3-9「ミリアの理由」





「で? それで、どうしてウエストエッジに?」



 聞いてみたのは『ウエストエッジを選んだ理由』。


 遠いマジェラから、この街を選んだ理由を尋ねたエリックに、返ってきたのは、ぱあっと花咲くような浮かれた顔だった。


 彼女は語る。

 気恥ずかしそうに手のひらを合わせて、憧れの眼差しで空を仰ぎながら。



「……10歳ぐらいのころかな? 町の外れにバザールが来てね? すっごく綺麗なワンピースが混じってたの。わたし、はじめはそれが何なのかわからなくて。おじちゃんに『これ、なに? すごく綺麗な色』って言ったら『ワンピースだよ』って教えてくれたんだ」


「…………へえ」

「──もう、ほんっっっとにびっくりしちゃって! 『えっ! うそでしょっ!?』って! だって服って言ったら黒か灰色しか知らなかったんだもん!」

「……フ! ……うん、それで?」


「それでねっ? 『うあああ、きれー! こんな服があるんだ!』って感動してたら、おじちゃんが『シルクメイル地方のウエストエッジという街で流行ってるんだよ』って。『あそこは衣装が華やかなんだ、綺麗だろ?』って教えてくれたの!」



 言うミリアは、とても浮き足立っていて『幼かった彼女の感動』がとてもよく分かった。その様子に──エリックが感じるのは『誇らしさと喜び』だ。


 話す彼女の声のトーン、華やいだ表情を見ればわかる。


 ミリアの中で『この街 う ち  の衣装』がどれだけ衝撃的だったのか。

 

 我が国の産業が、巡り巡って他国の人間を動かしたのだ。これほど誇らしいことはない。


 胸の中。

 じんわりとした嬉しさを感じるエリックの隣で、ミリアは嬉々とした顔のまま『ぴっ』と人差し指を立てると、



「で、おじちゃん曰く~。当時人気だったモデルさんが着てた服と同じものが流行って? それが回り回って、あんなところで……。……出会ってしまったんですねぇ〜……────革命的でした……!」


「────ああ、ココの」

「おや。呼び捨て。モデルさんを。」



 するりと飛び出した『ココ呼び』に反応するミリアに、エリックは穏やかな笑みで言う。



「…………まあね。モデル『ココ・ジュリア』。センセーショナルなデビューを果たした人で、俺たちにとっては馴染みが深いんだ。街のあちこちに、瞳をマスクで隠した女性の転写絵があるだろ?」


覆面マスケッタモデルさんのことだよね? うん」

「そう。彼女が『ココ・ジュリア』。転写魔具の販売と共に、あっという間に服飾産業を発展させたんだ」

「へえ〜。リック・ドイルじゃないんだ?」



 言って彼女は首をかしげた。

 ミリアの中で『覆面マスケモデル』と言ったら今をときめく『リック・ドイル』と『ココ・オリビア』である。


 二人とも、黒いマスクで目を隠すスタイルで服飾産業に花を添えている。


 ──それは元祖モデル『ココ・ジュリア』の意思『服を売るのに、顔はいらない』『皆平等に、着飾る服を選んでほしい』『モデルは、服を彩る素材であるべき』という姿勢を貫いたのが表向きの理由なのだが──ミリアは、そこまで知らなかった。


 目を丸めるミリアに、エリックは言葉を続ける。



「今活動しているのは、確かに『リック・ドイル』と『ココ・オリビア』だけど。

 産業を盛り立てたのはオリビアの母『ココ・ジュリア』でさ。彼女の転写絵は、リックとオリビアに打って変わった今でも、街のあちこちに残っているんだ」



 ──と、息。

 短く目配せをして、彼は続きを口にした。



「……まあ、ジュリアは当に引退しているんだけどね。君に影響を与えたのは『ジュリア』の方だな?」

「なるほど〜。『リックとオリビア』っていうか……『覆面マスケモデル』さんたちって、目が隠れてるじゃない? 中の人が変わってるなんて全然わかんなかったなあ〜! ……かっこいいよね、ココとリック。はぁ〜〜……」 

「…………」 



 ……着付け師スタイリストの憧れなのだろうか。

 言いながら、恍惚と頬に手を当てるミリアの隣でエリックは、『こほっ』と照れを逃すように口元を隠して咳払いをした。


(────慣れてるはずなんだけど。どうもこそばゆいな……)

 こほん、こほん。

 ごまかすように息を吸い、彼はミリアに語り始める。



「────……元々、服飾に関してはシルクメイル地方でも華やかな方だったんだけど。おかげさまで『国のカラー』として、『産業』として根付いたんだから。見事だよ。恐れ入ったと思うぐらいだ」


 

 言いながら振り返るのは、『ここ二十年の街並み』だ。

 自分が幼いころから比べると、随分と清潔に──また華やかになった。

 それらの移り変わりを頬に宿すエリックの、その隣で。


 ミリアは、『じ────』っと彼を見つめて────



「…………キミの発言、たまにおもしろいよね?」


「……? なんで?」

「なんかそういう……政治的分析みたいな? 国を動かす立場でもなかろーに。」

「……だから。『国の政策・上の方針や盟主の考えに関心を持つのは当たり前のこと』だよ」

「…………へいへい、そうでございました」



 言われてミリアは、ため息をつきつつ目線を斜め下の方に流し、口を平たく伸ばしていた。


 ……そうだった。

 彼は真面目なのだ。

 政治家でも何でもないのに真面目な奴なのである。


 (……マタ・言われて・シマッタ)。

 密かに顔のパーツを引き伸ばすミリアの隣で、エリックは前を向きつつ続けた。

 



「…………間違っているなら間違っていると声を上げないと、国はどんどん狂っていくおかしくなる。国とはいえ、動かしているのはただの人だからな。先の大戦に巻き込まれた時のように、これからの時代もそういった過ちを繰り返さないとは限らない。常に目を光らせておくんだ。『いつも見てるぞ』って」

「………………」



 至極まっとう・真面目な意見に、ミリアは皿の埋め込まれたような瞳を向け、じ──────っと見つめあげる。その、まるで猫のような目に「なに? その顔」と、エリックが首をかしげた時。


 ミリアは・十分・間をとり・言った。

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