2-6「例えば毛皮とか?(2)」





(…………見込みは、ハズレじゃなかったな)



 実はここ数日、エリックは開いた時間で他の縫製工房にも足を運んでいたのだ。


 ミリアという情報源ターゲットに見当を付けたとはいえ、それだけをあてにするは少々リスクが高い。情報源は2つ、もしくは3つある方が多角的に判断できるし、ミリアが使い物にならなくなる可能性もある。


 たとえ仮に、ミリアがなんらかの理由でドロップアウトした場合でも、潰しが効くようにと、転がせる縫製師の当たりをつけようとした──のだが。


 しかしどこにも、このように質問に答えてくれる店員はいなかった。


 そもそも、会話が成り立たない。

 軽い商品の説明はしてくれるが『なんであんたここに来たのよ?』『女の花園に入ってこないでくれますこと???』という圧力が半端なかったのだ。


 ────店に足を踏み入れた瞬間に変わる空気。

 視線で、雰囲気で刺すようなあの感じ。

 接客業とは思えぬ敵意。


 スネークが袖に振られたのも納得である。

 あれでは到底、長居などできない。


 あの男スネークも相当女にモテるタイプではあるが、そのスネークが『手強い』と言うだけの集団である。


 『自力で生きよう』と決めた女性の反発力は、こうも頑なになるものなのかと、彼は身を持って味わっていた。



 だからといって、男性運営のテーラーは話にならない。女性八割のギルドの中で、今や小さく縮こまるしかない状況にある。


 ──その現実を味わったからこそ。

 この《ミリア》という女は飛び抜けて使いやすそうだと、しみじみ思う彼の前。カウンターから頭を出した彼女は、折り畳まれた布を『ドン!』と置くと、その深い青色の布を”たしたしっ”と叩いて口を開く。

 


「今、ちょうどある、これ。これがベロア。冬にはこれを着た貴婦人さんたちが街に溢れるよ♡」

「…………なるほど、ね……」



 言いながらにこにこと頬杖を突くミリアに、エリックは神妙な口ぶりで呟いた。


 ベロアに納得したのではない。

 ただの相槌、時間稼ぎだ。

 ベロアだのシルクなど、生地の素材にはあまり興味がないのだ。しかし、それを隠し考える時間を取るには──これが最善策だった。



(────売価が上がっているという情報だけを掬えば、先の流行を掴んだ商人か貴族による抱え込みを疑ったんだけど。単なる先物買い……は見当違いか)


 「──ベロアはあったかいよね、ふわふわで気持ちいいの」


(……いつまでも売れる見込みのないものを大量に買い付けたりしないし、何より邪魔になるものは置かない家が多い) 物も金も、流さなければ意味がない。…………だとすると……?)



「ね、気に入った? その生地。」

「────えっ? ……ああ、いい手触りだよな」



 飛び込んできたような声賭けに、エリックは顔を上げてごまかした。


 正直まったく聞いていなかったのだが、それを言うわけにはいかない。無理やり思案の世界から引き戻されたエリックが、少々ぎこちなくを埋める中、ミリアはニコニコとご機嫌な様子。


 手元に広げた深い青色のベロアを気持ちよさそうに撫で、顔を上げて笑うのだ。



「うん、気持ちいいよね〜……、手触りもそうなんだけど、この色! 深ーい青なの。素敵だと思わない?」

「────え、ああ、うん」



 うっとりと楽しそうに言われ、一瞬遅れて頷くエリック。間に合わせの相槌だったが、しかしそれを彼女は良い方に捉えたのだろう。彼女は更にうっとりと、目を細めると



「わたしね〜、こういう色好きなんだ。深くて、凝縮されてるような色。ロイヤルブルーなんかも素敵なんだけど、夜を閉じ込めたみたいな青が素敵だなって思って。でもね、この生地がまた高いんだよね〜……っ」

(…………これは、また話が長くなりそうだな)



 話始めたミリアに、こっそりと苦笑いで呟いたエリックの右手は、自然にうなじを軽く掻く。女の長話には慣れているが、ミリアという女性はその中でもマシンガン・・・・・の雰囲気がある。


 どこかしらで切っておかないと、また時間を失ってしまう。


 それを危惧して、エリックは彼女の機嫌を損ねないよう、話の折を見計らい──伺うように言葉を挟んだ。



「…………俺はよくわからないけど、シルクや毛皮以外の生地にも、高い安いがあるんだな?」

「そりゃあるよ〜! 綿とか普段使うものは比較的安いけど、色が深かったり濃かったりするとその分値段あがるしね。染めるのに苦労するんだって。鮮やかに色が出ないんだって」


「…………へえ」

「……この子は、ベロアのなかでも高級品なの。」

(……こ、この子?)



 うんうんポツポツと話すミリアに、心の中で首を傾げる。ひっかかる表現をする女である。



「この子をね~、わたしのデザインで綺麗なドレスに変身出来たらいいなぁ~って思うんだけど、オーナーの許可がさあ~……」

(ただの布を、まるで人みたいに。……なかなか面白い表現をするんだな……?)



 と不思議に思うエリックに、ミリアは言うのだ。

 


「わたし、着付け師でありアドバイザーじゃない? 最初は提案するだけだったんだけど、だんだん型紙パターンを起こすのも楽しくなってきちゃって。でも、ドレスは別物ね、ドレスは高いから。まだまだ学びが足りない。この子もいいドレスになりたいはずなの」


「……う、うん? ……まあ、なんというか。ずいぶん熱心だな」

「ふふ、半分趣味みたいなもんだけどね?」



 ミリアの不思議な表現に首を傾げつつ、戸惑いの色を隠し忘れたエリックに、彼女はくすっと戯けてみせた。


 そして、カウンターに両手を広げて腕をつくと、後ろの糸や布の壁を仰ぎながら─────言う。



「ここの仕事は楽しいよ? いろんな素材に会えるし、いろんな話も聞ける。狭いようで広いんだ、『工房の世界』って」

「────へえ」



 ────見えた。

 その糸口。エリックは逃さない。



「……そうだよな。客と一緒に、ドレスを選んで考えるんだろ? いろんな話が聞けそうだよな?」



 言葉を投げる。最低限 促すように。



「うん、すごくよく話してくれる!」

「…………それは……、大変そうだな…………」

「ん〜、まあ、場合によっては大変なこともあるかなぁ?」



 声に仕込む『心配の色』。

 返ってくるのは穏やかで間伸びした声。


 ベロアを片付け・ホコリとりを引き出し、カウンターを滑らせるミリアに彼は、調子を合わせ、穏やかでご機嫌な声で語りかけた。



「……頑張っているんだな? ここでの苦労は俺には想像できないけど、結構入り込んだ話も聞けそうだ」

「入り込んだ話って?」


「うーん……そうだな。……例えば…………ああ、そう。『上流階級アッパークラスの恋愛事情』とか?」

「ああ~、あるねぇ〜」


「……ふふ、……『どこの息子がしょうがない』とか、『どこのお嬢さんに恋人ができた』────とか?」

「あるある〜」


「あとは……そうだな?」



 見計らい、投げるは《確信》。

 欲しい情報を引き出すそれを、ゆっくりと放り込んだ。



「……────『黒い噂』……とか?」

「く ろ い う わ さ…………?」



 その一言に、ミリアの動きはピタリと──まるで切り取ったかのように静止したのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る