3-9「蟻の大群もびーっくりだわ?」



 遠い国から来たターゲット。

 マジェラの民だったという彼女に、エリックは再び問いかけた。



「…………で、理由については聞いてもいいのか?」

「りゆう?」


「そう。……まあ、純粋に知りたいだけなんだけど。『君が、ここに来た理由』。街道が設けられているとはいえ、パサー山脈あの山を越えてきたってことだろ? ……なにか相当な理由」

「だってダサい」


「…………はっ?」

「ダサいんだもん。服。」



 言われ、素っ頓狂な声が出た。

 完全に理解の範疇を超えたエリックの脳が追い付かない中、ミリアの言葉だけは素早く返ってくる。



(ふ、ふくがダサいから出てきた?)



 混乱の脳の中、エリックは一度、彼女の意図を考え宙を仰ぐと、戸惑いながらも、問いかける。



「……なんの?」

「あっちの」


「……ふ、服が?」

「ダサい」

「………………え、ーと」


(ふ、ふくが ダサいから 出てきた??)

 淀みない返事にまた再び呟くスパイ。


 彼はスパイだが『盟主』だ。

 『服がダサいなどと言う理由で国を出る』など、頭をひっくり返しても出てこないし、一昔前は『国を移る』など『亡命』の覚悟がないとできない事であった。

 そもそも彼の立場がそんなことを許さない。


 そんな『想像の外』からぶつけられた、『簡単には理解しがたい理由』を飲み込みながら、エリックはなんとか脳みそを動かし────



「……………………ちょっと、待って。君は、その……、服が、かっこ悪いから、出てきたのか?」

「YES!」



 拍子抜け・動揺を隠せない問いかけに、返ってきたのはとってもとってもいい返事。呆気に取られるとは、まさにこのこと。思わずぽろりと言葉が漏れる。



「…………それ、だけで?」

それだけ・・・・じゃないよっ!」



 思わずこぼれ落ちたそれに、しかしミリアは『くわ!』と目を見開くと、ぐっと彼に詰め寄り口を開ける!



マジェラあっちの服しってる!? ローブだよローブ!  みぃぃぃぃんな、黒か灰色のローブ! 冬は真っ黒・夏はまっ……灰色! 信じられない!  みんな! みんなだよ!? ……それで『迷子が多い』『待ち合わせに不便』なんて言ってるんだから、『あほか~っ!』って思うじゃんっ」

「……あ、ああ」



 勢いは雪崩のように。

 しかし声のボリュームは小さく。

 足を動かす速度もそのまま、こそこそ話程度の声量で流れ出した『彼女の不満』に、面を食らいながら頷く中、ミリアの勢いは止まらない。



「同じ服着てるんだから当たり前じゃない? 友達同士の待ち合わせだって一苦労!  なのに『力が外に漏れる』『民たるもの頭の先から爪先まで』って、馬鹿みたいにローブ羽織ってるの! 漏れるわけないのに! じゃあ魔導師ドーラの漁師はどうなるのよ! 漁の時ローブなんて着てないよ!? 漏れまくりじゃん! あったま硬いんだよじいさんばあさんは!」



 ────ふッ……!



「大体ね? 世の中『革命期』なの! あっちもこっちも魔具や技術が発達してきてる中、マジェラだけ『古の力をうんぬんかんぬんだからローブを着るべきであり、伝統を守る』とか、さあ~~~! 別にいいよ、じーさんばーさんはしてたらいいじゃん! でもそれをこっちに強要しないでほしいんだよね! 『若者には若者の意思』というものがあぁる!」

「────ふ、くくっ……!」




 どぉーん! と語る彼女に吹き出し笑う。

 どこの国も、年老いた人間の頭の固さは変わらないらしい。

 親近感を覚える彼の隣、ミリアは『解せぬ』という顔つきで手を広げ肩をすくめ、言い募るのだ。



「そもそも、人間誰でもちょびーっとは魔力ちからがあるじゃん? それに反応して動く魔具があるんだからさ。ウチらは、そのチカラが特別強いだけでー。それを術として操れるんだから、漏れるわけなくない?」


「漏れる漏れないについては、わからないけれど。……それで、出てきたのか?」

「おうよ」


「…………親は? 家族はどうしたんだよ」

「出たもんが勝ち。出てしまえばこっちのもん。『一生ローブ』で人生終えてたまりますかっ!」

「…………」



 清々しいほどはっきりと言いきる彼女に苦笑する。

 心の底でほのかに思う。

 ────見ていて気持ちがいい、と。

 

 気持ちよさと呆気が混じり言葉を失う彼の前。ミリアは『理解できないでしょ?』を言わんばかりに小首をかしげ続けるのだ。



「ローブの下まで黒一色なんて、地味で仕方ない。みんな真っ黒。及び灰色。あっちも黒、こっちも黒。蟻の大群もびーっくりだわ?」


「……それはそれで、見てみたい気もするけど」

「上から見ると気持ち悪いから、マジでやめたほうがいいと思う」



 瞬間的に『真っ黒な人々』を想像し、笑いながら興味本位で述べるエリックにげっそりとした突っ込みが飛ぶ。


 実際にその国で育った彼女と、想像だけでのエリックとでは、見えている世界が違う──のだが。


 全力ゲンナリモードの彼女を横目に、エリックは(……昔聞いた「国を焼き尽くす黒き魔物」はそれなんじゃないか)と思いつつ。


 完全に雨の上がった青空の元、ぽつぽつと出歩き始めた通行人を横目で流し──彼は、流れるようにさらりと顔を向け、



「で? それで、どうしてウエストエッジに? 今でさえ、魔具の取り引きぐらいで、それほど国交はないのに。うちが服飾で伸び始めたのも、ここ20年だぞ?」

「…………うん、あのね?」



 言った瞬間、ぱあっと花咲くように浮かれたミリアから語られたのは──照れと憧れの混ざった昔の話だった。




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