2-4「………ぅゎぁ────…………」
二人は、歩いていた。
ナンパに絡まれたナタリー(仮)に『かんしゃのえがお』をもらって、数十秒。ナタリーの背中を見送って、エリックはため息を一つこぼし、ミリアにむかって口を開く。
──その顔は、もちろん”呆れ顔”だ。
「…………にしても。……驚いたんだけど?」
「いや、こっちのセリフですね?」
安飯屋で浮かべていた『なあ、俺に夢中になってくれるだろ?』という笑顔も どこへやら。
完全に出会った時のトーンで言われ、間髪入れず返事をしたのはミリアの方だ。
彼女は、全力の『意外』を詰め込んだような顔つきでエリックを見ると、
「まさか、猿芝居に乗ってくれるとは思わなかったですね?」
「あれが一番確実だったろ? 現に、俺が顔を出したら、あいつ……血相を変えていたし?」
述べるミリアに腕を組んで眉を上げて、あからさまにつくため息。
彼がじろりと目を向けるのは、男が消えていった方向もそうだが────自分の隣。この、じゃじゃ馬娘にである。
「……にしても、君には驚かされるよな。食事中にいきなり席を立ったと思ったら、ナンパに突進して行って。てっきり友人か知り合いかと思ったけど、全く知らない相手だったなんて……この前といい今日といい、本当に何やってるんだ」
「無視できない性分なのデス」
「……そう言いつつ、あの店の会計は無視したよな?」
「…………はあ──────ッ! やばい!」
瞬間、ミリアは吸い込み悲鳴を上げた。
どうやら完璧に忘れていたようだ。
目を大きく見開き、口を両手で抑えてわたわたと狼狽え、エリックに真っ青な顔を向ける!
「そーだった! 忘れてたお会計! どおおおお、うおああああどうしよう!? わたしあの店大好きなのに!? このままじゃ食い逃げ! うあああああどうしよう!?」
「…………払っておいたよ、ちゃーんと。心配しなくても、君が食い逃げで捕まることはないから」
「……ありがとおおおお! おにいさああああああん!」
「…………エリックだ」
今にも泣き出しそうな、『感動と狼狽と感激でごった返しているような顔』で、力一杯手を合わせるミリアに、しかしエリックの返事は静かだった。
あのとき。
彼女が駆け出していった先が、ナンパ男と女性だと分かった瞬間。
店の親父に声をかけ、1000メイルほど置き荷物を持って後にした。あの店の値段は知る由もないが、1000メイルも置いておけば十分だろうと踏んだのだ。
それよりも何よりも、まるで放たれた弓矢のように飛んでいった彼女についていくのが最優先だったのである。
先ほどのことをダイジェストで脳内再生する彼の前、ミリアは『まじで申し訳ない!』と言わんばかりの顔つきで自分の腰ポシェットに手を突っ込むと、
「お金返すよごめんねっ!? チキンランチだったから350メイルだよね!? うわー! ほんと申し訳ない!」
「……さっ……。……いや、別にいいんだけど。それより君、かなり手慣れた様子で助けたじゃないか。いつもああなのか?」
「ん? まあ。遭遇したら、あんな感じ」
「…………はあ?」
紙幣を4枚受け取りつつも、エリックの口から呆れがこぼれ落ちた。
口も塞がらないとはこのことである。この前、あんな風に絡まれて怖い思いもしていたくせに、舌の根も乾く前にこの行動。しかも、毎回こんなことをしているなんて、見ぬほど知らずもいいところである。
そんな内心に気づきもせず、自分の前で『え? なに?』と言わんばかりに不思議な顔をするミリアに、エリックの口は自然と呆れを放っていた。
「……首を傾げたくもなるよ。だって君は女だろ? 今回、相手がああだったからいいものの……この前みたいに、暴力に出る奴だったらどうするんだ」
「…………だーって、見過ごせないじゃん〜」
もっともな意見に、顔を膨らませるミリア。困ったように眉を寄せ、ハニーブラウンの瞳で見上げながら言うのだ。
「無視できないの。そういうの無理なの。相手が男同士の喧嘩ならそんな無謀なことしないけどさ、女の子とかだったら何とかしたいじゃん」
「……”なんとか”って……」
「呆れた口調でいいますけれども! これでも『後ろから蹴りを入れる』とか叩くとかしないようにしてるんだよ?後からどんな仕返しが来るかわかんないし。暴力はよくないし」
「………………」
(どの口が言うんだ……?)
彼女の言い分を聞きつつ、エリック派言葉を飲み込み眉を寄せた。
《ついこの間、殴られそうになったのを忘れたのだろうか?》とも思うが、言わぬエリックのその前で、ミリアは得意げにご機嫌サインを作ると、くすくすと笑いだすのである。
「わたしね〜、前にああやって助けてる女の人を見たことがあって、真似してみてるんだ。結構うまくいく。ふっふっふ。」
「………………”結構”ね…………」
「いやいや、呆れないでよっ。わたしも考えているし!」
腕組みはそのまま、視線をそらして難しい顔で呟くエリックだが、しかしミリアには全く効力がない様子だ。普通、ここまであからさまに呆れを表したら弱気になるものだが、彼女は
それを裏付けるように、ミリアはご機嫌な表情で両手を合わせ、ふふっと笑うと、
「あーやって困ってるとさー、助けたくなるよね〜♪ 『待たせたなお嬢さん! きたぜ! キラァン!』みたいな?」
「…………キラン、はわからないけど。君も彼女を見習ったらどうなんだ?」
「みならう、とは?」
「…………ああやって助けを求めるんだよ、『普通』は。靴を投げたりしない」
「…………………………ぅゎぁ────…………」
「────なに?」
「なんでもっ?」
弾ませた声も一変。ぐりんと顔を向けられらて、ミリアは素早くそっぽを向いた。
ミリアが、このエリックという男とやり取りをするのは二度目だ。
外見は最高にいいが横柄なこの男。性格もまだまだよくわからないが、とりあえず、彼がこの前の『パンプス・ストライク』を根に持っていることだけはわかった。
──それと(……なんか、なにかにつけて説教くさいんだよな……、この人……)
どうやら、口うるさいタイプだということも。
この前もそうだったが、こちらに対しての文言態度に《配慮》が見受けられないのだ。最初から不機嫌・最初から嫌味爆発の彼を思い出し、口をつぐんでそっぽをむく。
(────まあ、あの時……思わず靴投げたけど、殴られなかっただけヨシとしよ、うん)
(っていうか、優しいんだか意地悪なんだかわかんないな?)
お節介なんだか冷たいんだか、よくわからないヤツに、そっぽを向いて言いたい放題。
だが。
(まあまあ、でもでも。それでさっきのお姉さんは助けられたし?)
徐々に書き換えていく 前向き思考
(なんか荷物持ってくれてるし? この前も助かったし?)
ちらりと盗み見 ”考え中のお兄さん”
(────ま、いっか!)
一件落着。
この前からのいろいろを一言で片付けて、難しそうな顔つきで考えている様子のエリックに、ちらりと目を向けて────……
そして、芋づる式に思い出す。
彼に言われたこと。彼が、言っていたこと。
『……君の話が聞きたい』
『これ、どこの鳥』
『…………仕事の話……とか』
(────仕事の話……かー。)
こっそり鳥も混ざりゆく頭の中。
それらがぼんやり回りだし、ミリアは頬をこりこりと掻き、
「あのさ」
唐突に声をかけた。
呼ばれて素早く顔を向ける彼に、手のひらを差し出しながら、言うのだ。
「話、聞きたいって言ってたよね? 別に、話するなら食事じゃなくても、お店でよくない? 仕事の話ならお店の方がいいと思うんだけど、どう?」
「………………ああ。喜んで」
提案するような『誘い』に、エリックはにっ……こりと 微笑み頷いたのであった。
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