Mission2 愛(偽装)を示して義母に結婚を承諾させよ③
悠臣と入れ
「あの、夜会以外で
ダンスを習得できる気がまるでせず、依都はとうとう現実
「難しいと思いますよ。悠臣様のことを聡子様はよく思っていないので、その妻である美緒様とも
「確かに、あの殺気は異常だったな……」
挨拶に行ったとき、聡子が悠臣に向けた
「あんな性格だから母親にも嫌われるのよ。そのせいで嫁であるわたしにもきつくあたるに
何があったのかは知らないが、悠臣と聡子が不仲なせいで自分がこんなとばっちりを受けていると思うとますます
依都がぼやくと、
「うーん……性格は関係ないと思いますけどね。聡子様の前では好青年を演じてますし」
「じゃあどうしてあんなに嫌われてるんですか」
「ええっと」
「言わないと
声を低くして
「……直接聡子様に
と前置きをして話しだした。
「おそらく悠臣様の生みの母、エリザ様に関係しているのかと」
「エリザ……やっぱり悠臣様のお母様は異国の方なのですね」
「ええ。そしてそれが聡子様の悲劇の始まりなのです」
「どういうこと?」
「悠臣様のお父上、弥太郎様とエリザ様は
「まあそれくらいは」
西洋文化が流れ込むことによってこの国は確かに豊かになった。しかしそのことと、異国人をこの国に入れることとは話が別である。特に
そんな華族社会の仲間入りをしたい東堂園家において、弥太郎とエリザの結婚は
「弥太郎様のお父上、つまり悠臣様の祖父は、この国の人間と結婚するまで弥太郎様の出国を禁じました。エリザ様に会いたかった弥太郎様は、それで仕方なく
「つまり聡子様は愛人に会う条件を満たすために
「そのとおりです。おそらく悠臣様を見るたびにそのことを痛感させられるのでしょう。エリザ様より先にお子を
「成る
聡子はすでに
だとすると……趣味を通じて聡子に取り入り、嫁として認められるのは無理そうである。
「……柏木さん、
「ではお茶にしましょうか。ご用意
柏木が部屋をでていき……足音が遠ざかるのを待ってから依都は起きあがった。こっそりと
趣味友作戦もラストダンス作戦も無理ならば──聡子の部屋に
依都は開いていた二階の窓へと木伝いに忍び寄り、人目がないことを
いくらか進んだところで聡子の部屋へとたどり着いた。耳を
室内は
人は弱みを
ベッドの周囲をまさぐって、ばね入り
「日記かあ……。王道だけど、意外と何もなかったりするんだよなあ」
もし何かあるとするならば──依都は六年前の日付に
六年前、当時十六歳だった悠臣が東堂園家の養子となった
「あった、悠臣様が養子になると決まった日の日記……『あの女が息子を残して死んだらしい。東堂園の血を引いている以上
まさか六年前から華族を嫁に取ろうと決めていただなんて。依都は
「とはいえこれは
そこからもぱらぱらとページをめくるが、日記からは弱みになりそうなものは見つからなかった。
しかし……〝命にかえても〟という部分は忍びの
そっと日記をもとに
● ● ●
『日記かあ……。王道だけど、意外と何もなかったりするんだよなあ』
片耳に押し当てていたヘッドホンからそんな声が聞こえて、悠臣は深い
「なんです、この便利な機械は」
悠臣とは逆のイヤパッドを耳に当てながら早乙女が問う。
ボタンやダイヤル、メーターなどがたくさんついた背負い箪笥ほどの大きさの箱にヘッドホンが繋がっていた。
「うちの
「へえすごい。で、これはどこに仕掛けてあるんです?」
「あの忍びの着物だ。さっき転んだときに
「うわー
「何とでも言え」
Qは情報局が
「それにしてもあいつ、本当に天才なんですね。実用化されたばかりの音声通信をこんな風に使うだなんて」
「あいつは一人で科学技術を四十年は押しあげるからな。
日記を読んでいた
『とはいえこれは脅迫の材料にはならないし……。他に何かないのかしら?』
日記を閉じる音、箪笥を引っかき回す音、落胆の溜め息……聞こえてくる音声によって嫁が完全にダンスを諦めて弱み探しに
悠臣はすっ、と目を細め、険しい顔立ちになると独りごちた。
「さて……この
● ● ●
初日以来、結局一度も悠臣が練習にやってくることはなかった。とはいえ依都も日中は練習以外のことでかなり
そんなこんなで、とうとう依都は夜会当日の夜を
仕事が忙しいという理由で悠臣とは会場で落ちあうこととなり、依都は聡子につれられて
月見会は月の満ち欠けを
……という話を、聡子は道中の車内で延々と聞かせた。
会場について最初に行うのは、その日に出席する中で最も身分の高い人物──すなわちラストダンスのお相手への
本場の社交界デビューでは国王に謁見することで一人前の淑女として認められるのだが、この会は
十三夜会の日、デビュー予定の
「これで……あってる?」
……このドレスが高価なことは火を見るよりも明らかだった。おそらくこの会場にいる
(
諦めて依都はぎくしゃくしながらもロンググローブとヴェールを自ら身につけて、
「これでいいでしょうか……?」
ついたての向こうで待っている聡子へと声をかけた。
「ヴェールが曲がっているわよ」
目があうなり
「貸しなさい」
依都の背後に回ると聡子はドレスの緩みを張っていった。ずり落ちていたロンググローブはしっかりと
聡子が全体を整えるとたちまち令嬢らしい姿となったので依都は感心してしまった。
「これでよし。素敵よ、
最後に
依都は少し
鈴鹿……もしかしてこのドレスは、聡子の
部屋をでると悠臣が待っていた。白いドレス姿が多い中で陸軍の大礼服を
「謁見の間までエスコートしよう」
「……お願いします」
依都にとってはうさんくさい台詞を言って悠臣が
謁見の間は二階なので悠臣につれられて階段をのぼる。聡子はそのあとに続いた。
「もっと喜んだらどうだ。婚約者だろう?」
依都にだけ聞こえる声で悠臣が
「
別に
そもそも依都はまだ練習初日の件を許してはいない。
「俺はここまでだ」
謁見の間についたところで悠臣が言った。
悠臣が腕をほどいた瞬間、依都は
これは初めての仕事であり、なのにたった一人で敵地に乗り込まなければならないのだと今さらながらに自覚したからだ。
失敗すれば主君の命が
頭上から
「
悠臣の手が耳にかかり、引き寄せると同時に顔をあげさせられた。額に
「なっ……」
あとに残されたのはきゃあきゃあと
い、いたたまれない……。
「さ、さあ行きましょうかお
その場の空気に耐えきれなかった依都は、
入室する
〝美緒さんも大変ね。ご両親を早くに亡くされて、
一人の令嬢が
どういう意味だろう。気になったものの、すでに謁見の間に一歩踏みだしていた依都は
そのまま任務へと思考を切り
「有栖川
入り口に
本日、主催者によって
この人が今回の
依都は何度も練習したように、
「君が悠臣の婚約者だね」
そんな声をかけられて、依都は目を丸くして
「悠臣様をご存じで?」
「近衛騎兵隊の部下だよ。僕が大隊長で彼が中隊長」
「成る
表の仕事の上司だったか。
どうりで同じ大礼服を着ていると思った。
慌てて口をつぐんだが、鷹英は気にしていないのか
「今日のダンス、楽しみにしているよ」
「ありがとうございます」
再び
背後に控えていた聡子も頭をさげると、二人は並んですまし顔をして、謁見の間をあとにした。
ダンスのこと、すっかり忘れてた……!
「結局弱みも握れていないし、これは
「さっきから何をぶつぶつと言っているの。ダンスホールへ移動しますよ」
「あの、そのことなんですけどっ」
部屋をでていこうとする聡子を呼び止める。ダンスホールの前には悠臣が待っている。ついてしまってはもう
しかし
いやいっそのこと聡子を
くすくすくす……。
何がそんなにおかしいのかしきりに笑っている令嬢を見ていたら、次の瞬間には視界が真っ暗になっていた。
「!?」
自分だけが標的じゃない?
力が強くて振りほどけない。もがいているうち、何やら薬品を
依都が
身代わり花嫁は命を賭して 主君に捧ぐ忍びの花 英 志雨/角川ビーンズ文庫 @beans
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