2-3「あなたを、許します……!(2)」




 ポリッ……こっくん。ざわざわざわ……




 止まる時間・急に聞こえ出した周りの雑踏。

 ぽそっと呟いたミリアの口元で、揚げパスタが乾いた音を立て──……




「いま、たべている。………え。どうしよ。もうお腹いっぱいなんだけど、あ、まって? 吐き出してきたらいい?」


「ちょ。ちょっと待って」

「ううううん、ごめん~。おにーさんは二軒目行けるかもしれないけど、わたしはもう入らないっすね……」


「……いや。まって」

「っていうか駄目だ! わたしこのあと仕事だし! 今おひるで中抜けで!」

「……えーと、待ってください」



 ミリアの言動に、思わず『待った』の手を出す国家スパイ。


 ──まさかそう返ってくるとは思わなかった。


 瞬時に今までのデータを集積しつつ(いや、でも、それもそうか)と納得しかけた頭が(次の話だってわからないか? 普通)と否定的な考えもはじき出し、エリックは顔を作ることも忘れて彼女に戸惑いの表情を向けると、



「あー、えーと。今じゃなくて。君とゆっくり話がしたいのは、今度。『機会をとって、ゆっくり出来ないか』って言いたいんだけど」

「あ、今度? こんどか、そっか。ごめん、今かと思った☆」

「………………」

(…………調子が狂うな…………)



 『ごめんごめん、勘違い☆』と笑うミリアに、エリックは微笑みに苦笑いを隠した。


 ──この、『想定した結論にまっすぐ着地できない切り替えし』。

 斜め上から飛んでくるというか、なんというか。予想ができないというか。咄嗟に返せないというか。


 決して会話が成立ないわけではないのだが、返ってくる言葉が予想外過ぎて、こちらは軌道修正を余儀なくされる。



(…………これは、初めてのケースだ)



 縫製ギルドがどうとか言う前に、このミリアという女に手こずりそうだ──と思う半面。


 静かに 心の中で火が灯る。

 『簡単ではない』。

 簡単ではないがこれぐらいを・・・・・・転がす方が・・・・・・面白い・・・・・



(…………彼女の、この感じからして、おしゃべりには事欠かなそうだし。やや向こう見ずなところはあるが、頭は回るほうのようだし。店でも相当の情報を聞いているに違いない)



 ひそかな闘志を色目に隠して。

 エリックは、くすりと彼女に笑いかける。

 


「……君、仕事は何時まで? そのあとはどうだろう?」

 

「うん、別にいいよー。ごはんかー、どうしよっ……か…………?」

「ああ、……嬉しいよミリア。君は話が上手だし、話題もありそうだ。きっと楽しい食事になる」


「……………………うん。」

「…………楽しみだ。いつにしよう? 君の話を、ゆっくり……聞きたい」

「………………ん。」



 ──絡まる視線、送るのは好色の微笑み。

 手こずったが、もう少し。

 エリックはその雰囲気にもうひとこと。

 色気と、キモチを込めた声で──放つ。



「…………なんでもいいんだ。『君のこと、周りのこと』。……あとは……そうだな? 『仕事の話』とか。──俺に、聞かせ」

「うん。」



 ──────がたんっ!

 甘みを利かせたおねだりのその途中。

 唐突に腰を浮かせて立ち上がる彼女に、目を見開いた。



「……ミリア?」



 そのただ事じゃない雰囲気に、エリックが声を上げた時。

 ────ミリアの視線は遥か向こう。猫のように目を見開き、彼の背後をとらえながら、



「…………これ。持ってて」



 言うなり、速足で駆け出していった。




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