4-10「契りの儀式」




「今日から俺たちは相棒だ」



 その日、交わされた契約は『相棒であること』。


 一般庶民ミリアを『相棒』として選んだことに、エリックの良心が問いかける。『これで、良かったのだろうか』と。しかし、無意識に脳が云うのだ。『これが最善策だろう』と。


 リスクはつきものだ。

 この先、どんなことがあるかはわからないが、すべては任務を遂行するため。街の産業を守るため。民の暮らしを守るため。


 ────『そして』。


(────すべてを、護るためだ)



 心を固めて息を呑む。静かに『全てを護る』と誓う彼に、ミリアの明るい声は飛び込んできた。



「じゃあ、儀式をしないとねっ」

「…………儀式?」



 跳ね上げるように目を向けると、そこには『はい、握って?』と言わんばかりに差し出された彼女の右手。


 ……どこからどう見ても『握手』の催促に、エリック小さく目をあけ首をかしげると、



「……握手?」

「そそ、握手。良いから握って?」


 

 光を宿したハニーブラウンの瞳で促しながら、にこやかに求める彼女に──エリックは、応えその手を握った。警戒も・なしに。



 ──古く、年季の入ったカウンターの上。

 楽に握り合い繋ぐ手のひら。


 おびただしい布と糸。

 トルソーに飾られたドレスが見守る中。


 ミリアはおもむろに『すぅ──っと』息を吸い込み瞼を閉ざして────”紡ぐ”。



 

《──── 我 》 



 彼女の言葉。変わる空気。

 凛と張り巡らされた何かに、目を見開く。



《ミリア・リリ・マキシマム“ 

 汝 エリック・マーティン》



 握る手のひら。ぽわんと生まれる暖かな光。


 

《我ら流るる 血のもと

  今ここに 盟約の契り交わさん》



 唱える彼女の髪が浮く。力に呼応するように空間が揺れる。



《我が力 汝となりて

 汝が力 我が身となりて

 共に 朽ち 果てるそのときまで

 盟結めいけつ!》

 


 弾ける・消える・手の中の光。

 『しゅぱんっ!』と音を残して、浮いた彼女の髪も、ふわりと淑やかに大人しくなる。



「………………」

 


 目の前で起こった出来事に、エリックはただただ呆けて目を丸めていた。



 光が現れた。

 髪が浮いた。

 掌が暖かかった。

 空気が張りつめ、何かが満ちていくのを感じた。



(────いまのは?) 

「はーい、これでオッケー、儀式完了〜♡」 



 儀式・・の声色から、一転。

 いつもの調子でほほ笑む彼女に、エリックは驚きを宿したまま目を上げ問いかけていた。



「…………今のは?」

マジェラあっちの盟約の儀式ね。こうして『キミ、裏切ったら許さないからねっ』ってお約束するの」



 言う彼女は得意げだ。

 握手を交わしたままのそれを、ぎゅっと握りしめる。



 ──しかし、エリックは追いつけなかった。



「……今の、光が……魔法? 君、俺に魔法をかけたのか?」

「あ、いやいや、演出です。ただの、演出。光源魔法。何の害もない。でもほら、『契約しました!』って雰囲気出るじゃん?」

「──あぁ……、なるほど、演出ね」



 パタパタ手を振りながら、早口で言われて相槌を打つ。

 

 ミリアに言われて気づいたが、別に《何かされた》と警戒したわけではなかった。


 単純に魔法に驚いていただけなのだが、『警戒すらしなかった』事態は、エリックをまともに揺さぶったのだ。



(────なにやってるんだ、俺は……!)

 


 動揺と、魔法を目の当たりにした驚きに包まれるエリックの前、ミリアの調子は変わらない。彼女は空いている方の手を愉快気に動かすと、



「そうそうー! マジェラでは、これを『どっちが先に言うか』ってね? 10代のころとか、皆それで先攻を────って、そんなことはよくて。こっちではそういうの無いの?」


「────あぁ……、そうだな。女神の前で忠誠を誓うことはあるけど……、こういう儀式はないな」

「そっか。まあ、国が違うもんね~、そっか~」


「………………」



 エリックの受け答えに『ふーん』と小首をかしげるミリアの前。彼の内心は──いまだ複雑だった。



 魔法に圧倒されてしまった。

 手を出す彼女に警戒すらしなかった。

 むしろ、足元に広がる魔方陣にも、魔力を纏う彼女にも、身構えることすらしなかった。



 ────しかし。

(…………不思議なものだな……)



 ──確かに、スパイとして反省点がありすぎる出来事ではあるのだが──彼の心を満たすのは、『新しいものを見た高揚と嫌悪を抱かなかった自分に対する驚き』である。



(……嫌じゃなかった。……嫌じゃ、なかった)



 他人に触れられるのだって好きじゃないし、相手によっては握手でさえも躊躇うのに。カウンターの上では、まだ、『契約の握手』は繋がれたままで────



「────って。……何でも良いけど、手。そろそろ離してくれないか?」



 ふと、我に返って口にした。


 すっかり忘れていたが、カウンターの上で握手をしっぱなしの『今』は、はっきり言って、不自然なことこの上ない。

 無理やり引き抜いてもいいのだが、そこは・・・なんとなく・・・・・やらない・・・・エリックの言い分に、────しかし。 

 


「?」

 ミリアは心底不思議そうに眼を丸めるのだ。



「いつまで握手してるつもりなんだよ、もう用事は終わっただろ?」

「────え。まだですね?」



 ────『さも当然』、『なに言ってるの?』のトーンに眉根を寄せ言い返す。



「は? いや、終わっただろ?」

「いやいや、まーだ残ってるじゃないですか~♪」



 返ってくるのはミリアの含みある楽しそうな笑いだ。それに対し、その総力をもって『残っているもの』を脳内検索している最中。



 答えが出る前に。ミリアは、両手でぎゅっと右手を握りしめ、満悦の笑みを向けると



「んっふっふ♪ ────最後まで・・・・って言ったよね?」

「────はっ?」





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