2-2「ミリア・リリ・マキシマム」





 ミリア・リリ・マキシマム。



 総合服飾工房オール・ドレッサー Vestyビスティの従業員。

 ボルドー通り50067・アパートメント「ティキンコロニ」301住まいの24歳。恋人はなし。


 朝は9時前に出勤。

 鍵を開け店の周りを掃除し、植物に水をやる。

 午前中、週に何度か隣接するクリーニング店に顔を出している。その際、かごいっぱいの服を受け取り、のちにそれらを返却しているが用途は不明。


 性格は『明るく元気』『陽気で楽観的』『見た目は大人しそう』。周辺店舗の店主ともよく店先で話し込むことがあり、社交性は抜群。


 休憩は昼に取り、基本的にずっと店内で仕事。


 ビスティーの業務においては、カウンター業務とバイヤー・それと着付けが主で、帰宅は17時。就寝は大体22時前後。規則正しい生活と言えるだろう。


 彼女は雇われの身だと言っていたが────実質、彼女が工房を回しているようなものだった。



(──……生活リズムは、こんなもの……か)



 リチャード王子の依頼から、3日。

 夏の訪れを感じさせる太陽の光の元、花を売り歩く青年として。

 ビスティーの斜向かい──潰れた商店の前で、彼は声に出さずに呟いた。



 キャスケットの中・じんわりと汗をかきながら。エリックは手元の手帳から、そのページを含め何枚かを纏めて台紙から引きちぎる。


 そしてそれを、売り物の花々を背景に、まずは大きく二つに引き裂いた。


 メモは取ったが残しはしない。

 これぐらいの情報、残すに至らない。

 数日の動きを照らし合わせるためにメモを取ったが、もう用済みだ。


 およそ数日張り込んで、掴んだ。

 ミリアの生活は、とても単調だ。


 基本、朝から晩まで。

 どこにでもいる一般的な小売業の店員の生活様式。何かを売り歩くわけでも、派手に交流をしているわけでもない。



(……本人はとんでもないじゃじゃ馬みたいだけど……、生活は地味で単調だな)

 


 つまらなそうに呟きながら、色鮮やかな花が積まれた手押し車を前に、キャスケットを被り直す。


 くたびれ気味のシャツに、安物ズボンをとめるサスペンダー。靴も使用感のあるものを履き、どこからどうみても『苦労している』感を出す。



 仮にも彼は『ボス』なのだが……

 エリックは、なるべく現場を把握しておきたい男だった。


 びりっと小さく音をたて、まずは大きく二つに裂いたメモを、さらに細かく念入りに、手元の紙袋の中へ。花束を作る際に間引まびいた茎や葉に振りかけながら、温度のない目で見つめた。



 大体のことはわかった。

 一度話していることもあり、全く知らない相手をカモにするよりだいぶ楽だ。


 ミリアは場所を動き回るわけでもないし、貴族が招いた要人のように、たった一度のチャンスしかない相手でもない。店を訪ねればそこにいて、捕まえる必要もない。


 現にこうして、潰れた店舗の軒先で堂々と監視ししていたのだが──平坦な毎日が続くだけ。声をかけようと思えば、いくらでもかけられた。



 まあ、もちろん彼は『話しかける』なんてことはしなかったのであるが。

 むしろ、彼の思惑を無視して声をかけてきたのはミリアの方だ。



 ふらふらと店を出ては、『おにいさん、今日もここでお花売るの〜?』とか、『だんだん暑くなってきたよねー、水分とってる?』とか、『大丈夫? 疲れない?』とか。

 

 ほいほい出てきては、ちょろちょろ話していく。


 無警戒を絵に描いたような行動である。

 その無警戒っぷりに、エリックはやや呆れた。



 声色や調子を変えているとはいえ、こちとら、ふらりと現れた『花売りの青年』だ。彼の感覚で考えれば、何度も話しかけにくるなんてことは、目的でもない限り『ありえない』。



(…………まあ、そういうところが、周りの評判になって返ってきているのかもしれないけど?)



 ここ数日の、彼女のちょっとした声かけと。

 靴を投げられたあの日の出来事を思い出しつつ、胸の中で呟く。



(────ミリア・リリ・マキシマムさん……ね……)


 

 静かに佇むビスティーから目をそらし、彼は荷車を押しつつ、そこを後にした。

 ────その黒く青い瞳に、静かな光を宿しながら。







 ミリアは、幸せをかみしめていた。


 明日は休みだ。

 週末前日の午後、買い物がてらに出歩いて、いそいそ入った安メシ屋。


 この土地としては強くなってきた日の光を避けるように、軒先に置かれた建付けの悪い椅子に腰かけ、木造りのぼこぼこテーブルの上で鳥の串焼きを頬張る。



(…………やっば……! ……このために生きてるなあ~っ……!)



 口の中にじゅわっと広がる鶏の旨味、噛むたびカリっと音を立て砕ける皮に、ミリアは人目もはばらず握りこぶしを作り噛み締めていた。



 鶏肉と塩胡椒。

 これに勝る飯は存在しないだろう。



(やっぱあれだね、シンプルな奴が一番なのよね、わかる。鳥を捌いて食べようと思った人もそうなんだけど、塩と胡椒を振りかけようと思った人は天才なんじゃないだろーか? いや、そもそも塩と胡椒を見つけたひとが、凄い。マジで天才。素晴らしい。あ~~~、発見した人に感謝状でも贈りたい。アナタのおかげで今日も肉がうまい!)



 どこぞの誰ともわからない人間に感謝して、グラスに注がれた水を流し込む『ミリア・リリ・マキシマム』が次に求めたのは『新しい味』。

 添え付けの揚げパスタを指でつまんで、彼女はご機嫌にぽりぽりと噛み砕く。


 誰かと同席している訳ではない。

 完全にひとりなのだが──彼女は、満足だった。



(ぼっち飯が寂しいなんて、だーれが決めたのよ♡ こんなに快適なのに〜〜〜♪)



 と、一人 鶏皮のぷるぷるした舌触りと甘い脂に舌鼓を打った時。



 その深みのある茶色の髪を捉えながら、後ろから、ミリアに近づく男が一人。

 白のシャツは前を開け、この前と変わらぬベストを羽織り、黒のパンツにミドル丈のブーツ。


 鳥の焼けるスモークが蔓延する中──狙いを澄まして、エリックは、次の串焼きを摘みあげたミリアに、声を投げた。



「…………あれ? こんにちは。……君も1人? 偶然だな?」

「────あ。ひょのまえのおにーふぁん」





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