4-9「フライパンあるよ!」





「────へえ……ふふ、面白いじゃん?」



 沈黙を破ったのは、彼女のにやりとした笑みだった。

 まるで儲け話を持ち掛けられたような顔つきで頬杖を突き彼を見る。


 

 ──ああ、心が高揚している。

 エリックから言われたその案件。

 面白そうで、胸がドキドキと脈打って、わくわくが溢れてたまらない。



 さっきまで『ひまそうなお兄さん』だと思っていたのに、『まさか』である。


 ミリアは、いたずらを持ちかけられた子供のような顔つきでふふんとひとつ。鼻を鳴らしてほほ笑むと、うきうき笑顔で口を開いた。


 

「いいよいいよ、協力しましょう~! つまり、相棒が必要ってことだよね? おけおけ、理解した! ふふふふ♡ そう言われて悪い気はしなーい♡  ──で、何からしよっか?」


「…………話が早くて助かるよ」

「潜入! 調査! 密偵! ヤ~~~バイ楽しそお~~~!」


「…………いや、」

「武器は必要? とりあえず鍋とフライパンはあるよ! あと、まち針でしょ、ハサミでしょ? あ、変装に必要な衣装があったら言ってね! すぐ用意でき」

「ちょっと待って。……な、何か誤解してないか? そこまでする必要はないから」



 目をきらっきらさせながら、ガッツポーズなどをとりつつ。超絶乗り気になって意気込む彼女の反応に、エリックは慌ててストップをかけた。



 鍋とかフライパンとか、武器とかハサミとか。出てくる文言が少々物騒で、このまま放っておけば、とんでもないことをしでかしそうだと直感的に察したのである。


 彼女をうまく協力者にできたのは幸いだが、素人にそこまで派手に動かれても困るのだ。正義感のあるど素人ほど危ないのだから。


 エリックは微妙〜〜〜〜に困ったような表情を浮かべると、ミリアに向かってわずかに首を振り、



「……ただ、俺が聞き出せない情報を流してくれれば、それで」

「えぇ〜〜。つまらん…………」

「────遊びじゃないんだぞ? それに君にも生活があるだろ? ここをクビになってもいいのか?」

「よくないです」


「────じゃあ、言うことを聞いて。……やり方や……作戦については、こっちで考えるから」

「うーん……、まあ、そうか~。……まあ、そっか~」

(…………大丈夫か? まあ、とりあえず、初手は”大丈夫”か)



 ミリアの返事に、エリックは自身を納得させるように呟いた。


 彼女は、まだ、やや納得できていなさそうな雰囲気ではあるのだが、初手の初手に関しては対応を間違えなかったような気がしていたのである。


 ミリアの性格やツボ・ノリについてはいまだ掴み切れていないし、今後また驚くようなこともあるだろう。しかしいきなりの暴走に関しては、防ぐことができたのではないだろうか。


 まだ、やや不満そうな彼女に気がかりな点はある。が、今ここで細かいことを言っても、後々動けなくなるかも知れない。『ある程度の自由』と『自己判断』は必要なのだ。何しろ──からくりめいた動きをしていればいいわけではないのだから。



 目の前で、『うぅ~ん』と唸り眉をひそめるミリアに、彼はひそかに考えを整理し始める。



(──……今は、ここまでだな。『切り替えが早い』ということは、それだけ、短絡的なところもあるということだから……そこはきちんと制していかないと、とんでもないことになりそうだ)



 ミリア・リリ・マキシマムという人間と、今までのやり取りで得た情報をもとに、今考えられるすべての危険を予測し始めるエリックの視界の中で。



 彼女は唐突に『ぽん!』と手を合わせると、



「──あ。でも、最初に約束してほしいことある」

「…………約束?」



 エリックがおもむろに目を向けた先。

 ミリアは『ぴっ』と指を立てると、瞳の輝きはそのま、はっきりと述べるのだ。



「うん。『協力するなら最後まで』。こっちもそれなりのリスクを背負うわけだから、ちゃんと最後まで見届けないと気持ち悪いじゃない?」



 あくまでもかる~く。ニコニコっとした笑顔で『中途半端にすんなよ♡』と訴えかける彼女の雰囲気に────エリックは、思わず『フッ!』と吹き出し笑っていた。



「……ああ、わかったよ。今日から、俺たちは相棒だ」



 そう、笑いも含んだ言葉で返して、────彼は思う。

 『これで、良かったのだろうか』と、ほんの少し。


 しかし、無意識に心が言う。

 『これが、今のところ最善策だろう』と。 


 ──もしかしたら、うまく進まないこともあるかもしれない。しかしそれは、今 懸念することではない。



 すべては任務を遂行するため。

 この街の産業を守るため。

 民の暮らしを守るため。


 ────そして。



 エリックは、密かに、”ぐっ……”と右拳にちからをこめた。

 自分が選んだ判断と背負いし『責任と役割』に、静かに息を吸い込むエリックの前、ミリアは言う。



「じゃあ、儀式をしないとねっ」

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