3-1「『盟主』の装備は仮面の笑顔」
────貴族の付き合いは好きじゃない。
煌びやかなドレスや上質のスーツに身にまとい、美味いものを食べ、暮らす。
会食を行い、常に同じ話を聞く。
本人の趣味・歌劇や宝石・絵画──興味のないものにもさも興味があるように示し、時間を棄てる。
饒舌に語る彼らがすべて薄っぺらく感じるのは、恐らく。語る本人に魅力を感じないからだろう。
エルヴィスはそんな貴族の付き合いに辟易としていた。しかし、そこに彼の意志は関係ない。
やらねばならない。
やるからには失礼な態度はとらない。
オリオンの家に生まれ落ちたのなら『これが責務だ』と。
重々承知していた。
※
「はっはっは! どうですかな閣下! お味の方は!」
「────────ええ。とても」
招かれたドミニク邸。
陽気に言われて
物腰も柔らかに、にこにことした笑みを浮かべて。
(…………味? 悪いわけじゃないけど、食べた気がしない)
つぶやく本音は胸の内。
いくら爵位が下だとはいえ、本音を吐けば今後の関係に支障が出る。
例えば相手が気に入らない相手でも。
例えば屋敷の内装が不気味なものでも。
気取られぬよう、常にささやかな笑顔を張り付けて。相手の機嫌を損ねぬよう・かつ威厳を保ちながら。
気を払い・薄っぺらい言葉を吐き・距離を保ちながら「付き合っていく」。
彼はそういう《外面の良さ》は完璧だった。
腹の底の不快感を微塵も出さないエルヴィスに、ドミニクの娘・レアルはくねくねと動きながら彼に向かって好色の目を向け、
「ふふ、でしょう? お父様にお願いして、最高級の牛をご用意致しましたの♡」
「──ご配慮賜り光栄です、レアル嬢」
(……これを毎日だもんな。正直気が知れない)
ワインも肉も嫌いではないが、ここで口にするそれはどうにも
グラスに入ったワインは毒々しい紅。
最高級だという肉は油の塊。
旨味どころか胸のヤケたような不快感を覚える中、レアル嬢は胸元をぐっと上げ小首をかしげると、
「ねーぇ? エルヴィスさまぁ? レアとの話は楽しんでいただけているかしら? さっきからお顔が優れませんわ……? レア、エルヴィス様のために、お話をご用意してきましたのよ?」
「…………ええ。楽しく聞かせてもらっていますよ」
「あぁ、なら良かった! 見てくださる? こちらの宝玉を。とても綺麗でしょう? ご存じかしら?」
出されたのはジュエリーボックスの中で深い黄色の玉だ。宝石なのはわかるが、エルヴィスはその方面に明るくなかった。
「────ああ、いえ。知識がなくて申し訳ありません。私に教えていただけますか?」
「希少人種の瞳ですの!」
「────へえ、それは凄いな」
嬉々として。
ジュエリーボックスの中で輝く深い黄色の目玉に、素早く嘘を吐いた。
(────”瞳”って。剥製だけでもどうかと思うのに)
呟く内側に嫌悪が芽生える。
虐殺の様子が脳裏を
『食うに暮らすに致し方なく』なら理解もできるが、レアルが自慢気に見せるそれは『高慢と欲にまみれた殺生の証』だ。
薄く張り付けた笑みの奥、滲み出てしまいそうになる軽蔑を抑え込むエルヴィスの前、レアルは頬を緩ませ『輝く目玉』を指でつまみ上げ光に照らすと、
「ここまで深い色のものは珍しいのです。条件が揃わないとこの色にはならないんですって。加工と保存も難しいようで、レアもお父様にお願いし続けて手に入れたのです♡」
「はっはっは。それを言われた時は、さすがの私も考えたがねぇ〜! 愛する娘の頼みとなれば、聞かないわけにいかないでしょう? 盟主殿!」
「…………ええ」
「はっはっは、いやはや失礼! 盟主殿にはいささか見当もつかぬ話でしたかな? しかしですぞ、閣下! 娘は可愛いものです。エルヴィス様。どうです? そろそろ本気でお相手を探しては?」
「…………そう…………ですね、……まあ」
「……まあ! 嬉しい……! お父様、レア、お嫁に行ってしまうかもしれないわ?」
「おうおう、我が愛しの娘レアル……! 私の元を離れてしまうのか……!」
「────あぁん、お父様……っ!」
「ははは」
(…………勝手に話を進めるな)
テーブルの向こうではじまった寸劇に、乾いた笑いで毒を吐く。
彼はこれにも参っていた。
盟主の座につき、年齢を重ねて26歳。18のころから散々言われ続けてきた『婚姻』に、いよいよ、娘を持つアッパー階級貴族たちのアピールが酷くなってきたのである。
若いうちはまだ冗談交じりのものも多かったが、23を迎えたあたりから相手の本気度が増してきた。令嬢たちのねばつく視線も・その親たちの卑しさも一層感じられるようになった。
それらがわかるからこそ、こちらからは距離を置き、相手の心傷が最小になるよう努めてきた。少しでも気を持たせたら取り返しのつかない事態になり得るからだ。しかし。
(────これが延々続くと思うと……吐き気がするな)
思い返して毒を吐く。
言われれば言われるほど堅牢になることを、彼らは知らないのだろうか。
そっと、端でうっぷんを逃がし、陶器の仮面を貼り付けたまま、音もなくグラスを持ち上げるエルヴィスの前。
ドミニクはというと、肉の腸詰のような指でレアルを引き寄せ頬ずりするのだ。
「おおぅ〜、レアルぅ〜、寂しくなるなあ〜」
「……お父様……! 嫁いでもレアルはいつまでもお父様の娘ですわ……!」
「────しかしな! レアル! エルヴィス様がお相手ならパパも」
「少し待ってください」
────流石に声を上げた。
このまま放っておくのはマズい。ここできちんと意思表示をしなければ、話を聞かないこの親子はどんどん暴走するだろう。
(……こんな悪趣味な家と、未来永劫付き合ってたまるか)
と、内心吐き捨てつつ、彼は自らの思惑とは正反対の、にこやかな笑みを張り付けて、
「────ドミニク殿。そなたのご息女はとても麗しいお嬢様だ。……
「そんな、エルヴィス様……!」
「────それに、レアルさん。貴女も、こんな知りもしない男に、安易に婚約を打診するものではありません。ご自身を大切にするべきだ」
憂いと謙遜を込めた
レアルはしかし悲劇を纏わせふるふると首を振り、じっと上目遣いを向けてくると
「───釣れないのね、エルヴィス様……!」
「はっはっは! レア! 気にすることはない! オリオンの人間は、昔っから
(──────…………またか)
瞬時にエルヴィスの頬が強張る。
静かに息を殺し、目だけで殺意を漂わせる中。
くるんと小首をかしげるレアルに、ドミニクは陽気に笑い──述べた。
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