TS聖女の悩みごと

ねこいかいち

第1話

「ロラン・リリック! ロラン・リリックはいるか!」


 診療所のドアを叩きながら名を呼ばれ、私は二階の休憩スペースから足早に階段を下りた。


 ここは小さな農村、スルティ。


 私、ロラン・リリックはそんな村にある唯一の診療所で癒し手として助手をしている。


 癒し手とは、その名の通り癒しの魔法が使える者をそう呼ぶ。人工の少ない小さな村では、相対的に癒し手が生まれる確率も少ない。小さな村には医師はいても、癒し手がいないのだ。


 癒し手と医師との明確な違いは、癌や腫瘍など手術し切除しなければ完治出来ないものは癒し手では治せない所である。癒し手は悪性の腫瘍を小さくすることは出来ても、完全に治療することは出来ない。


 そんな中、特に私は魔力が高く【治癒】の使える回数や規模が大きく、とても重宝されていた。

 ちなみに言うと、今は少女の姿をしているが、元は男だ。いわゆる転生者という者で、前世では普通にブラック企業に勤めていたサラリーマンだ。転生者のおかげなのか、私には高い魔力と癒し手の才能があったのである。




 何度も叩かれるドアを開けると、見知らぬ男性が二人。


「ロランは自分です。何か御用でも?」

「君がそうか。思ったより子どもだったな」


 目が合うなり失礼を口にする男性らに、私は眉を顰める。確かに私の容姿は、村でも良く

話題に上がる。さらりと揺れる淡い藤色のショートヘアに、日の光の当たり方によっては銀

色に見える灰色の瞳。十五歳とは思えない華奢な体型に、未成熟な体。


 誰も、中身が実は男だなんて思いもしないだろう。

 

「国王陛下のご命令により、癒し手を王都に召集している。君も首都にお連れする。反論は認められん」

「はあ……」


 呆気に取られている間に、家まで連れてこられ荷造りをさせられ、馬車に乗せられてしまう。


 ちなみに、この村の医師は私の癒し手の師匠でもあるが、彼がいなくなってしまうと村の医療が成り立たなくなるという理由で彼は免れた。


 そしてそのまま馬車に揺られ、一週間後には主都ミダスに着いていた。




 王宮に着くなり目にしたのは、たくさんの癒し手の女性達。癒し手は何故か女性が多い。これには幾つかの論が提唱されているが、ここでは割愛しておこう。

 兎に角、若い女性から中年の女性まで、たくさんの人で賑わっていた。普段賑わうことのない場所が賑やかになるというのも、なんだかシュールに思える。


 部屋に案内されるなり、一番に行われたのは身体検査と魔力測定、そして重症兵相手に行う【治癒】だった。


 一通りの工程を行わされ、宛がわれた部屋で待つこと三時間。お茶請けにと出されていた色とりどりの種類のクッキーの三度目のおかわりを頼もうとしていた矢先に、国王陛下からの呼び出しがかかった。


 私は溜め息を吐き重い腰を上げ、案内役の兵士の後について行く。

 玉座の間の前に着くと、兵士は居なくなってしまった。


「え、ちょっと……っ」


 置いてけぼりにされたロランは去って行く兵士に手を伸ばすが、彼はそのまま何処かへと消えてしまう。


 仕方なく、意を決して玉座の間の扉をノックした。


「入り給え」


 穏やかで優しそうな声が中から聞こえ、ゆっくりと扉を開ける。足音を立てないように静かに近付き、深くお辞儀をする。


「ロラン・リリックです」

「わざわざ済まないね。楽にしたまえ」

「はあ……」


 楽にしろとは言ってくれたが、周りの大臣達の目がそうさせてくれる気配ではない。

 

 そもそも、なぜ私はこんな所に呼ばれたのだ?


 そんなことを思っていると、国王自らが答えを教えてくれた。


「話は簡単だ。君に聖女になってもらいたい」

「……え?」


 聖女。それは癒し手のいない村に赴き、【治癒】を行い巡回する者をそう呼ぶ。癒し手なら誰もが憧れる役職だが、なぜ自分が? 敢えて言ってしまうと、私は全く興味が無い。


「先程の検査で、君が飛び抜けた回復魔法の使い手だとわかってね。この大役、君に任せたい」


 ちなみに言うと、前の聖女は二人いたらしいがどちらもおめでたで辞めてしまったらしい……。


 話は戻るが、私は転生者だ。前世はブラックな企業に勤めていた。三十二歳の夏、過労と睡眠不足で意識が朦朧としている所をトラックにはねられ命を終えた。


 聖女の仕事は多くの村へ赴き、そこで【治癒】を行う。体力勝負であり、ハードスケジュールでもある。

 私は村で鍛えられている分、体力には自信があるし、前世の頃を思い出せば癒し手としての職務なんて苦ではない。


 断る理由もないし、報酬として高い給金が貰える。村にいる両親へ親孝行が出来ると考えれば、なんということはなかった。


 国王の申し出に、私は断る理由もないのですぐさま頷いた。




 国王陛下に命じられるまま部屋に戻り、用意された服に袖を通す。

 私の世界の服で例えるならば、アオザイに似たような恰好だった。青が基調の上着袖が膨らみ、ゆったりとした白いズボンは華奢な体を覆い隠す。艶やかで肌触りも良く、肌にぴったりと馴染んだ。


 お高いんだろうな……。


 なんて思っていると、ドアをノックされる。話に聞いていた、護衛の人が来たのだろうか。


「どうぞ」


 室内に入ってきたのは、私よりも三十センチ以上は背の高い青年だった。くすんだ金の短髪で屈託のない笑顔が特徴的な人物だった。


「よ。今日からお前さんの護衛を任されたグレイヴだ。国王陛下の命令だから交代とかは出来ないが……まあよろしく頼む」


 歩み寄ってきた彼は手を差し出してくる。その手をとり握手を交わすと、体型に見合ったごつごつと骨ばった手だった。





 私は護衛となったグレイヴさんと共に、小さな村々を巡回していくことになった。


「そいや、お前さん【障壁】は出来るか?」


 ミダスを出て数分。突拍子もなく声を掛けられた。


「出来ます」


 【障壁】とは、自身を守る結界のようなものだ。適性があれば誰でも使えるが、その【障壁】の強度は魔力に応じて変化する。私が張れる【障壁】は、私一人を守るためならば大抵のことでは破れない。


「なら、野盗とか襲ってきたら【障壁】張って自分自身だけでも守ってくれ」

「え、でも……」


 言い淀む私に、グレイヴさんは笑顔を向けた。


「そういった奴らの狙いは、大抵が女子どもだ。追い払うのは出来るが、守りながらは厳しいからな。だから、自分の身は自分で守ってくれ」


 そう言うことか。納得できた。彼の邪魔にならないよう、私は私で自分を守れということだろう。


「わかりました」


 頷くと、彼は屈託のない笑顔を向けてきたのだった。




 旅に出て初日。まさかの野宿となるとは思わなかった。元男ということもあり野宿は苦ではないが、今の私は未発達な体とはいえ女だ。年若き男女が共に野宿というのはどうなのだろうかと心配になる。


「大丈夫だって! 見張りは外で俺がするし、お前は俺のタイプとは真逆だからな!」


 ジッとテントを張るグレイヴさんを見ていると、彼はにこやかに言い切った。


 確かに前世は男だし、そう言った目で見られるのは困るが、なんで言ってもいないのに勝手にフラれたような言いぐさをされなければならないのか。


「……そうですか。なら安心です」


 設置して貰ったテントに入り込み、事前に首都で購入しておいた携帯食料と干し肉を齧る。

 テントの外では、焚き火の枝がパチパチと静かに燃える音と、すぐ側で火の番をしている彼の影が布越しに見えた。


 明日には村に着きたいだろうから、早朝から歩くことになるだろう。

 早めに寝てしまおうと、布団に包まった。




 翌朝、テントから出ると焚き火の火が一日中ついていたことに気付く。となると、彼は寝ずの番をしてくれていたことになる。


「体調、大丈夫ですか?」


 心許なげに声を掛けた。


「慣れてるから平気さ。時折うたた寝もしてたし」


 はにかみながら、頭を撫でてくる。


「ちょ、子ども扱いしないでください」


 乗せられた手を払い、上目遣いに睨み付けた。


「これでも十五です。子ども扱いは勘弁してください」

「え!? 俺と二つしか違わないのかよっ」


 彼には更に年下に見られていたらしく、驚愕の顔を向けられる。

 確かに十五にしては未成熟な体型をしている自覚はあるが、そこまで驚かれるといい気分はしない。

 表情に現れていたのか、彼は「すまん! 悪気はなかったんだよ」と謝罪してきた。


 まあ、反省してくれているならばいいか。と表情をやわらげた。





 早朝から歩きだしたお陰か、昼前には目的の村に着くことが出来た。

 

 そこで治療を行い、次の村へ向かう。近くに隣接していることも含め、何の問題もなかったおかげもあり、一日で三つの村を回ることが出来た。

 三つ目の村は医療設備も碌に備わっておらず、治療の数も多かった。最後の患者の家に訪問し、【治癒】を施す。体は休息を求めていたが、この後は連絡手段用の魔石を用いて、国に医療設備の設置と医師の派遣を要請せねばならない。

 重い体を動かし、グレイヴさんと共に宿に戻った。


「おい」


 宿に着くなり、腕を引かれる。


「あの、まだ仕事が……」


 引き摺られながら声を掛けるが、聞く耳持たずなのかそのまま部屋へと連れ込まれた。

 荷物を手渡され、浴室へ向かえと指で指示される。


「あの、ですからまだ仕事が残ってます」

「んなのわかってるよ。でもな、そんな疲れ切った顔で仕事されちゃ、いつ倒れるか不安になる身にもなれっての」


 そうまで言われてしまうと、返す言葉もない。


「……では、お言葉に甘えさせて貰います」


 お辞儀をすると、彼は「おう」と朗らかな笑みを向けた。



 湯船に浸かり一息つくと、確かに無理をしていたのだとわかる。浴槽の縁に顔を乗せ、ほぅと息を吐く。【治癒】をするにも、万全な状態でいなければいけない。意外とも思ってしまう彼の優しさに感謝せねばと思った。


 お風呂からあがると、彼も別の浴室を借りたのか、濡れた髪をタオルで拭っていた。

 こちらの視線に気付いたのか、片手で手招きをしてくる。


 首を傾げつつ近寄ると、急に体を抱き締められベッドに倒された。


「きゃあ!」


 突然のことに声を上げてしまったが、グレイヴさんは気にもしていないようだ。離れようと彼の腕から抜け出すべく力を籠めるが、非力な自分の力ではビクともしない。


「あの、まだ仕事があるんです。離してくださいっ」


 腕を伸ばし彼の腕を退かそうとしても、大木を押しているよう状況で抜け出すことも出来ない。


「無茶は駄目だっての。お前、自分が無茶してる自覚ないだろ?」


 やれやれと呆れ顔で言われ、言葉に詰まる。

 確かに、前世でもそうした自覚はなかった。その為、体調を崩し、おまけに睡眠不足でふらついている所をトラックにはねられた。……言い訳も出来ない。


「仕事なら明日にしろ。んで、今は寝ろ。そんな顔色のお前に治療してほしいなんていう奴はいねえよ」


 ……そんなに、顔色が悪いだろうか? 両の頬に手を当て、首をひねる。


「というか、それなら一人で寝ます」


 なぜ、今のように抱かれなければいけないのか。理解に苦しむ。


「お前なあ……。昨日うなされてた奴が言えることか?」


 またしても、言葉に詰まってしまう。時々だが、前世の最期を夢に見てしまうのだ。

 この世界に車は存在しない。だが、あの時に味わった恐怖は未だに心の奥底にこびりついている。


 押し黙る私を抱き寄せ、グレイヴさんは年相応の笑みを浮かべる。


「まあ、そういう時は抱き枕くらいにはなってやるよ」


 人懐っこい笑顔を向けられ、柄にもなくドキリと胸が高鳴った。





 順調に村々を巡回し、残り一つの村となったある日、珍しくも私達は野盗に襲われてしまった。

 これまでにも何度か襲われることはあったが、今回のように大人数での襲撃はなかった。


 咄嗟に、私は【障壁】を張る。これで私の方は安全だ。何度か剣で切りかかられたりもしたが、効果がないとわかった瞬間、相手はグレイヴさんに集中攻撃を始めた。何時もならば後衛として【治癒】を施すのだが、数が多く、彼との距離が離れてしまう。これでは、治療をしようにも出来なかった。


 次第にどんどんと増えていく傷。場所によっては重症とも思える箇所に剣が突き刺さる。声を上げながら野盗達に切りかかる彼を、無事でいてと願いながら見つめた。


 幸いにも、私は【障壁】とグレイヴさんのお陰で無傷だった。彼の活躍もあって、賊は追い払うことに成功したが、その代わりに彼は相当な傷を負ってしまう。


 剣を地面に突き刺しそれに体を預ける彼の元に急いで駆け寄り、急いで【治癒】を施す。【治癒】は本来、外傷や病を癒す為に用いられる。だが、今のグレイヴさんは内臓にも損傷があった。出血も多く、このままでは死神にご対面することになるだろう。


「横になって」


 地べたに座り込み、脂汗を滲ませ浅い呼吸を繰り返す彼を横に寝かせ膝枕をする。鉄の胸当てを急いで外し呼吸を少しでも楽にさせると、胸に手を当て再び【治癒】を行った。グレイヴさんの体が柔らかな光に包まれ少しだけ表情が和らいだが、内臓への傷は相当なものだった。


 青白い顔の彼を見て、覚悟を決める。


「文句は言わないでくださいね」


 念を押し、そっと目を閉じ顔を寄せていく。血色が悪い白っぽくなった彼の唇に口づけをし、そのまま【治癒】を施す。魔力は体液に流れる。それを応用し、彼に唾液と共に【治癒】の魔力を流し込んだのだ。


 喉が上下に動くのを振動で感じながら、更に唾液を彼の口内に流し込んでいく。


 すると急に、動くようになったらしい手で後頭部を押さえこまれ、舌が咥内へと押し入ってきた。


「ん!? んんっ、ん、う……っ」


 予期しない行為に、目を見開く。咥内を蹂躙され、舌を絡ませられる。


 息苦しさに唇を離そうにも頭を押さえ込まれ、息継ぎも出来ない。酸欠からか目に涙が浮かぶ。【治癒】を施していた際に彼の胸に乗せていた手で力なく叩くと、漸く解放してくれた。


「ぷは……っ、はぁ、はぁ……」


 顔は羞恥と酸欠とが混ざり、真っ赤に染まっている。瞳は潤み、荒い呼吸を繰り返す。咄嗟にぽってりとした唇を隠し、顔を見ないようにし彼の傷の具合を確認しようと視線を逸らす。


 するとズボンの一部が膨らんでおり、更に頬を赤く染め上げた。


「この……変態!」


 自身の渾身の力で思い切り頬を叩き、膝に乗せていた頭を押し飛ばす。


「いや待てって! これはその、生理現象でな!?」

「寄るなロリコン!」


 見た限り、彼の傷は完治したようだった。ホッとしつつも、頬を膨らませズカズカと次の村へと向かって行く。


「おい、待てって!」


 背後から聞こえるグレイヴさんの声を聞きながら、私は足早に村を目指した。

 見た限り、それなりに大きそうだったな……。などと想像してしまい、大きく頭を振った。





 最後の村に到着すると、聖女を待っている人でごった返していた。まずはグレイヴさんの格好をどうにかすべく、浴室を借りることにする。その間に、私は重症な人から順番に並んでもらい、【治癒】を施していった。暫くすると湯あみを済ませたグレイヴさんが背後に陣取り、無茶をしないか見張っている。


 だが、出来ることならば今日中に大半の人の治療を終えておきたい。出来る限り表情には出さず、治療を続けて行った。



「村長さん、続きは明日でもいいですか?」


 思いがけないグレイヴさんの言葉に、村長は「え?」と驚嘆した。それには私も驚きを表し、目を瞬かせる。


「こいつ、村に来る前に大きな【治癒】をしてるんすよ。顔色も悪くなってきてるし、明日に伸ばせないですかね」

「私はまだ出来ますっ」


 彼の言葉に反論する。だが、彼は呆れ顔で溜息した。


「馬鹿言うな。顔色悪いんだよ、お前」


 指摘されると、村長までグレイヴさんの意見に賛同した。


「村長さんまで……」

「幸い、残りは怪我の軽い者達です。明日また、お願いします」


 そう言われてしまうと、何も言えない。やむを得ず、今日の治療を終えた。



「私はまだ出来ました」


 不満を露わにする私に、グレイヴさんは嘆息する。


「お前なぁ……。自分の限界を見誤るなよ」

「見誤ってないです。まだ無茶は出来ました」


 食い下がろうとしない私に彼は再び息衝くと、腕を引き自身の腕の中に閉じ込めた。


「もう! そうやってはぐらかす!」


 腕の中から抜け出そうと暴れる。抵抗を抑えるべく、グレイヴさんは腕に力を籠めた。


「はぐらかしちゃいないって。……あのな、何の為に護衛がいると思う」


 突拍子もない言葉に、小首をかしげる。


「それは……言葉の通り護衛でしょう?」

「そう。聖女を守るためだ。それは無茶な治療をしている聖女を止めるのも含まれてる」


 言われて、目を丸くする。


「今じゃこの地方の聖女はお前一人だ。そんなお前に何かあったら、困るのは皆だ」


 そうだった。簡単なことなのに忘れていた。


 申し訳なさに、彼から視線を逸らす。すると、ゆっくりと頭を撫でられ「今日はもうゆっくり休め」と囁かれた。


 撫でられる心地よさに、私はゆっくりと目を閉じた。




 翌日。ぐっすりと熟睡出来たおかげか、残りの村人の治療も難なく終わり、首都への帰路につくことが出来た。


 聖女としての役目も終えたということは、スルティの村に帰れるのだろうか。

 そんなことを思いながら歩いているが、昨日のこともあり少し気まずい空気になっている気がする。特に私の方が、だ。


「あ、あの……今までありがとうございました」


 この場の空気を変えようと、隣を歩くグレイヴさんに振り向き礼を述べる。すると何故か彼は顔を赤くして目を逸らした。


 疑問符を浮べる私を余所に、「その、お前はどうするんだ?」と訊ねてくる。聖女の仕事も終わったとなれば村へ帰れると思うのだが、そこは国王陛下との謁見次第だろう。


「取り敢えず陛下と話をしてから決めます」

「そうか……」


 何故か今度は物悲しそうな顔をするものだから、再び疑問符が浮かび上がる。


 一体、どうしたというのだろう?




 首都に戻り、一目散に国王陛下への謁見を求めた。すぐさま受理された国王陛下との謁見で、思わぬ発言を受けることになる。


「え、再度巡回に?」


 そう、今度は別地方への巡回を言い渡されてしまったのだ。


「癒し手不足が深刻でな……次も宜しく頼む」

「はあ……」


 巡回から帰ってきてから早々に言われるとは思ってもみなかったことに、若干困惑する。


 別に巡回に行ってもいいが、護衛をどうするか……。グレイヴさんがまた護衛をしてくれるとも限らない。こっそり、ちらりと彼に視線を送ると、彼は口を開いた。


「陛下。次もまた聖女様の護衛をお任せいただきたく存じます」


 静かに真っすぐ国王陛下に向けられる瞳は真剣で、その横顔は凛々しく恰好良かった。


 こうして、再びグレイヴさんと巡回が始まることになった。




「どうして、また一緒になんて言いだしたんです?」


 城下町に下りてきて、開口一番に伺ってみる。


「んなの、楽しかったからに決まってるだろ」


 確かに、彼との旅は楽しかった。前世が男というのもあってか、話の馬も合う。言うなれば、話し相手として最適だった。彼も仕事をするならば、気の合う人間が良かったのだろう。


「……それに……」

「はい?」


 顔を赤らめ、照れくさそうに頬を掻く彼は、恥ずかし気にこちらを見た。


「何ですか」

「……好きになっちまったみたいだし」

「……はい?」


 グレイヴさんの言葉に、思考が停止する。彼の好みはふくよかで胸が大きく、ボン、キュッ、ボンな体系だった筈だ。対して私の体は貧相で出る所も出てないお子様体型。


 一体、彼に何が起きたのか……。


「と、兎に角! 俺はお前をそういう風にみちまうが、仕事はきちんとこなす! そこは約束する」


 うーん……少し不安だけども、今までの彼の仕事ぶりや行動も考えれば、信じても大丈夫だろう。


「わかりました。でも仕事に支障をきたすことがあれば……わかりますね?」

「ああ、わかってるって」


 なら、大丈夫そうですかね。


 グレイヴさんに背を向け、一足先に歩き出す。すると急に、背後から抱きしめられた。


「ちょっ、何するんですかっ!」


 暴れようにも力の差が大きすぎる。ゆっくりと肩口に顔を寄せられ、彼の吐息が頬にかかる。


「仕事以外の時は全力でアプローチするから、そのつもりでな」

「っ」


 耳元で囁かれた声に、ゾクリと背筋を何かが駆け上がってきた。得体の知れないそれを消し去ろうと、全力で彼の腕を振り解き歩き出す。


「つれないなぁ……」


 苦笑交じりの声を背後で聞きながら、足早に進んでいく。


 前世でも恋人なんていなかったから、そうしたものに抵抗がないだけ……。

 決して、嬉しいとか思ってる訳ではない筈……!


 頬を赤らめながら、私は耳に残った彼の吐息を思い出しては頭を振って誤魔化す。


 悩み事が、一つ出来てしまった。

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