1-3「ねえ、脱いで?」
ミリアは考える。
先ほど出会った青年『エリック』の様子を観察し、その身なりから。
(……あとは〰〰そうだなあ〜。もしかしたら、どこかのお家に仕える使用人なのかもしれないな? 容姿はいいみたいだし、お屋敷の
「…………なあ」
「────はいっ!」
いきなり声をかけられて、ミリアは”びくーん!”と背筋を伸ばした。
完全に意識が飛んでいた。
楽しいの妄想から引き戻されて、ミリアの頭を回るのは危機感である。
(やっば、声に出してなかったよね……!?)
と、どっきんこどっきんこ煩い胸に手を当てつつ振り向くが、しかしエリックは……静かだ。
彼は静かに艶やかな木製のカウンターに右こぶしを置くと、音もなく顔を上げ、
「ここは、営業してどれぐらい?」
「え? えーとー。オーナーの親からだって言ってたから〜〜〜軽く50年ぐらいじゃない?」
何気ない問いに返した、曖昧な返事。
首をかしげながら『んー』と宙を仰ぐミリアに、エリックはゆっくり続けた。
「…………へえ。じゃあ、割と老舗のほうなのかな。君は、ここで雇われているだけ?」
「まあ、そーだね? なんで?」
「いや、別に。他意は無いよ。……ただ、店内が予想より昔の装いだったから」
「あははは! 正直に言っていいよ? 『古い店だ』って。まあ、そこが気に入ってるんだけどねー。」
彼の気遣いを笑い飛ばし、どストレートに言うミリアはご機嫌だ。
カウンターをすりすりと撫でる指が雄弁に語る。『この感じが良いんだ』と。
愛おしげに撫でるミリアは、次の瞬間ぱっと顔を上げ、そこに両手をつきながらエリックに顔を向けると、彼に
「こー見えても、トイレや中は綺麗だよ? アンティーク工房みたいでいい味出してるでしょ。オーナーの親の頃は純粋に
と、ひとつ。悪戯っぽく肩をすくめる彼女が漂わせるのは、『この店が好きだ』という様子。
「おかげで他のショップより少し手狭なんだけど、「それが」良くない?メニューもイマドキ珍しい木彫りだし。シャルメも、見て? これ14年も前のなんだよ〜」
「…………『シャルメ』?」
言いながら、カウンターの上。
ミリアが『布』を引き抜いたのとほぼ同時。姿を現した『シャルメ』に、エリックの、目の色が──変わった。
──先ほどから、気になっては、いたのだ。
カウンターの作業動線を遮るように、堂々と鎮座し、隠されていたその存在。
それは、縫製工房のお友達。
『大事な相棒』。
井戸の手押しポンプと同じ、深く濃い──重厚な緑色。鉄製の本体頭部にセットされた巻き糸が、本体内部を通って、縫い針の先を通る。
『
今や服飾産業になくてはならない革命機だ。
今は古ぼけた、無骨な本体に彼女が手をかざすと同時、ぽわんと灯りが点り、糸を通した針の先が───きらりと輝きを放つ。
それにエリックは思わず息を吸い込んだ。
シャルメが自体が珍しかったのではない。
彼が驚いたのは その『型』だ。
「……ちょっと待ってくれ。14年どころじゃないだろ、それ……! 初期型
まさかの出会いに驚きが隠せない。彼はその、限りなく黒に近い青き瞳を輝かせながら、シャルメの頭部を撫でると、興奮した様子で言う。
「……従来の《足踏み式
「へえ、詳しいんだねえ〜〜。それ、3年前にもらったんだよっ」
「……さ、3年前?」
「さんねんまえ」
けろっと言われて はいっ? と返した。
3年前と聞こえたが、幻聴だったのだろうか。
心底驚いた顔つきで彼女を見るが、不思議そうな顔つきでこちらを眺めるのみ。
その『あまりの時間差』に驚きながら、彼は、
「……いや……出たのは18年も前だぞ? それが……3年って」
「だって たっっっっっっっかいんだもん!」
確かめるような口調で言うそれに、飛ぶように返ってきたのは彼女の声だ。勢いに一瞬言葉に詰まるエリックの前、ミリアは不満そうに腕を組む!
「新製品なんてウン十万メイルもするじゃん! そんなの庶民が買えるわけないでしょ?」
その口調は「やってられない」と言わんばかりだ。彼女は思いっきり、頬をむくっと膨らませ、
「そもそもですよ! 魔具自体、貴族の方や王室、あと専属の商人が抱え込んで、一般人には新製品の情報さえ回ってこないしー。魔具専門店に「新台入荷!」って言われて見に行っても、大体3年以上前の型落ち品。それでも十数万メイルはするしさ。……無理むり無理ムリ。店の経費で落とすって言っても、高すぎて手が出ないよ、あんなの」
「……なら、これは?」
「ふふふ。うちのお客様のアッパークラスの貴族さまがね?『倉庫から出てきたの〜』ってくれたの。初めて使った時は感動したよね〜『これは便利だ!』って。今まで手縫いだったから本当に!」
「…………そう、か……」
その話に、エリックは重めの相槌を打っていた。
”想定外”といえば想定外の言葉に、一拍・二拍の間を置いて、シャルメに目を向ける。
『まさかこんな状態だとは』という思いが胸を渦巻く半分で、彼をそそる要因がひとつ。
目の前にあるこの『初期型シャルメ』。
これはもう──他でお目にかかることができない代物なのだ。
彼の中では『骨董品』扱いのそれは──エリックにとって、思わず手を伸ばしてしまうものだった。
「……なあ。もう少し、見てもいいか? 魔具には興味があるんだ」
「…………うん、いいけど……、」
もはや生産していないシャルメに、もう一度。彼が指を伸ばした時。
ミリアの──『少々甘みの混じった声』が、彼を止めた。
思わず動きも止めるような、甘く柔らかい声。誘惑を帯びたその音色に、エリックが顔を向けた先。
くすくす・にっこりと彼女が微笑う。
「…………その前に」
カウンター越し・前のめり。
胸の下で腕を組みじっと見上げるその目つきが『誘う』。自然と彼の目が”捉える”・服の下から押し上げられた『胸』の膨らみ。
微笑む口元。
細き指が悪戯に引き抜くは、彼女の胸元。
コルセットベルトのリボン紐。
誘う指先・抜ける紐。
ふふふっ。くすくす。
しゅるん。しゅるん。
「……ねえ、脱いで?」
甘えた声。
緩み外れたコルセットが、ぱさりと音立て、そこに落ちる。
彼は瞬時に理解した。
──それは”オトナのお誘い”・”お付き合い”。
(────へえ……?)
「────フフ。……嬉しいよ。ちょっと驚いたけど」
大胆な彼女に、首元を緩めながら微笑み返した。
靴を投げられた時は予想もしなかったが、彼女が『そう』言うのなら──断る理由などありはしない。
別に、いいだろう。
出会いが先ほどでも、なんでも。
国内問題がどうであれ、魅力ある自分に、女は皆・こうしてくるのだから。
──狭い店内・二人きり。
ちらりと目に付く、お誂え向きの客用ソファー。
窓の外・行き交う人々・ガラス越し。
白昼堂々。これもまた一興。
「……いいよ? 相手をしてあげても。──君のその期待には……応えないとな?」
「ん゛っ?」
「え?」
一瞬で変わった彼女の顔つきに固まる。
ばっちりその気で、ぐっと引っ張った襟ぐりもそのまま、意図を汲もうとするエリックの前。
──ミリアはふるふると首を振り、
「違う違う、ボタン取れてる。ベスト。」
「…………は?」
「ボタン。とれてる。一番上」
「………………」
「ぼたん。」
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