2-6「例えば毛皮とか?(1)」



「────そう、例えば、毛皮……とか?」

「…………けがわ?」



 工房ビスティーの店内で。

 エリックが投げた言葉に、ミリアから出たのは心底不思議そうなトーンだった。


 客用通路側・作業台前。人ふたり分の距離で向かい合い、目を丸めるミリアに、エリックは少しばかり瞳を迷わせる。



 会話の流れから自然に突いてみたつもりなのだが──少し、的外れだったようだ。


 何か思い当たることがあれば、人はもっと考えたり言葉を選んだりするようなしぐさを取る。後ろめたい事柄ならもっとだ。

 しかし、ミリアの反応は『不可思議』と言わんばかり。自分が空ぶったことを示しており──エリックは即座に肩をすくめて首を振ると軌道修正の言葉を発する。




「…………いや、素人の考えだから。なんとなく?」

「…………えー……? けがわー……? なんで毛皮なんて発想がでたの?」


「この前聞いたんだ。今年の流行は毛皮だとかなんとか。それを今、思い出して」



 聞かれ、咄嗟に切り返す彼。


 内心(……怪しまれたか?)と懸念しつつも、一切表情に出さないエリックの前で、ミリアは不思議そうに首を捻り、ぽつぽつと述べるのである。



「……毛皮、が……はやる……? ……いやー……? そういう話はまだ聞いてないなあ〜」

「……”まだ”?」

「うん、『まだ』」



 屋や力の入った問いかけに、ミリアはオウム返しで頷くと、手にしていたお直しの服をそこに置き、作業台に背を預け向かい合う。



「……あのね? 服のトレンドって、だいたい半年前には決まってるの。もっと前から決まってるものもあるみたいなんだけど、縫製ギルドで『今年はこれがハヤリってことにしまーす! みんな合わせてね!』って感じで、通達が来るのねー?」



 言いながら、首を傾げて衣装をつまみ上げ、そのまま仰ぐように天井を見つめると、ミリアは言葉を続けた。



「今が〜7月でしょ? 毛皮は冬の商品だから……もし、今年のトレンドなら、もう『今年は毛皮!』って通達が来てないとおかしいはずだよ〜?」


「…………なるほど。それは知らなかった」

「まあそうだよね〜。でもそうしないと、布が足りなくなったり、一部のお店ばっかり売れちゃうよね? それは困るもん」

「…………勉強になるよ」



 指を立ててのミリアの言葉に、エリックは深く頷き答えていた。


 彼女の言うことに矛盾はない。

 確かに、売り上げが一点集中するのはどこの業界でも困るものだ。


 それに────彼自身、その仕掛け人の一部である。

 自身の経験と照らし合わせながら、彼は、ミリアの腹部あたりを注視し、口元を覆い言葉を紡ぐのだ。



「…………確かにそうだ。ものを売りたい・浸透させたいならば、業界全体で刷り込めば効率がいい。祭りごとや戦争も同じだ。まず雰囲気を作って人民をのせ、消費を、士気を煽り、高める。…………その方が、民衆は操りやすくなる。流行り一色に染まった街の中なら……、消費を促すのは、そう難しいことじゃないだろうな」


「…………ま、まあ、戦争とかはわかんないけど、空気づくりは大事だよ、ね??」

「……ということは、今年”毛皮の需要が見込まれている”訳ではない……ってこと?」

「た、たぶん? 特別見込まれてるとかは、ないと思う」



 真剣に問い返すエリックの向こうで、ミリアは若干驚いた様子で頷いた。そして彼女はそのまま悩まし気に頬に手を当てると、



「そうだなぁ……うちは、ドレスが主で、毛皮製品は小物程度なんだけど…………

 でも、毎年の感じだと、オーダー品なんかはもう受注してると思うよ? 作るのに時間かかるからねー」

「ここでも作ることが?」


「……まあ~……ストールとか? お客様の要望に合わせて、こっちで作っちゃったほうが早いときはやっちゃうかな。でも、毛皮はドレスや服の生地とは扱いが違うから、ほんと最終手段って感じ。 お兄さんが聞いた噂? はデマだとおもう」

「…………」



 エリックの視線が注がれる中、ミリアは言葉を続ける。



「そもそも毛皮って、大流行って言うよりも『毎度お馴染みの高級品』って感じなんだよね。ハタから見てれば流行ってるように見えるかもだけど、違うの」

「……そうか」


「うん。あんなの毎年買ってらんない。……でもまあ、確かにぼちぼち毛皮製品の受注が増え始める時期ではある……んだけど……流行るなんてどこから出たんだろう?

 今年の冬はベロアなんだけどな……?」

「…………えーと。ベロアって? さっき名前は聞いたけど、どんな布?」



 出てきた単語にノータイムで聞き返していた。

 情報を抜くというより、もうまるっきり勉強タイムだ。


 ────布のこと、素材のこと。先ほどざっと説明は受けたが、わかっているようでわかっていないことが多すぎる。聞いて答えてくれるなら、聞いてしまった方が手っ取り早い。

 

 そんな彼の問いかけに、ミリアはくすりと小さく口元を緩ませると、


 

「柔らかくて毛並みがふわふわの生地。ベルベットはわかる? あの〜〜、ざーって撫でると手のアトがつくやつ。撫で戻すと戻るやつ」

「…………ああ、わかるよ」



 身振り手振りで説明する彼女に頷いた。

 無意識のうち、彼女に合わせてわずかに微笑みを浮かべるエリックの前で、ミリアは人差し指を立てると得意げに話を続ける。



「あれの、安いヤツかな。コットンでできてるんだ。あれでドレスやスカートを作ると、『ドレープ』……えーっと、布を垂らしたときの、優雅な感じがよく出るっていうか。重量感が出るというか? ぺらっと感がないっていうか。すごく上品で、素敵なスカートになるんだよ?」


「…………ベルベットとは、違うんだよな?」

「素材が違うんだよね〜。ベルベットは100パーセントシルクの高級生地でございます〜。王族ロイヤルクラスとか〜、貴族アッパークラスの皆様のカーテンなんかに使われております〜。あ、もちろんドレスやコートにもねっ」



 質問に対して、的確にゆるく返ってくる答え。

 軽い調子で身振り手振り話す彼女は、言い終えるとその身を翻し、流れるようにカウンターの裏へ回り込み、しゃがんでカット台下をあさり始める。



 そんな彼女を傍に、エリックは、ひとつ。手の内でほくそ笑んだ。

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