4-6「ぼ?????????」




 言われミリアは完全に呆けた声をあげた。


 今、今。

 何を言われたのか、さ──っぱりワカラナイ。



(──えるッ、)ビスと聞こえたが、空耳だろうか?

(────ぼっ?)『ぼす』と言った気がしたが、それも何かの間違いだろうか?



 完全停止した脳の隅、かろうじて情報を処理するミリアの前。

 エリック・マーティン……いや、エルヴィス・ディン・オリオン閣下は、きりりと彼女を見据えながら堂々と、



「…………俺は、ノースブルク諸侯同盟・盟主『エルヴィス・ディン・オリオン様』に仕えている。今は、旦那様の命令で『毛皮及び生地素材の価格変動』について調べているんだ」


「────っえッ、」

「──旦那様はこの事態を大層 懸念していてね。うちの冬は寒いし、毛皮を含め服飾産業はうちの要だろう?」


「──────なッ。」

「………今はほんのわずかな変化だが……『引いては大問題になるかもしれない』と予見されている。このまま値が上がればそのうち民の暮ら、」

「ッなんでそれ先に言わないの!?」

 ──だぁんッ! ガタァァァァァァァン!



 余裕しゃくしゃく・淡々と。自分で自分を『様』付けしながらしゃべり続けるエリックに思わず立ち上がり声を張る!


 彼の話を聞いているあいだ、言いたいことは山のように出たのだが、集約したものが飛び出したのだ。『なぜ、先に言わないのか』。

 

 立ち上がった反動で音を立て、転がった椅子を気にもかけず、ミリアはびしっ! とエリック・マーティン(エルヴィス・ディン・オリオン閣下)を指差して、



「なんっ、なっ、なんでそっ! それ先に言わないかなあ!? 聞いてない! 聞いてないし!」

「ああ、うん。言ってなかったよな? 今思い出した」



 さらりと答えるスパイ(兼盟主)。

 彼は淀みなく嘘をつく男である。

 そのさらりと飛び出た嘘に、しかしミリアは瞬時にこくこく頷いて



「あ、そっか忘れてたの〜……じゃあしかた──ないって言うとでも思った!? 嘘うそ嘘ウソ、ぜぇーッたい嘘! 流石にそんなの騙されないんだからっ!」



 言いながら“ぐわ!“っと変わる表情。まるでハリケーンのように高速で頭を振り、次にエリックに向かって疑惑の顔を向け言い放つ!



「……ってか今まで言う場面とこいっぱいあったよね!? 『忘れてた』なんてそんなウソ……って、──あっ!? この前キミが何回も名前を言ったのはソレ!? ならナンデその時ッ、なんっっっっっっっ! ……──あぁッ!」

「………………」


 

 もはや言葉にできない感情を、体全体で表すミリア。

 を、黙って観察するエルヴィス・ディン・オリオン閣下(本人)。



 先ほどまでの『カオス』とはまた違うカオスが店を支配する中。

 ミリアのそののたうち回り方・・・・・・・に、スパイの男は



 (────まあ、予想はついていたけど)と、極力すまし顔で呟いた。



 ────あの1人劇場といい・はじめに会った時の切り替え方といい・『まあなんとなく』。『こうなるだろうな』とは思っていた。


 彼女は頭の回転が速いのだ。

 少しばかり材料をくれてやれば、くるくると動き出すに違いないし、そしてそのまま突っ走っていくのである。



(…………”見ていて飽きない”って、こういうことを言うのか?)



 据えた肚の内は、心の奥底に。

 彼はミリアを静観する。



「────いやいやいやいや?  いやいや、待って、じゃあなに!? 盟主さま関係者に愚痴筒抜け!?  まって! さすがに待って!」

(────やっと? ……筒抜けというより、じかなんだけど)



 ────ふッ、……んっ、こほこほっ。

 呟きごまかし咳払い。



「ちょ、ちょっとおちつこう!? おちつこ────自分! はい! 切り替えて! はい! きりかえー!!」



 ────くすっ、……ん、こほこほっ。

 口元をその掌で覆いつつ咳で逃がす。

 

 ああ。込みあげてくる『笑み』と『笑い』がタマラない。

 この告白(?)はエリックにとってある種賭けではあったが、他の人間とは別の方向に展開し騒がしく回るミリアにほおが緩む。


 筒抜けというより直通だし、なんなら盟主は自分だし。

 ミリアが述べていた『お上への不満』も、全て直送。

 何のフィルターも通さず、ノータイムで届いているのだが、彼女は知らない。

 


(────ああ、くそ……! また顔の筋肉がおかしくなりそうだ……!)


 

 笑いがこみあげて仕方ない。

 目じりが緩んでいくのがわかる。

 しかし、ここで笑うわけにはいかない。

 ────んっ、コホンッ、ンンッ……!

 彼は、再びごまかしの咳払いをひとつ。

 


(…………しっかりしろ。笑ってる場合じゃないだろ……!)



 そう。これはいわゆる『布石』だ。

 エリックはこの先言わねばならない言葉があった。

 それを呑んでもらうための『今』なのだ。


 ──脳内に組み立てた計画を実行するべく、彼はこみ上げる笑いを飲み込み──



「……なあ、ミリア?」



 ────優しい声で小首をかしげ、



「えっ、ってゆかまって!? わたしこの前、なんて言ったっけっ!?」

「────は?」


「盟主! 盟主様のことなんて言ったっけ!? えっ? これビスティーヤバイんじゃ……!? あれ!? め、盟主さまに、わたっ、────えっ!?」

 ……っさぁぁぁぁぁぁ────っ……。

(────え。)



 エリックが、次なる手を打とうとしたその瞬間。

 みるみる引いたミリアの血の気に、動きを止めて固まった。

 唐突なことに驚く彼の前、その顔を青白く染めた彼女は、”カチン”と音を立てたように、固まって動かない。



「……ミ、ミリア?」

「………………まって…………」

 


 エリックが思わず腰を浮かせて伺ったその声に、戻ってきたのはか細い声。

 釣られて動揺するエリックの前、彼女は伏し目がちだった顔を上げ、



「…………ワタシ……、ナンカ、好キカッテ。…………むりじゃん。むり死んじゃう無理じゃん殺されてしまう!」



 ────その”真っ青”な顔色に──盟主本人も動揺しドン引いたのであった。



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