3-1「盟主もカンタン副業生活」




 男は、盟主であり、スパイだった。

 盟主の暮らしはとても華やかで、それと同時に──退屈な忙しさで溢れている。




 ※



 本名 エルヴィス・ディン・オリオン。

 偽名 エリック・マーティンの朝は早い。


 早朝、起きて軽く体を伸ばし・領地内を軽く走り込み・馬も走らせる。汗を流して朝食を済ませ、執事のヴァルターから今日明日の予定を聞かされスケジュールをこなす。



 その内容『多岐に渡り』はっきり言って『激務』だ。

 優雅だなんてとんでもない。


 ノースブルク諸侯同盟国が属する『ネム国際平和連盟』は現在、改革の真っ最中。連盟諸国とより良い国を築くため、定期的に集まっては方向性を擦り合わせている。

 

 それらに並行して、同盟諸侯・貴族階級の舞踏会チェック。年間で定められた回数に満たない・あるいはあいだが空きすぎている場合など、催促という名のラブレターを出し、金を使わせるのである。


 舞踏会にはもちろん参加が必須だ。

 舞踏会が好きなわけではない。

 どちらかと言うと、出たくない。

 しかし、それも責務なのだから仕方ない。


 彼は、それらに出向いて会話を重ね、貴族のパワーバランスを把握・反乱分子の監視・忠誠心を量っているのである。


 盟主がわざわざ、小家の舞踏会にまで顔を出して・ご挨拶をして・にこやかな世辞を吐く。社交界では”完璧なロイヤル階級の仮面”をつける。


 それが彼の本業であり──責務だ。


 東に反乱分子が湧いたといえば調査の兵を出し、西に飢えで納税できぬ村あれば必要物資を届け、同盟国をまとめ上げる『盟主様』。



 ラジアルの副業しごとも、要はこちらに関係してくるのである。

 些細なことでも耳にしておけば、何かが起こった時に事態を把握しやすいだろう。


 それらも含めて。彼がこなす山のような仕事の中には本来、人に投げても良いものも山のようにあるのだが──彼は『人に任せるのが得意』なタイプではなかった。



 広い自室。本の山。

 壁という壁に立て付けられた本棚にびっちりと刺さる本を背景に、床に敷かれた絨毯を踏み締めて。鏡の前、身嗜みを整えるエルヴィスを前に、大柄の執事・ヴァルターは言う。



「旦那様、本日のご予定は」

「9時から前期納税確認・10時半から児童学校への視察・11時45分にはドミニク殿の屋敷でレアル嬢と会食。……すべてを終えるのにおよそ3時間かかるとして? 屋敷に戻れるのは17時を回るだろうから、頼む」



 執事の言葉を待たず、さらさらと口にする。

 これもいつものことだが、執事と主の言葉数がまるで逆である。

 執事が黙々と話を聞く中、エルヴィスは首元のタイを締め直しながら口を開き、



「ああ、それと。マルロ殿とヴァイオレット嬢のところに、舞踏会の開催要求を出しておいてくれ。あそこ、もう半年以上やってないから」


 

 流れるように分厚い書類の束を高速でめくり、ぱたんと閉じた。


 彼の朝はいつもこうだ。

 朝食は部屋で済ませて、あっという間に仕事に取り掛かる。速読で確認を済ませた書類の束をばさっと机の上に放り投げ、腕のボタンを閉め・前髪を整え、部屋を後にする。


 そして、流れるように思い出し考えるのだ。



(…………納税確認と学校視察はいいとして、問題はレアル嬢との会食だな。あそこのご令嬢の趣味は? 宝石と剥製だったか? ……いい趣味をしているよな、本当に)



 本日の訪問先・『ドミニク男爵の令嬢・レアル』の好きなもを列挙して、辟易と息を吐いた。エルヴィスは、あの屋敷が好きではなかった。

 

 

(……まあ。剥製は『毛皮』と言うわけではないけれど、材料は一緒なわけだから……それとなく聞いてみるか。場合によっては、いい話が聞けるかもしれない)



 見慣れた屋敷の装飾の向こう側──思い浮かべるはドミニク邸のインテリア。



 ──エントランスホールに入って早々、客を迎える大きなニルヘイム熊の首。

 ところどころに置かれた、シア鹿。

 当然だがそれら全てについている──『艶やかな・生気のない瞳』。

 『もうそこに 生命いのちはないのに。輝くことのない瞳が並ぶ景色』。思い返すだけで気分が沈む。



(…………剥製、ね。他人の趣味をとやかくいうつもりはないけど……『殺した上で生きているように展示する』アレ。……どこがいいのか、わからないんだよな)



 生首が見守る中で振るまわれる中、レアル嬢の饒舌な自慢話をエッセンスに運ぶ食事を予想して、彼はげんなりと息をこぼしたのであった。





 ────貴族の付き合いは好きじゃない。

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