2-2「ミリア・リリ・マキシマム(2)」
「…………あれ? こんにちは。……君もひとり? 偶然だな?」
「────あ。ひょのまえのおにーふぁん」
やけに親しげのある声で呼ばれて、ミリアは口の中の鳥を頬に避けながら、振り向き目を向けた。
ミリアがもぐもぐと頬張りながら見上げた先、そこにいたのはもちろん、この前の”青年”。
黒い癖毛に、深く黒に近い青の瞳・。シャツの胸元をあけて、袖まくりスタイルの『彫刻のような容姿を持つお兄さん』。エリック・マーティンである。
彼の声賭けに目をぱちぱちさせるミリアに、彼は空いてる席を視線で
「ここ、いいかな?」
「どうぞ~。」
「……ああ、ありがとう」
さらりとした返事に、エリックは、にっこりと微笑みかけ、まずは手始めに『一発』。暗く青い瞳に色気を乗せ『じっ……』と『好意』を送る。
────大抵の女は、これで頬を赤らめる。
の、だが。
「…………?」
ミリアの調子は変わらなかった。
彼がじんわりと出す”好色の視線”にもまるで気づかず、もぐもぐと口を動かし、串焼きを咀嚼している様子。
(…………へえ?)
予想外の動きに、エリックは内心唇を引き上げた。
ここで空ぶるのも珍しいのだが、こんなもので驚くわけがない。軽いジャブだ。空ぶったところで特に問題はない。
それよりも、かけた椅子の立て付けの悪さとぼこぼこ感に、若干戸惑いながらも、エリックがそこに座り直した時。
テーブルをはさんで向かい合ったミリアは、串の二切れ目を飲み込むと、
「なーに? この辺よくくるの?」
「ああ、うん。まあね。たまに来るよ」
横目でチラり。軽く一言 言葉を交わす。
胸元をぱたぱたと仰いで頷く彼の隣、ミリアは串に刺さった鶏肉をふりふりしながら自慢げに笑うと、
「ここの串焼き美味しいよね〜。わたし、大好きだから良く来るんだ。おにーさんもたべる? いっぽんどーぞ」
「──ああ、ありがとう。……なあ。”お兄さん”じゃなくて、名前があるんだけど。 ……もしかして覚えてない?」
「おぼえてるよー、”エリックさん”」
串焼きを差し出し、受け取り短く答えるエリックの視線の先。
彼女は、そのハニーブラウンの瞳で”じっ”とこちらを見つめると、おもむろに口を開いて言い出した。
「…………なーんか。見た感じのイメージと名前違うよね、エリックさんって」
「? そう?」
「うん。名前見た時『クリストファーとかじゃないんだ~、へえ~』って思った」
「…………ふふ、『クリストファー』? 俺、そんなイメージなのか?」
「うん、あと『ディラン』とか」
「…………うん? 『ディラン』? へえ、そんなこと、言われたこともなかったな」
まずは合わせる。彼女の方に。
彼女の言葉の意図はまるでわからないが、の言葉を冗談交じりに返しながら。エリックはとりあえず、受け取った串焼きを一口頬張り────……
「………………!?」
瞬間。目を見開き静止していた。
舌先から広がる鶏の旨味。
途端・頬の奥が疼いて唾液が溢れ出す。
舌で押しただけで染み出す肉汁。カリカリとした皮を砕く度、鶏皮独特の甘みある脂がじゅんわりと舌を包み、あっという間に肉が喉の奥へ消えていく。
「……これ……! 美味いな……!」
「でっしょー?」
思わず漏らした驚嘆の声に、返ってきたのは自慢げな一言。
その、限りなく黒に近い青の瞳で串焼きを見つめる彼に視線を送りつつ、ミリアはご機嫌な頬杖を突くと
「……ねね、もしかして、これは初めてだった? たまに来るんだよね?」
「……ああ、この辺りにはよく来るんだけど。この店はチェックしてなかったな……」
「美味しいでしょ? 鳥の旨味がじゅわ〜って!」
「…………ああ……! 驚いた。……どこで育てた鳥なんだろう……!」
「……や、普通のだとおもう……」
鶏肉のカリッ・じゅわっと感に驚くエリックを前に、一変。
ミリアは若干、トーンを下げて茫然と呟いた。
ここは、この辺りでも屈指の安飯屋である。
高級店でもあるまいし、そんな高い食材を使っているわけがない。
店の親父の焼き方が上手いため、抜群に味はいいのだが、肉自体は最安値のはずだ。
そんな店の、”ただの鶏肉を食べてこの反応”。ミリアは純粋に驚きでいっぱいだった。
(……ふ、フツーの肉に……なぜこんな反応をする……? このおにーさん、なに……?)
と、こーっそり首をかしげるミリアの前で、エリックは今も、串に刺さった肉をまじまじと見つめながら二切れ目の肉を噛み締めている。
(……いや、そんなにまじまじ驚くもの??)
と、不思議に思うミリアの隣で
(……調理方法が違うのか? うち以上だ。特別な銘柄の鶏じゃないんだよな? どうしたらこんな味わい深い肉になるんだ……)
取りを注視するエリック。
そんな、彼の無言の「凝視」に、ミリアは──さらに首を捻った。
(うぅん……ここのおじちゃん、いい肉の時はそう言うしなあ? 今日はそんなこと聞ーてないし……普通にいつも通りの肉だけど……?)
(……美味い。うちの料理人でもこんな味は出せない。これは素晴らしいな……、あとで店主に声を掛けて、……いや……)
不思議に思うミリア。
ただただ驚くエリック。
そんな二人のあいだを、もくもくとしたスモークが立ち込めて──
(…………あ。)
ミリアはひらめき小さく口を開けた。
思いつく『一つの可能性』。
それを確かめるべく、彼女は
「…………ねえ、あのさー」
「うん?」
「…………ちゃんとご飯食べてる? 無理してない?」
「────はっ?」
心底まじめな問いかけに、エリックは素っ頓狂な声をあげたのであった。
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