3-2「ミリアの憂鬱」
その日、天気は雨だった。
7月の終わり、とある午前。
ウエストエッジはどんよりとした雲に覆われ、朝から細やかな雨が降り注でいる。
工房ビスティーの軒先。気持ちばかりのテントを躱して降り注いだ雨が、ガラスに当たりはじけ飛ぶさまを、ぼけーっと眺めながら。
──────はぁ──────っ……。
カウンターで一人、背中を丸めてため息をこぼすのは、ミリア・リリ・マキシマム。この物語の女主人公だ。
むすーっと剥れる彼女は、文字通り不機嫌だった。
原因は
彼女の前に置かれた、 一通の手紙である。
(…………ミリアです。不機嫌です。え? どうしてって? 父から手紙が届いたの。ありがたぁいお手紙が)
げっそりげんなり、ジト目で眺めつつ、誰かに向かって語り掛けるミリアの悩みの種は、父から届いた手紙だった。これが来ると、ミリアのテンションは急降下する。
(……もう何通目なのよ。住所教えるんじゃなかった)
親の心子知らずとはいうが、ミリアの家に至っては
「………………」
ミリアは黙ってそのまま。
カウンターに寝そべるそれを、じっーーっと睨んでみた。
頬を膨らまし、じーっと。睨む。
眼力で消し去るつもりなのだ。不服な目線で見つめ続ければ消えるかもしれない。
しかし。
(……無くなったりしないかな。しないよね、知ってる。このまま消し炭になったりしないかな? しないよね、知ってる。……あぁ〜。これ、読まないで放っておくと返事をするまで何通も来るやつだから、まじでめんどくさいんだよなぁ〜)
自問自答しながら、うんざりと息をついた。
諦めて読んでしまえば一瞬なのだが、しかしどうしても読みたくない。読んでもいい気分にはならないし、内容などわかりきっているからだ。
そんな手紙に、
ぷら~んと宙に浮いた紙が、なんだか異様なオーラを放っている気がする。指の先から感じる、何かの『圧』。
────本気で読みたくない。
(──わ・か・る・ものを〜…………………読む必要、なくない?)
指の先、ぷらんぷらんする手紙相手に、すぅっと目を細め、首を引いて呟く彼女はわかっていた。
父がしつこいタイプだと。
この手紙には魔法が込められている。封を開けたか開けていないかもすぐわかるし、返事をしないと追撃が来る。
そしてその『必ず送られてくる追撃の手紙内容』が
(…………むり。)
口に出さずに封筒に念力を送る。淡い色の封筒はいまだにオーラを放ちながら変わる様子がなく、ミリアは
…………はうっ。
(───まあまあ、仕方ない。読んであげますよ、オトウサマ? ミリアは優しいですから。ちゃんと読んであげましょう、うんうん。)
紙から放たれる圧に観念して、自分を肯定しつつ、指をかける。
『ほんの少しばかり我慢すれば一瞬で済むことだ』と腹をくくって引き上げたのは、父がよく使っている羊皮紙。すこしざらついた紙。
中から漂う、遠く、懐かしい実家の匂い。
ほんの少し柔らかくなる心。
開かれた手紙から、ふわりと浮き消える小さな光。
そんな光を追いかけた目をそのまま、ミリアは手紙に目を落とし────
─────ミリアへ
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