3-2「三年ぶり二度目の結婚生活がスタート(」

 




─────ミリアへ


・隣のベッキーちゃんが結婚しました

・斜向かいのホランドくんは彼女といい感じ

・裏のジョベルに、なんと2人目の子供が!

・隣町のジュディー

 3年ぶり2度目の結婚生活がスタート

・現在ガンダルヴでは婚姻ラッシュが始まり

 町に住む24歳婚姻率は60パーセントを超え

 父は焦りを募らせていま

 「や っ か ま し い わ!!!!」



 ────ぺしぃんッ!!!

 列挙されていたご近所ニュースに全力で叫んだ。



 『元気か?』の文字もない。

 心配している様子もない。

 ただ、遠回りに見せて直球の要望に、飛んで行った手紙を律儀に拾うミリアの指に力が入る。

 


「これこれ、これだよ毎回さあああ〜〜〜! 知らん! 知らないってば! ご近所さんの情報をいちいち送ってくるなっ! ホランドって誰だっ! ジュディーって誰だっ! しっかも、隣町!? 隣町ってなに!?」



 指で作られた亀裂が入りまくった父からの手紙を右手で振り上げながら、ひとりで切れ散らかす本作のヒロイン。

 


 ホランドもジュディーも知り合いではない。名前を聞いたことすらない。


 そんな人間のおめでたハッピーニュースなんて知ったこっちゃないし、超特大な『余計すぎるお世話』である。


 加えて隣町の情報まで送ってくる父に『なにしてんの!』という文句しか出てこなかった。



「まぁぁぁぁったくもおお……っ。別に『全く結婚考えてません』ってわけじゃないんだから、ほっといてくださいますかね、おちちウエさま? ちょっと聞いてる!? えっ!?」



 手紙相手とはわかっていつつ、青筋を立てて独り言を言いまくる本作のヒロイン。


 彼女の頭の中、浮かぶのは両手でご機嫌サインをする父の姿。そんな想像にミリアは、今にも破れそうなほど『ぐうううううっ』と握りしめ、



「そもそも相手がいないとできないってご存知? ひとりでどうにかできるならやってるんですけど? 相手! 相手が! あいてがおりませーーーん! ざんねーーーーん!! 隣がどうとか知るかっ!」



 

 『相手がいない』と述べる彼女だが、じゃあ父が相手を用意してくれるのはいいのかと言えばそれは断固拒否だ。

 そこは違うのである。

 乙女の心は複雑なのだ。


 ミリアは言う。

 過熱したまま、手紙に向かって。



「言ってたじゃん! 『よそはよそ! うちはうち!』それは我々子供が親に使っても適用される言葉だと思うんですが!? 違うの!? 違うとは言わせないっ! 言ったことは返ってくるんだからねっ!? ────ったくよおお、親ってやつぁ、ほんとにさあああああっっ。因果応報って言葉を知らんのかっ!」



 ひとりで騒がしい女である。


 ここは、仮にも縫製工房ドレスショップなのだが、雰囲気はまるっきり夜の大衆酒場だ。


 今にも大きな酒のジョッキが『どぉん!』と現れてもおかしくない雰囲気の中、ミリアは唐突に『きゃるん♡』と両手を組み、顎のあたりに持っていくと



「『ミリアはぁ、お父様の教えを守りぃ、我が人生を貫こうと思いますぅ♡』って送り返したろか、このっ……!」



 歯を食いしばり、眉を吊り上げ手紙を睨みつけ────……


 

「──────っ絶対戻らん! 戻らないからなっ!」



 きゃるん顔を瞬時に抹消し、完全にふてくされた顔つきで言い放った。


 ──完璧にご立腹だ。

 すがすがしいほどへそを曲げていた。


 彼女は眉を跳ね上げたまま、父愛用の羊皮紙を一回二回。


 三回 四回 五回、爪でしっかりと折り目をつけ、親指と人差し指でぎゅうぎゅうと潰しながら小さくし、ぽーいっ! と転がし視界から抹消した。


 完璧な処置である。『自分の気持ちを最優先する』という点では。



 ──ミリアの父はいつもこうだ。

 遠回しのようで直球に『結婚の圧』をかけてくる。


 この前は『子供って可愛いよな』という文面がおよそ3枚に渡って綴られており、その前は『お前を授かったときの話を聞いてくれ』と便箋4枚分の手紙を寄越してきた。


 ソレを読む、ミリアの気持ち。

 はっきり言っていい迷惑だ。

 ミリアが嫌がるのも無理はない。



(イライラするわ、はぁあああああっ……!)


 …………カツカツカツカツカツッ…………!



 手紙が生み出したイライラを消化することができず。カウンターをカツカツと鳴らしながら、喧嘩両成敗された子供の様に宙を睨みつけ──



 ────はぁ────っ…………


 テンション・一転。

 肺の中の息を吐き切るほどの、大きな大きなため息をついた。


 途端湧き出す憂いの気持ち。

 両手で頬杖。

 当然のごとく眉間には皺がよる。

 物憂げに眺めるのは外の空模様。


 どんよりとしていて、この時間にしては暗く、まさに今のミリアを映し出しているようだった。



「…………はーぁ〜……」



 まあ、ミリアとて親の気持ちがわからないではないのだ。


 彼女の年齢は24。

 確かに結婚ラッシュではあるし、マジェラでは遅い方になる。マジェラの出産早い。17で子供を産む人もいるぐらいで、適齢期は22。彼女はもう、24だ。



 そんな環境にいる親の言い分はもっともだろう。故郷では本当に『ラッシュ』なのだろうから。


 しかしミリアはそんなことを知らなかった。

 5年も前に国を出ているし、ここでは『そう』じゃない。

 彼女にとって見える範囲で『そう』じゃなければ、彼女の世界で『そう』じゃないのである。


 しかし、その認識の違いは────ミリアと親の間で埋まることはないだろう。



 最大の『価値観の食い違い』は、ミリア本人が結婚に対して焦りなどがないことだった。


 一人で生きていくのには苦労していないし、別に恋人が欲しいとも思っていない。


 そもそもミリアは『自分がこの国で結婚できる』などと思って、いないのである。



「…………いーもん。こっちは晩婚化が進んでるんだもん」



 先日、エリックから聞いた『問題』を自己正当に使い、しかし次の瞬間(あヤッベ、あのお兄さんに聞かれたら怒られるやつ)と薄目がちに宙を見つめるが、次の瞬間 (────いないからヨシ!)と正当化する彼女。



 そしてまた息を吐く。

 二転三転、転がりゆく気持ちに振り回されながらも、彼女はまたガラスを打つ雨を眺めはじめた。


 朝から降り注ぐ雨は、まだまだ止む気配がなく。ビスティーの外はどんよりと暗く、灰色の世界が広がっていて────

 


(────けっこん、ねーーー……)



 物憂げに。やる気のない顔で。

 ミリアは息をつき、そして何気なく目を泳がせ、



「……ん?」



 視界の隅。

 彼女の手元。

 抜け殻になったはずの封筒が目に留まり、声が漏れた。



(……まだなんか入ってる?)



 封筒と同じ薄い桃色。手紙より少し小さなそのカードが目について、自然と手が伸びる。



(────カード?)


 薄桃色で少し厚手のソレを、引き抜きくるりと裏返し──


 

 

   ────ミリア 


          結婚してくれ



                  

「だっからやっっかましいわっ!」

 ────スパァン! がたああああん!



 父の字で書かれたメッセージに全力で叫び、思いっきりカードをすっ飛ばし勢いよく立ち上がった!


 流石に加減ができなかった。

 思わせぶりになにか別の知らせがあるかと思いきや、こんな文言を書いてきた父親に呆れしかない。


 隙を見せない二段構えと言えば聞こえはいいが、『超・特・大』の大きなお世話である。



「あーもー! あぁぁあああああぁもう! 何かと思ったじゃん! 本気で『よそはよそ、うちはうち♡』って送りつけてやろっかなっ! はーっ! むかつくもおおおおお!」



 投げたカードの行方を追いかけることもなく、髪をぐしゃぐしゃと掻きむしりながら、ミリアはその場を後にする。



 バッグヤードに消えゆく彼女を背景に、支えを失った桃色のカードは、ひらひらと。


 カウンター外の店内を舞い、落ちていった。




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