4-8「取り引きをしないか?」
──それは、7月も終わりに近づいたころ。
諜報機関『ラジアル』のボスであり、オリオン領 最高責任者であるその男は、二人きりの店内で、彼女────ミリア・リリ・マキシマムという着付け師の女に、こう持ち掛けていた。
「────取引をしないか?」
「…………取引?」
カウンターを挟んで二人。
視線交わる、いい距離でエリックは頷く。
すべての所作に、含みを持たせて。
「────そう。……まあ、取引というよりも「協力」、と言った方がいいのかな」
言いながら、目線を流して小さく息づぎ。
あくまでも悩まし気な雰囲気は保ちつつ、しかし真剣な面持ちで、彼はハニーブラウンの瞳を正面から見据えると
「…………さっきも話した通り。俺はエルヴィス様に仕える使用人だ。現在は皮革・コットン・絹などの価格変動について調べている。旦那様は、その原因が縫製
「…………うん」
その言葉に、ゆっくりと。
ミリアの姿勢が整っていく。
聞く彼女の表情は真剣そのもので、混乱の解けた彼女の瞳に宿るのは──『僅かな煌めき』。そこに付け加えるのは『真実を帯びた不安』だ。
「そして君はシルクや綿の高騰に困っている。このまま値が上がり続けたら──、君の生活は成り立たなくなるよな?」
「…………そう、だね、……困る」
「──だろ? だから『協力』。縫製
『……ふ』とひとつ、憂いを帯びた視線を投げる。
眉を落とし、困った表情で首を振り──使うのは『訴求力』。
「…………この先、男の俺がどれだけ動いても、欲しい情報を手に入れるのは難しいと踏んでいるんだ。だけど、見過ごすわけにはいかない」
「…………うん」
徐々に滲ませていく使命感。
「────どうだろう、協力してくれないか? 君は、素材の高騰に困っている。俺は、旦那様の力になりたい。利害は一致すると思わないか?」
「…………協……力…………」
エリックの提案に、ミリアから返ってきたのは──ぽそりとした小さな呟きだった。それはとても小さな声で、力ないものにも感じるが、しかし。
エリックの瞳には見えている。
彼女のハニーブラウンの瞳が──金色に光輝いたのが。
エリックはさらに畳み掛ける。
思惑は滲まぬ程度の雰囲気で。
「……この様子だと価格はどんどん上がるだろうな……そうしたら、君だけじゃなく、周りの生活にも支障が出る。民は困り、喘ぐだろう。素材が手に入らなければ──、商売も何もないから。俺は、そうなる前に、原因を突き止めたい」
詰める、距離。
カウンターを挟み、じっ……っと見つめて、暗く青い瞳で──『最後の一手』。
「……なあミリア。手を、貸してくれないか?」
「…………てを……かす…………」
途端。
彼女の瞳の奥──金色に輝きだす”なにか”に、内側で笑みを浮かべた。
──エリックは理解していた。
彼女がナンパに突っ込んでいく理由。
『無視できない』と言っていた理由。
正義感・責任感。そして、あの一人芝居。
────きっと彼女は、『何かになりたい』のだと。
ならば、情報源としてではなく『協力者』にすればいい。
──さあ、仕上げだ。心は掴んだ。
憂いと悲哀をもって、もう一撃。
「…………俺は、この調査に乗り出して、
苦労しているんだ。……なかなか、…………糸口がつかめなくて」
「…………そう……なんだ……」
「…………手詰まりだよ、困ってる。……助けてくれないか?」
「………………」
何も言わない彼女から、じんわりとにじみ出る『熱』に感じる確かな手ごたえ。
その熱がさらに上がるように、誠意と野心を持って言葉を放つ。
「────君の力が必要だ。……君の快活さと、臨機応変さ。5年ものあいだ、出自を隠していた口の固さ。特にその、場に馴染む力は見事なものだよ。君の力を見込んで……、頼むよ。ミリア」
「………………」
黙るミリアと、瞳を覗き込むエリックの間を、熱のこもった沈黙が支配して────……
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