。彼女の特性なのか、マジェラの女の特徴なのかはわからないが──
(────距離が近いだろ、これ……)
これである。
繰り返すが、彼が知る限り、この国の女性にこんな距離感の女はいない。
たいていは男性と一定の距離をとるか、それ以上に近寄らないか。
はたまた、好色全開でくるかのどれかに分別され、こんなまるで『友達のような距離』で接してくるのは、本当に見受けられない。
だからこそ『飛び抜けて使いやすそうだ』と目をつけたのであるが。
それは連鎖的に、いろいろな危険を示唆していた。
(────
彼の頭の中。ひそかに
屋敷の人間は、エルヴィスのことを『堅物の盟主』だと認識しているだろうし、屋敷内部で盤上遊戯や貴族剣技を磨いたことはあっても、腕相撲は印象違いだろう。
まあ、しかしけれども。
(…………屋敷は、……まあ、いいとして。問題はラジアルの方だ。あそこのメンバーに見られでもしたら、体裁が)
「────もう一回!」
「……!」
ざーっと巡り『危機』を連想したエリックの思考を、ミリアの声がかき消した。
少し驚き目を向ける彼に、ミリアはカウンターを乗り出し、真剣なまなざしで射抜くと、
「もう一回! いざ! 尋常に! 勝負っ!」
「……もう十分だろ? 『尋常に』って、何度も使う言葉じゃないと思うし。なにより君の腕が壊れる」
「こんなことで壊れるわけない!」
「…………はあ……、どうしてそうなるんだ? まさか他のところでもやってるんじゃないだろうな?」
「付き合ってくれる人などおらん!」
「…………だろうな」
「はい! っというわけで勝負!」
エリックが、ミリアのテンポのいい返しに『はいはいわかりました』調の返事を返した、その時。
「────こんにちは、失礼します」
『…………!』
声は突然飛び込んできた。
縫製工房ビスティーの入り口。
年季の入った扉を背に、こちらを向きながら微笑みを称える、その男。
「────お久しぶりです、ミリアさん」
「……スネークさん!」
胡散臭い微笑みに、澄ました表情。
糸のような目をゆみなりに弛ませ、微笑む彼の名は、商工会組合組長 兼 調査機関ラジアルの窓口・スネーク・ケラー。
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