第45話 底辺ぼっちの生きる道
「ここは……」
目を覚ました
肉体的にも精神的にも相当疲弊していたのか、どうやらいつの間にか意識を失っていたらしい。
身体を起こすと、場所は《八王子市第4ダンジョン》の入り口のすぐ近くだった。
周囲の
「ッ……! 眩しい……」
長らくダンジョンの中にいたせいで、太陽の明るさが目に染みる。
だがこの眩しさこそ、まさしく無事に外に出られたという証。
つまりは、ダンジョンの《
「やっほー、おはようトッキー」
そこに、デルタが現れる。
手にはどこかの自販機で買ってきたメロンソーダが二本。
「デルタさん……」
「起きて大丈夫そう?」
「まあ、なんとか……」
「そっか。ならよかった。もうすぐしたら迎えのバスが来るからね」
そう言いながらデルタが時杉の隣に座る。
「あの……ありがとうございました」
「ん? ああ、どういたしまして」
助けてもらったことへの感謝を述べる時杉に、早速メロンソーダに口につけながらデルタがニコリと応える。
そのまま二人はしばらく並んでメロンソーダを飲んだ。
「ふぅ。やっぱ仕事の後はコレだね!」
「仕事の後はって……いつもじゃないですか」
あんな化け物としか言いようがないボスと戦ったと言うのに、デルタはちょっと一仕事終えたみたいなテンションだった。
その姿に、時杉はツッコみつつも改めてすごいなと思った。
「それで、デルタさんはどうしてここに? たしか学校から連絡があったって言ってましたけど……」
ふと気になっていたことを尋ねる。
警察や消防ならまだわかる。けれど一学生に過ぎないデルタに、どうして連絡が入るのか。
ただ、そんな時杉の疑問に対し、デルタは即答しなかった。彼女にしては珍しく、「う~ん……」と唸ってなにかを悩んでいる様子。
と、そこで意を決したように頷く。
「……そうだね。まあ元々テストが終わったら言うつもりだったし」
そう言ってデルタが制服の内ポケットから取り出したのは、小さなカードケースだった。
中に入っているのは顔写真入りの身分証らしきもの。
デルタはそれを「はいこれ」と言って時杉に渡した。
「これは……学生証? なんでまた……」
「いいから見てみて」
「はぁ……」
(今更なぜ……もしかして、本名が書いてあるとか?)
結論から言うと、そうではなかった。
そこに記されていたのは、学生としての身分ではなく……。
「
「そ」
「な……え……!?」
戸惑いながら職員証とデルタの顔を見比べる時杉。
《特殊攻略職員》という単語には時杉にも聞き覚えがあった。あくまで噂程度ではあるが。
たしか民間では攻略不可能なほどの超高難易度な《未攻略ダンジョン》などを攻略するために、特別な訓練を受けた攻略者とかなんとか。
(そういえば空閑も言ってたな。《ダンジョンクライシス》みたいな重大事案であれば、政府から派遣されるって……)
迷宮省には、基本的に国内のダンジョン全てが登録されている。
特に《攻略済みダンジョン》であれば設置された監視カメラやセンサーにより、なにか異常が発生すればすぐに検知し通報されるシステムになっている。
それこそ、ダンジョンクライシスなどという大きな異変であれば緊急対処が求められる。
地殻変動による周辺の避難指令及び誘導、環境への影響把握、速やかなダンマスの情報更新etc.
そして、可能であれば潜っている攻略者の救助も……。
「というわけで、アタシがここにいるのはそういう理由」
「なるほど……」
とは言いつつも、時杉はいまだ戸惑いの
それもそのはず、同じ学生だと思っていたデルタがまさかの社会人。
しかも国が誇るダンジョン攻略の特殊部隊の一員だなんて。
「けど、だとしてもだいぶ来るの早くなかったですか? しかも一人だったし。いくら緊急事態とはいえ……」
時杉がふと思いついた疑問を口にする。
身分が何であれ、ダンジョンの呪いにより攻略権を喪失してしまう危険は全人類共通。
下手に人員を送り込んで失敗すれば、それこそ二次被害が発生してしまう。
ゆえに、いかに特殊部隊と言えど《未攻略ダンジョン》への突入には慎重にならざるを得ず、通常は救助までもっと時間が掛かるはずなのでは?
「え? ああいや、それはほら……さ」
「?」
バツの悪そうに目を泳がせるデルタ。
その態度で、時杉は「もしや……」と察した。
「あの、まさかとは思いますけどデルタさん……勝手に一人で突っ込んできたんですか?」
「……えへへ」
「マジか……」
まさしく時杉の想像した通りであった。
今回のデルタの行動は、実は組織の指示なしの
組織は何も把握しておらず、今頃てんやわんやとなっているだろう。
加えて――。
「ま、大丈夫でしょ。結局前回も最終的にはなんとかなったし」
あっけらかんと笑うデルタ。
だが、時杉にはまたしても聞き捨てならないワードが……。
「前回……?」
「あれ? 言ってなかったっけ? トッキーと最初に潜ったダンジョンも、実はクライシスで《未攻略》になったばっかのところだったんだよ?」
「はぁぁああ!?」
完全に初耳だった。
時杉は思わず叫んでしまった。
「ちょっ、じゃああの日も独断で潜ったってことですか!?」
「まさに
デルタがエヘンと胸を張る。
一方、時杉は「ええ……」とドン引きした。
でも、ドン引きしつつ「そういえばたしかに……」と思う部分もあった。
ダンジョンが世に出現して80年。
新規や地方の
だからこそ、都心のど真ん中――それも自分の生活圏に近い
そしてあのダンジョンが新規に出現したのでないならば、「あとはつまり……」というわけである。
もっとも、時杉の場合は新規だの《未攻略》だの以前に、《北区第13ダンジョン》の詳細をまるで把握していなかったのだが、それはまた別の話。
ぼっちの時杉の場合、チームで挑むのが基本のダンジョンに潜る機会など皆無。そのため家の近所にあるダンジョンでさえ、中学以降はほとんど潜った経験がない。
まあそんな悲しい事情はさておき……。
「……てことは、あの後も?」
「うん、めちゃくちゃ怒られたね」
「でしょうね……」
当然だろう。
「じゃあもしかして、《
「う~ん、まあ言ってしまえば不祥事だからね」
迷宮省は国の機関。
今回のように緊急事態ならいざ知らず、あのとき《北区第13ダンジョン》は深夜であり誰もいなかった。
そうでなくとも《未攻略ダンジョン》の扱いは繊細な部分がある。
だと言うのに一職員が独断専行で突撃するなど大問題……
そうすれば今まで通りただの《攻略済みダンジョン》として処理できるから。
「うわぁ……」
時杉は国の汚い部分を見た気がした。
「フフ、アタシの行動力に惚れ惚れしちゃった?」
「呆れてるんですよ……素直に」
(ダメだこの人、早くなんとかしないと……)
とはいえ今回はその独断が
時杉はそれ以上追及しなかった。
「あ、でもそういえば、じゃあなんでデルタさんはダンジョンに全然詳しくなかったんですか?」
「ああ、あれはフリだよ」
「フリ!?」
「ま、なんと言うか《
各国のダンジョン攻略能力は、国同士の力関係を測る重大な機密事項。
そのために特殊部隊の構成メンバーは身分を明かせない、ということになっているらしい。
「ああ……けどそれだと、俺にこうしてペラペラいろいろ喋って大丈夫なんですか? また怒られるんじゃ……」
「そうだね。でもそれならきっと大丈夫」
「え?」
「実はね、今日は折り入ってトッキーにお願いがあるんだ」
「お願い……?」
そこでふいに、スッとデルタの雰囲気が変わった。
それはこれまで彼女が見せた表情の中では、一番真剣なものだった。
「時杉
「え……はい」
そのデルタに釣られるように、時杉も
そして、デルタは言った。
「キミを正式に
「えっ!?」
身構えて尚、それでも時杉は驚いてしまった。
「す、スカウト……?」
「実はさ、初めて会ったときから思ってたんだ。トッキーの【
「…………」
申し訳なさそうに手を合わせるデルタに、時杉は閉口した。
ただのその一方で、「だからか……」とも時杉は思った。
デルタが自分の傍にいてくれた理由。
親切にスキルの練習などに付き合ってくれていた理由。
ずっと不思議に思っていたが、ようやく
「ダメかな?」
「いや、ダメ……というか」
あまりにも急な話で心の準備が全くできていない。
だがなにより気がかりだったのは……。
(俺で……いいのだろうか?)
栄えある迷宮省の特殊部隊。
それは恐らく時杉が想像している何倍も重要な役目だ。
ダンジョン攻略は世界情勢にも影響を与える事案。
圧し掛かる責任と重圧は果てしなく重い。
それなのに、こんなつい先日までノースキルだなんだと馬鹿にされていた人間が務められる職業なのだろうか。
と、そんな時杉の心の内を見透かしたようにデルタが言った。
「自信がない?」
「ッ!?」
「なら、あれを見てごらんよ」
そこにいたのは、時杉と同じく実力テストを受けていた赤羽深淵高校の同級生たち。
皆、突然巻き込まれた
「もちろん、キミのおかげだよ」
「俺の……」
そう、とデルタが笑顔で頷いた。
「もう一度聞くよ? アタシといっしょに来てくれるかな?」
「!」
(いっしょに……)
ふいにさっき気づいた自分の本音を思い出す。
時杉が本当に欲しかったモノ。
それは長らくノースキルとして底辺ぼっちであり続けてきた彼にとって、実にシンプルな願いだった。
――自分を信頼して、背中を預けてくれる“仲間”が欲しい。
今目の前に差し出された手は、まさしくソレ。
そしてなにより……。
(俺は……この人といっしょにいたい)
時杉は素直にそう思った。
理由はたくさんある。
出会ってから二週間、時杉の人生は一変した。
デルタはまさしくそのきっかけをくれた人。
感謝もしているし、攻略者としての憧れもある。
常にポジティブで、いつも自分を励ましてくれる。たまにハプニングもあったが、それすら楽しいと思えた。
あとは、単純に……。
――だからこそ、時杉はもう迷わなかった。
「……はい。よろしくお願いします」
その手を伸ばしながら、時杉は今度こそ力強く頷いた。
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