2-1「上客の依頼(2)」
隣国の王子の依頼は、《毛皮の値上がりを調べろ》。
それを受け、険しい顔つきで書面を見つめるエリックの隣、『困りましたね』と言わんばかりに、スネークは肩を竦める。
なぜなら《毛皮を取り扱う縫製ギルド》は、職人ギルドの管轄だからだ。
基本的に、《街の商工
商人
一見、持ちつ持たれつの関係性に見えるが、蓋を開ければ、価格を決める商人と、少しでも高く物を売りたい職人たちとでバチバチと火花を散らし合っている。
一応形として『商人側』が『総合ギルド』を管轄しているのだが、中には、それらに反発する組合もあるのだ。
しかしそれは、どんな国でもある程度は起こること。この国も『全て円満』とは行かないらしい。
やたらと起こるトラブルも、内側から調査する。それが、調査機関ラジアルの仕事である。
資料を眺めて男二人、明かりもほの暗い部屋で、ため息を一つ。
先に沈黙を破ったのは、スネークの方だ。
「…………しっかし…………困りましたねぇ……大工や鍛冶屋ならまだしも、”縫製”ですか。あそこは、ギルドのなかでも特に大きいですからねぇー……。我々総合ギルドが命令を出したところで、はいはいと言うことを聞くとは思えません」
「…………”命令”とはいえ”お願い”だからな。強制力があるようで、無い」
「お互い様ですからねえ。我々は商品がなければ商売になりませんし、彼らは彼らで、商人が扱う材料がなければ生活が成り立たちません」
「そこが分かり合えれば苦労はないんだが……」
「……まあ、難しいでしょうね。どこも『安く仕入れ・高くさばきたい』ものです。組合長をしていて、肌で感じますよ。特に……こと縫製業界に関しては」
含みある物言いに、エリックはすぅーっと大きく息を吸い込むと、一拍。
硬いトーンの声と共に、それを漏らす。
「───
「そうなんですよねえ。しかも、……厄介なことに、あそこは『女性社会』です」
「………………」
言われ、エリックは声にならない唸り声を上げた。
まさに”今の”問題点を煮詰めたような案件に、自ずと表情が険しくなる。
怪訝なエリックの心を汲むかのように、スネークは資料をぺらぺらとめくりつつ、すまし顔で口を開くと、
「……国内でも、『オリオン領の女性軽視』は凄いものがありましたからねえ。
現盟主さまに世代交代されてから
と、息。
スネークは眉を捻って言葉を続ける。
「女たちは表向き・男性に色目を使いませんし、半強制的に結婚させていた 前時代から、一変・世代交代を期に自由恋愛制にした途端、婚姻率は下がる一方……これもそれも、前オリオンサマの”ゴカツヤクあってこそ”、なんですが。勘弁していただきたいものです」
「…………スネーク」
「────おっ……と。失礼いたしました。私はいい街だと思っていますよ、『ウエストエッジ』」
「………………」
じろりとあげた目に、冷ややかながらも楽しんでいるような笑みで返され、エリックはそのまま、スネークを一瞥を送る。
正直。
彼はこの、スネークという男の態度が気に食わなかった。
トラブルを面白がるような姿勢、人の神経を逆撫でる物言い。どうにも”食えない男”。
なるべくなら関わり合いになりたくないが、このスネーク、『表向きの情報収集と、立ち回りの良さ』は抜群なのである。
周りをよく見て、力関係も把握し、時には頭も下げるし上にも立てる。
立場上、裏の情報も知っておきたいエリックにとっては、依頼の運び屋として十分すぎるほどの動きをしていた。
スネークとしても、自分が調査をするわけにいかない。
最初こそああだったが、今は、エリックとスネーク組合長は、互いに協力関係にあった。
…………仲は悪いのだが。
エリックは、嫌味のようなトゲを飲み込むと、短く息を吐き、低めのトーンで話始める。
「…………おまえの感想はいい。それより、縫製組合は、確か女性の組合員が8割……だったか」
「正確に申し上げるなら7.6割ですね。被服の他に、革と衣料小物・靴・洗濯なども含まれています」
「…………」
「ここで対象になる”毛皮製品”に至ってはほぼ、女性の組合員の管轄です。……他は〜……革と靴職人は男性がおおいですが。組合の中でも数が少なく……可哀想なものです」
「…………縫製は、前時代の縫製革命と労働改革、……あとはモデル『ココ・ジュリア』の影響で、さらに力をつけた業界だ。今まで働くことを制限されていた分、”手に職をつけたい”と雪崩れ込む女性が多かった。だからこそ、組織としての結束は……とても 強い」
「簡単に突っぱねられますからねえ。『これは求められていません!』と、怖い顔で言われるのが目に浮かびます」
「……一丸になった時の、女性の団結力すさまじいからな。情報を聞く限り、普段から互いが互いを支え、見張りあっているんだろう。……良い抑止力だよ」
「自活力のある女性が団結すると、ここまで強固になるとはねえ。我々の誰も、夢にも思いませんでした」
「…………」
「…………」
長い政策の末。意固地に結束してしまった縫製
「…………どうします? ボス。少しばかり相手が悪いのでは?」
沈黙を破ったのはスネーク組合長。
響かせる声色に諦めも交えつつ、煽るように述べた。
しかしエリックはテーブルに手のひらをつき、背筋を伸ばしながら──言う。
「……どうするもこうするも。”これ”が俺の仕事だ」
迷いのない返事。
スネークの口元がふふっと上がる。
そしてスネークは、声も高らかに述べるのだ。
「……しかし……困りましたねぇ。縫製業界の女性といえば、私も何度も袖に振られたんですよ。どこかに、都合よくぺらぺらとしゃべってくれる女性が居ればいいんですが……流石に、そんな都合のいい女は────」
「────心配ない」
張りのある声がアジトに響いた。
スネークのジリッとした視線を受けつつ、彼は言う。
「…………お誂え向きがいる」
『よく喋り』『愛想もよく』『現時点でこちらを警戒していない 縫製業界の女』
浮かび上がっている人物は──そう。
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