3-7「普通とは??????????」
「…………君。『普通』って言葉の意味、理解してるのか? 辞書を持ってこようか? 勉強した方がいい」
「──あのねおにーさん? キミもね? 『遠慮』とか『配慮』とか『気遣い』って言葉、しってる? ねえ、知ってる?」
ビスティーから布屋への道中。
『自分は普通である』と堂々と申し出たミリアに、エリックの小言が降り注いだかと思いきや、ミリアは同じぐらいの文言でそれに応戦した。
ここは住宅が並ぶ静かな路地だ。
人の往来が少ないのをいいことに、ふたりは周りを見ずに足を進めると、
「それはこっちのセリフだ。君は自分のことをわかっていなさすぎる。『普通』って単語、調べたことある?」
「ないです」
「それとも君の国では同じ言葉でも意味合いが違、……”無い”?」
言いかけて、エリックは眉根を寄せ急停止した。
一気に立ち込める『無いって言ったか?』の疑念に、ミリアはしかし『ひょいっ』と肩をすくめると
「だって、わかるし。わかるもんを調べる必要無くない? 『普通:ありふれていること。一般的であること』」
その──『それ以上でも以下でもなくない?』と言わんばかりの態度が、盟主エリックの心に火をつけた。
彼は眉根の怪訝を隠すことなく『師』のオーラを醸し出し腕を組むと、
「────それ。誤用を招く原因だからな? 聞いただけの言葉をニュアンスだけで理解したつもりになって、間違ったまま使うのは、よくある話だよな? そういう思い込みや怠慢が、間違った言葉を広める原因になるんだ。それは、意味の取り違えから、トラブルを引き起こす火種にもなりかねない。言葉というものは時代と共に変化して来たものではあるけれど、指摘を受けたときに恥ずかしい思いをするのは君だぞ? 早めにきちんと調べて、正しい使い方を理解しておいた方がいいと思うけど?」
「……………………っ!」
矢継ぎ早、四倍ぐらいに返ってきたそれに、ミリアの顔が苦悶に歪んだ。
その頬、固く。
その拳、固く。
その顔、反らし、唇を嚙みしめながら内側で叫ぶ。
(──この前からなんとなくそう思ったけど……! このお兄さん、正論でパンチしてくるタイプの人だ……ッ!)
薄々感づいてはいたが、見事に『正論でフルボッコ』である。
なまじ言っていることが正しいだけに、ミリアはそれ以上言い返せなかった。
確かにそうだ。
確かにそうだ。
確かにそう、なのだが──!
(なんか悔しいー!! でも言ってること正しいー!! 言い返せない悔しい。くそ……! もっと! 勉強していれば言い返すこともできたのに~ッ!)
ミリアが内側で渦を巻き暴れまわる『後悔する気のない後悔』と、『張り合う気のない悔しさ』を押さえることに全力を注ぎ、難しい顔で黙り込む──その隣で。
(…………マズいな、怒らせたか?)
エリックは、意外にも静かに懸念を抱いていた。
間違ったことを言ったつもりはない。今までの彼女とのやりとりから考えて、これぐらいで黙り込む女性ではないことも推測している。むしろ反論を身構えていたのだが、実際は『逆』。
拳を作って黙り込む彼女に──
「…………、…………」
(────しまった……)
エリックは喉を詰めた。
じんわりと湧き出すのは焦りだ。
普段反応がいい人間が突如黙りだすと、周りはどうしていいかわからなくなる。ミリアはひときわ反応がいいタイプであるから、この沈黙は────、彼にとって
(………なんだ? 我慢してる? 表情から察するに『悔しい』……といった感じか? でも、わからないんだよな……彼女は、この国では異色だから)
ちらりと観察しながら考える。
彼はまだ、ミリアの表情から考えを汲み取れるほど、彼女と接していない。推察ができない。
彼女は育った環境が違う。
マジェラという遠い南の国から、一人国を超えてきた人間。
わからないといえばわからなくて当然、なのだが────
ふと。その沈黙を打ち破るべく、エリックはミリアに向かって目を向け──何気なく口を開いていた。
「……そういえば君、なんでマジェラから来たんだ?」
「…………え?」
沈黙から、一転。
ぱっと明るい──いや、軽いトーンで返ってきた彼女の顔に、少しだけ息を吐く。
単に『ミリアにしゃべって欲しかった』ゆえの問いだったが、話題は抜群だろう。
目を丸める彼女に、エリックはほどけていく焦りに気づくことなく続きを放った。
「理由があるんだろ? わざわざ国を超えるなんて────」
「ま、待ってっ」
その言葉に。
慌ててストップをかけたのは、他でもないミリアだった。
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