おまけ 魔王様へのアフターフォロー

「おい、勇者。久しぶりだな、相談に乗ってくれ」


「申し訳ございません。魔王様ご夫妻のアフターフォロー期間はもう終了しておりまして・・・」


「ちょっと待て。扉を閉めようとするな」


元不動産営業マンの勇者・レザ(過労によって職場で死亡後、転生)が果たした尽力により、元引きこもりの魔王・ゴヴァ(道路に飛び出した犬を庇って轢かれて死亡後、転生)の手によって世界がある程度の平和を取り戻してから数年。


(こちらの世界の)故郷に戻って農作業に勤しんでいたレザの下に、今や人間と魔族の架け橋となっているゴヴァが久方ぶりに訪問をしてきた。


「おい勇者、扉を開けろ。用事がある」


「本日は定休日となっております。ご用の方は留守番電話にメッセージをお残し下さい」


「お前絶対吾輩と同じで日本からの転生者だろ。何故か素性を隠しているがそれで本当にバレたぞ」


魔王であるゴヴァが訪れたのは小さな村の小さな家。そこに勇者、いや、本人の意識としては“元”勇者となったレザが暮らしているのだが・・・。


「ちょっと緊急事態なんだ。解決できたらちゃんと報酬は払う。だから開けてくれ」


「・・・。話を聞きましょう」


「現金なやつめ」


勇者はやはり、どこまでも営業マンだった。





「なるほど。魔族嫌いの人間から嫌がらせを受けていると」


「そうだ。最近は魔王城に石などが投げ込まれる。しかもそれはある王国の王子が主導しているらしく、かなり手を焼いているんだ」


「・・・魔力でどうにかできないのですか?それは正当防衛になるでしょう」


レザは少し頭を働かせて返す。何せ、魔王夫妻はこの世界でもトップラスの強力な魔力を揃って誇っているのだ。それでどうにかした方が手間も省ける気がするのだが。


それにこのレザも同席したのだが、数年前に行われた魔王と人間の各王国の国王・女王が集った和平会議にて色々と新たなルールを策定した。そしてその中には、人間側が必要以上に魔族に攻撃をした場合は一定の正当防衛を許可するという項目がある。


これは人間側が魔族に対して暴徒化しないよう、何を隠そうこの勇者レザが主導で決めたものだ。


しかし彼のもっともな疑問を聞きゴヴァも即座に返答する。


「それはそうなんだが、やはり魔王妃である妻は人間に手を挙げたくないと話しておるのだ。それにもしも吾輩達の出力にミスが生じれば、瞬く間に人間が炭のように焼け焦げてしまいその肉体が無惨にも崩れ落ちてしまうか、もしくはドロッドロに溶けてしまいその内臓も・・・」


「分かりました分かりました。それ系の話は聞きたくありません。それで、私にはどうしろと?」


意外にもこういう話は苦手なのか耳を塞いで話すレザに対し、ゴヴァの方は落ち着いた口調でこう返答した。


「それで折り入ってお前に相談だ。嫌がらせを行っているのはこの村と隣接しているラフォ王国。和平会議の時に目立っていた、威勢の良かったここの女王を覚えているか?彼女は比較的融和思考だったのだが、少し前から怪我をしてしまって入院中。ただその息子であり、代わりに国を統治している王子の方が魔族嫌いなんだ」


さらに「そもそも吾輩達はラフォ王国と争った歴史は無いのだがな。しかし、そこでお前が間に立って欲しい」と話して深々と頭を下げてきた魔王・ゴヴァ。ここは普通なら追い返すか、それとも人情に負けて話を受ける。しかしレザは。


「ま。先ほど報酬を出すと仰いましたからね。問題を解決しましたらきっちりと手数料を頂戴します」


そのどちらでもなくあくまでもビジネスの一環ということでその重い腰を上げた。


「そ、それは助かる!さすが勇者だ!」


「それと、しっかりと契約書を書面で交わしましょう。後で揉めたら面倒ですから」


「あ、ああ・・・」


レザはこういうところに抜かりが無い。やはり彼はどこまでも営業マンだったのだ。





「お世話になっております。少し前まで勇者だったレザです。こちらの王子様はご在宅でしょうか?」


ここはラフォ王国の城。エメラルドグリーンの壁がピカピカに輝く、目がちかちかするような建造物だ。


レザが、20年近く不動産の営業マン生活を送った結果として染みついた丁寧な挨拶をすると、それを聞いた門番は城内に話を回す。そしてしばらくして使用人が出てくると、レザは城内の客間へと通された。


そこには女性のメイドが1人いたのだが、目立つのは部屋の中央に鎮座されている大きなえんじ色のソファーに座っていた若い男性。


「何だぁ?てめえはレザって名前の勇者じゃねえかよ。俺に何の用だ?あ?」


いきなり喧嘩腰になっている、彼がラフォ王国・第一王子のワルケ。


「おい、何か言えよコラ」


しかしそんな対応を取られようとレザは動じない。


彼は完全な飛び込み営業こそしたことなかったが、実はそれに近いことはした経験は何度かある。初対面の相手から罵詈雑言を浴びせられることなど何てことないのだ。


「ワルケ王子。わざわざお手間を取らせて申し訳ございません。私は魔王様の方からご依頼がありまして参りました。最近、魔王城の方にワルケ王子やこちらの国民の方々が嫌がらせをしているとお聞きしたのですが、そちらは本当でしょうか?」


まずは状況の把握からだ。こういう時は相手の言い分を聞いてから次の手を考える。


前世時代、新入社員が泣いて社屋を飛び出すようなクレームの対応をしたことがある勇者にとって、これは当たり前の戦術だ。


すると怪訝な顔をしていたワルケはしばしポカンとした後、腹を抱えてケラケラと笑い始めた。


「何かと思えばその件かよ!あー、そうだ。してるよ。イ・ヤ・ガ・ラ・セ。しかも俺が煽動してな。だから何だ、おめえには関係ないだろ?そもそもおめえは1匹も魔族を倒さずに“お話合い”で争いを終わらせようとした腰抜けじゃねえか。とっと帰れよ、ゴミ人間」


レザはこの言葉を聞き、この人物がどのようなタイプの人間なのか理解をした。


しかし問題を解決しなければ報酬を受け取ることができない。実は最近、農作物の育ちが悪く、レザも貯えが減ってきたところなのだ。だから彼も魔王からの報酬が欲しい。事前に交わした契約書の通りだと、魔王からの成功報酬でかなり楽になる。


元勇者と言っても世知辛い。レザは世間の冷たさをこの異世界でも味わっていたのだ。


「お気持ちは分かりますが、魔王城の方はかなり迷惑しているんです。少し考え直してはいただけませんでしょうか?」


「ちっ。えーっとそれじゃあ・・・、ハイ考え直しましたー!でもやっぱり嫌がらせをしまーす!ギャハハハ!」


傍に立っているメイドは直立不動のままだが、ワルケの方は非常に下品な笑い声を上げる。そうしたらその声に反応したのか、客間の中に立派な燕尾服を着用した執事がやって来た。姿を見る限り、かなりの高齢の男性だ。


「こ、こら坊ちゃま。そんな失礼な態度を取ってはいけませぬ。すみません、レザ殿。わざわざ来られましたのに・・・」


「うるせえよクソジジイ!母さんがいないからって俺の世話とかしてんじゃねえぞ気持ち悪い!おい、メイド!さっさとこいつらをつまみ出せ!もちろんジジイもだ!」


そう叫んでワルケは高齢男性に暴言を浴びせる。しかしメイドは困惑したような表情を浮かべている。


「し、しかし坊ちゃま・・・。爺やも日ごろから申しておりますが、やはり魔王城に嫌がらせをするのはもうお止めになった方が・・・」


「ああ!?うるせえぞ!まだ文句を言うんだったら・・・その喉をかき切って殺す!」


その瞬間。遂にレザはキレた。


「ワルケ王子。ここではない、本当に2人きりで話せる場所はありませんか?そこでお話をしたいのですが」


「ああ!?あーそうかい。いいよ、やってやるよ。客間の奥に特別室がある。ついて来い」


こうしてレザとワルケは、部屋の奥にあった扉を開け、その空間へと入っていった。


「・・・。はは、この年齢になって暴言を浴びるのは身に応えますね・・・」


「・・・す、すみません・・・。大執事様・・・。本当は止めなければならないのに、ワルケ様のことが、こ、怖くて・・・」


メイドが膝から崩れ落ち、顔を押さえながら大粒の涙を流していると、彼女から“大執事”と呼ばれた高齢男性は眼鏡の位置を直して優しい笑みを浮かべる。


「大丈夫ですよ。そもそも坊ちゃまがああなってしまったのは今まで甘やかしたこの大執事の責任もありますから・・・」


「ほ、本当にすみません・・・。そ、それにしても勇者様は大丈夫でしょうか?あのような密室でワルケ様と共になど・・・」


そして大執事とメイドが特別室の方に目を移すと。


「ず、ずみまぜんでしだ・・・」


という言葉が聞こえてきた。


ああ。とうとうワルケ王子はあのレザをも泣かせてしまった。彼のお陰で魔王と世界の国王は話し合えたというのに、その功績のある人物に対してなんて無礼を・・・。王位継承者第一位なのにも関わらず、王子はこのままでは暴君になってしまう・・・。


大執事がそう思った矢先、部屋から出てきたのは。


「うっ・・・。ぐっ・・・。ぐすん・・・。爺や、メイドさん、さっきは酷いこと言ってしまってごめんなざい・・・」


これまで見たこともないほど大号泣しているワルケの姿だった。


「え?・・・は?」


「大執事様。先ほどは私もワルケ王子の暴言を注意できず、大変申し訳ございませんでした」


「え・・・いや、その・・・」


「話の方はまとまりました。この国は今後、魔王城に嫌がらせ行為をしないという誓約書も頂きましたので。ワルケ王子直筆のサイン付きで」


「あ・・・。はい・・・」


「それでは私はこの誓約書を持って魔王様の方へ参ります。最後にワルケ王子」


レザは王子の名前を呼ぶと、ワルケは泣きながらもレザに向かって直立不動の姿勢を見せた。


「・・・。も う 二 度 と こ ん な こ と を し な い で く だ さ い ね」


「は、はい!」


こうして呆然としている大執事とメイドを横目に、目的の品を持ったレザはラフォ王国の城を去って行った。





「ご苦労だった、勇者。褒めてしんぜよう」


「契約通り報酬を頂きます」


「おいおい・・・。少しはちゃんとした話をしようぜ?」


魔王城の玉座に座っている魔王は「まあちゃんと渡すが・・・」と言ってガクッと肩を落とす。そしてその手にはワルケ王子が書いた誓約書が握りしめられている。


「勇者さん、本当にありがとうございました。これで魔王城の方は少し落ち着けます。それに魔族側としても人間の方に危害を加えないように変わらず注意しておきますからご安心ください」


さらに魔王の玉座の隣にある、こちらも立派な椅子に座っている魔王妃・シルヴェは礼を述べると共に優しくも美しい笑顔を浮かべる。


「いえいえ。こちらとしましては契約書に則って依頼を済ませたに過ぎませんので」


するとレザは「あ、それと・・・」と呟く。


「ん?どうした勇者。ここまでやってもらって、吾輩達としては感謝の気持ちしかない。言いづらいと感じても堂々と述べよ」


「報酬の宝石類、家に持って帰るには1人だと大変なんです。そこで魔王城の魔族に運んできてもらいたいのですが・・・。配送料ってどれくらいかかりますか?もし運んでいただけるのに新規で契約書が必要でしたら今から作成を・・・」


「もう良いよ!勝手にうちの魔族使えよ!タダだよ!」


「うふふ。相変わらず面白い勇者ですね」


いついかなる時も後々トラブルになるようなことは避けておきたい。やはり彼は、どこまでも営業マンだった。





夕焼けに染まる道の上を、宝石類の宝箱や袋を背中に乗せた1匹の巨大なガーゴイルとレザが並んで歩いている。


「勇者様。あの王国からの嫌がらせ、止めてくれてありがとうございます。それにしてもあそこの王子様はろくでもないって話を聞いたことがあるんですけど、大丈夫でしたか?」


以前、魔王・ゴヴァと共に魔王妃・シルヴェを探した時に同行してくれたイーファという名のガーゴイルは、レザに向かって不安気にこう尋ねる。


「いやいや。大丈夫でしたよ。それに・・・」


「それに?」


レザは振り返る。


確かにあの王子、かなり態度は悪かったし普通だったら怖いと感じしまうような人物だったと。


しかし彼は元営業マン。様々な顧客と対峙したことがある彼にとってむしろ対応しやすいタイプだったと言える。それに本当に背筋が凍るのは、朝出勤してメールボックスを開いた時にブチ切れている件名のメールを発見した時だと記憶しているからだ。


あの時彼の頭が沸点に達したのも自分に色々と言われたからではない。大執事に向かって暴言を吐き、さらにメイドもそれを見て怯えていたからレザは怒ったのだ。


レザは生前、自分が若い頃に嫌な思いをたくさんしたからという理由もあり、理不尽な目に合っている部下・後輩を何度も庇ってきた。時には言いたい放題した自社の社長に対して牙を向き、謝罪を引き出した経験があるほどだ。


そのため、いかに周囲が怖がっているワルケ王子を相手にしたところで、レザにとっては簡単に捻られる相手ではあった。大人の本気の正論による理詰めをするとワルケは簡単に泣いてしまったのだ。


「いえ何でもありません。あ、そうだイーファさん。私の家の近くには美味しい料理の出る酒場があります。魔王様には内緒にして、荷物を置いた後にコッソリ行きましょうか?」


「え!良いんですか?やった!」


そう言えば、はじめてできた後輩が最初の契約を結べた時、彼はこのような感じのようなやり取りをしてご馳走したことがある。


成功体験を重ね、そこに褒美も加えることでモチベーションはアップする。それによって仕事に勤しむ同僚が増えると必然的に自分の負担が減る。


レザは自分の部下でもなんでもない魔族のガーゴイルにさえこのようなフォローをしてしまったことに、自身でも内心驚いてしまって食事の提案をした後に苦笑いしてしまった。


しかしもう撤回などできない。ウキウキで宝石類を運んでいるイーファのことを見ながら彼はこう思った。


異世界へと行こうと、勇者などという役職に就こうと、やっぱり自分はどこまでも営業マンだったのだと。

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転生した勇者は、どこまでも営業マンだった 五十嵐誠峯 @sish99

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