4-2「目を覚ましてコットン!」
「まって。ありえん。単価15メイル上がるとか、マジであり得ん。何が起こった? なんで?」
店について早々。買い込んだ素材もそのまま手で頭を抱え、ぶつぶつと呟くミリア。
「え、だって綿だよ、綿。庶民と我々のお友だちが、どうして……! いままでこんなことっ……、ああああああああ!」
「……………………」
やかましいミリアの隣で、黙り込んで考えるのはスパイのエリックだ。
彼女の叫びを右から左へスルーして、口元を覆いながらカウンターを睨みつけている。
(──『毛皮』と言われてそれだけに注目していたけど……糸じゃなくて綿とシルクまで? …………これは、想定外──というか、予想していなかったな……)
「ねえ、なんで綿? なんだろ、えええ? 何に使うの、そんな在庫切れるなんてことあるっ?」
共に服飾産業に大きく関わる彼ら。
カウンターを挟み、ビスティーの店内は──静寂と騒音ではっきりと分かれていた。
(…………綿の高騰は痛いだろう。服飾だけじゃなく、寝具や他の産業にも関わってくるよな? 素材自体の価格の底が上がると、商品として出す時にはさらに上乗せしないと利益が出ない。…………うちの産業の6割は服飾だぞ、どうするんだよ。下手をしたら来期の税収にだって響くことになる)
「ねえコットン? あなた、いつからそんな高い女になったの? わたしと『ずっ友だょ……!』って言ってくれたのは嘘だったのコットン!」
(──いや……、ここは逆に捉えるべきだ。『毛皮に引き続き、綿とシルクの高騰に気づけたこと』は大収穫じゃないか。おそらく、まだギルドに報告も上がっていないはず。『同じ服飾の材料で同じ時期に高騰している』……これが無関係だとは……思えないよな)
「確かにね? 綿は気持ちいいけどさあ、毎年こんなことなかったのに! どこかでボーンの大売り出しでもやってるのかなー!? それとも、流行ってる? いやそんな話は聞いてない! ──コットン! ねえ、目を覚ましてコットン!」
黙るエリック。
布に向かって話しかけるミリア。
はっきり言って店内はカオスである。
側から見るなら多いに楽しい光景であるが、本人たちはそれどころではなかった。
やかましいミリアをほったらかしに、一点を見つめて考えるのはエリックは、表情をさらに鋭く砥ぎながら眉を寄せる。
(……この問題。今のうちに原因を突き止めて潰すことができれば、服飾業界の大きな混乱も民の暮らしも守ることができるよな。まさか綿やシルクまで上がるなんて。ギルド内で見つけられていたかどうか)
「…………ううっ、こっとん……! こっとぉおおん……! 目を覚ましてぇ、安くなってェェェェェ……!」
(…………気づけたとしても、だいぶ後手に回っていたかもしれない。
問屋の店主の様子だと跳ね上がったみたいだし、早急に見つけられたと考えていいだろう。今後は、綿とシルクの高騰も含めて、広い視野とありとあらゆる可能性を加味しつつ動いた方が良さそうだ)
「こっとん、あのね? きいてコットン。これから冬になるのよ、あなたたちがどれだけ活躍すると思ってるの? ねえ聞いてるコットン?」
(────ああ……俺の人選は間違っていなかった。あの時、靴を投げられたのは驚いたけど。結果として情報源をいち早く確保できたのだから、”災い転じて福と成す”かな。で、問題は『縫製組合をどこから切り崩すか』なんだが……)
「だいかつやくの時期に…………って、ちょっと待てよ、いや値段どうしよう値段、ええええ、うううんんん・えええええええ考えれば考えるほどっ。胃が痛ーい、胃が痛あああああいっ・えええええ、オーナーに言いにくいなああっ」
(……やっぱり、縫製組合全体の雰囲気は……、男の俺にはキツいな。屋敷に来るお抱えのテーラーとはわけが違う。あれじゃあ、情報どころか警戒されるだけだ)
「どーするどーする? とりあえず在庫どれだけあったっけ、あ、違う先に受注で使う量の確認……うんだからそれは在庫確保であって、でもそれからどうするのって話じゃん?? えーん、言いたくないぃぃ、おにーさんちょっとどうしよう!?」
(…………やはり、彼女を情報源とするのが一番手っ取り早いだろう。ミリアの中で俺はもう『その他一般』では無いはずだし。……しかし問題はアプローチ方法だ。どうやら彼女にはデートアプローチは効かないようだし、かと言ってこのままズルズルとここにいても、怪しまれるだけだ。……そうだな……なんとか彼女に上手く・かつ怪しまれずに近づくアプローチを)
「──────ねえ!」
「!」
彼の思考を遮って。ガシッと掴まれた腕と声に、エリックは驚き目を上げた。
弾かれた様に上げた先、飛び込んできたその顔に────息を呑む。
視界いっぱい映し出された・彼女の焦りと、混乱の色。
「……黙ってないで相槌とか打ってよ、せめてっ!」
「…………っ」
声から、表情から、滲み出る。
いつもの「飄々な彼女」はそこにいない。
その気迫に慄いた一瞬に、ミリアはそのハニーブラウンの瞳を合わせて、ぐっ…………! っと溜め────
「…………困る!」
「………………わかってる」
「なんで、どうしてこうなったのっ!」
「……………………だから」
「あーもー、あーもー、ありえない! どうしよう……! いや、わかってる、お兄さんに言っても仕方ない、それはわかってる! こんなの言ってもキミも困るよねっ!?」
「……あの、ミ」
「────っていうかわたし、どうやって帰ってきた?? ねえ、わたしちゃんと歩けてた? 記憶があるようで、無いよ!?」
「……大丈夫だよ、ミリア。だからここにいるんだろ?」
「コットンとシルク! 無理無理無理無理、だって納期あるのに……! いや! なんとかするけど、このまま布高いのマジでやばい……! 今はいいよ、いまは! でもその内どうしようもなくなるじゃん! ハッ! 代わりのもの探す? 探したらいい? いやいやいやいや綿の代わりなんて無いよおおお!」
「……………………」
────もはや会話が成り立たない。
頭をぐしゃぐしゃと掻きむしる彼女の口から出てくる言葉は、支離滅裂だ。
そんな彼女を前に、彼は言葉に──迷っていた。
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