第44話 最後の一撃

「おまたせ!」


 廃墟に倒れ込むボスの姿をバックに、デルタがニコリとほほ笑みながら振り返る。


「なっ、デルタさん……!? え……本物……?」


 これは現実なのか、はたまた自分の生み出した幻覚なのか。

 まさかの人物のまさかの登場に、時杉ときすぎはただただ唖然とした。


「あはは、もっちろん。まだオバケになった覚えはないよ」

「いやオバケって……でも、じゃあどうしてこんなところに?」

「そりゃあもう、なんかピンチの波動を感じたから?」

「は、波動……?」


 思わずポカンとする時杉。

 いつものノリにまだついていけていない。


 するとデルタは冗談だよと笑いながら言った。


「ウソウソ。ここで《ダンジョンクライシス》が発生したってトッキーの学校から連絡を受けたからだよ」

「連絡って……なんでまたデルタさんに?」

「ああ、アタシ個人ってわけじゃなくにね。んで、ちょうど近くにいたから真っ先にアタシが駆けつけたってわけ」


(ウチ……?)


 奇妙な言い回しに、時杉の頭にまた疑問符が浮かぶ。

 だが、すぐさま次の質問を投げようとしたところで――。


「GYAAAAAA…………!!!!!」

「「!?」」


 落雷のようなボスの絶叫が二人の会話を遮る。


 立ち上がったボスの表情は、これまで以上の迫力に満ちていた。

 大事な家族とも同胞とも呼ぶべき首を一本失った悲しみ、怒り。残った二つの頭部が、血走った眼球で射殺すようにデルタを睨みつける。


「おっと。まずはコイツをなんとかしないとだね」


 気を引き締めながら、デルタがボスへと向き直る。


「どう、トッキー? まだやれそう?」

「……はい、なんとか」

「そっか。それじゃ、トッキー!」

「!」


 言うや否や、デルタが駆けだす。


 そうして始まるボスとの戦い。


 刀を持った少女が竜へと挑む。

 まるで神話を思わせるような光景。


 これが物語のラストシーンだとしたら、なんとか竜を倒してハッピーエンドとなりそうなものだが……。


(とはいえ、本当にやれるのか……?)


 不意打ちでダメージを与えたとはいえ、ボスはいまだ健在の様子。

 それどころか怒りによって獰猛どうもうさはさらに増している。


 激戦は必至。

 けれどデルタの強さは時杉も知っている。


 なんとか救助が来るまで持ち堪えられれば……。

 時杉はそう考えながら、いつでも援護できるように狙撃銃を手に構えた。


 ……だが、その考えは見事なまでに打ち砕かれた。


「【蒼天そうてん神楽かぐら】っ!」

「GYAA……!!!」


 圧倒的な体格差にも怯むことなく、デルタは自身の何倍もの大きさのボスに飛び上がって斬りかかる。

 胸の辺りの皮膚を斜めに切り裂かれ、赤い血をまき散らしながらボスが呻き声ともによろける。


(すげぇ……俺の出る幕ねぇじゃん……)


 まさに鬼神のごとき強さだった。

 以前に《北区第13ダンジョン》で見たときも思ったが、デルタの強さは常人のレベルをはるかに超えていた。


 無論、ボスとて全力だった。


 火球だけではなく、爪や翼、尻尾による打撃を次々と繰り出す。

 まともに喰らえば致命傷に至るであろう攻撃の連続。一撃ごとに廃墟が吹き飛び、瓦礫が豪雨のように降り注ぐ。


 だが、デルタはそれ以上だった。

 爪を刀で弾き返し、翼も尻尾も蝶のようにヒラリと躱し、懐に飛び込んで硬い鱗を物ともせずに斬り裂く。


(いける……このままなら……!)


 ――勝てる。


 ボスを圧倒するデルタの姿を眺めながら、時杉の脳裏に過ぎった言葉。

 時を同じくして、デルタも叫ぶ。


「これで終わりっ!」


 バランスを崩し後方の廃墟へもたれかかったボスに勝機を見つけ、デルタが渾身の一撃を放つために距離を取る。

 刀を鞘に納め、ボスへと向かって一直線に駆け抜ける。


 だが、そこで時杉は気づいた。


「!」


(アレは……!)


 崩れた瓦礫の陰。

 最初に斬り飛ばした竜の生首がひっそりとうごめいていた。


(噓だろ……!? 身体から切り離されているのに……! いったいどうやって……!)


「!?」


 だが、問題は動ける理由ではなかった。


 重要なのは、首が地面を這いながら向きを変え、開いた口に炎を溜め始めたこと。

 その狙いはもちろん――。


(マズいっ……!)


 離れた場所で尚もボスと斬り合いを繰り広げるデルタの背中を見ながら、時杉は思わず心の中で叫んだ。


(くそっ……もし今生首アレに邪魔されたら……!)


 デルタはトドメを刺すため真っすぐボスへと向かっている。

 加えて生首はデルタにとって真後ろのため死角。このまま火球を放たれても気づきようもない。


 そうなれば隙だらけの背中に火球を受けるだけでなく、前方のボスによる攻撃までまともに喰らってしまい……。


 最悪のシナリオが時杉の脳裏に浮かぶ。


「デルタさん!」


 時杉が叫ぶ。

 けれどボスの声や崩れる瓦礫の音にかき消され、デルタの耳には届かない。


(くそっ……届かない! どうする!? このままじゃ……)


 そうこうしているうちに、最後の力を振り絞りように生首の喉奥で炎が拡大していく。

 一方、それに呼応するようにボス本体の口にも炎が生まれる。


 ――やるしかない!!


 立ち上がった時杉は、狙撃銃スナイパーライフルを構えた。


「はぁ……はぁ……」


 荒い呼吸のまま照準スコープを覗きこむ。

 思えば今日は散々スキルを使い、ずいぶん体力を消耗した。


(でも、なんとかまだ耐えられる……。毎日走ってた甲斐があったな……やってなかったらとっくの昔にぶっ倒れてた)


 日課であるランニング。

 いつかスキルを手に入れたときのために、体力だけはつけておこうと始めたこと。


 形こそ思っていたのと少し違うが、それが今まさに実を結んでいる。


(いやむしろ、なんなら今までの苦労もすべてこの瞬間ときのためとさえ思えてくるな……)


 ほんの少しだけ視線を逸らす。


 その先に映るのは、今まさにボスへと突っ込んでいくデルタの後ろ姿。



 ――――――ああ、そうか。



 ふと、時杉は理解した。


 ……今までずっと、スキルが欲しくて欲しくてたまらなかった。


 だから自分が【一時保存スキル】に目覚めたと知ったときは、本当に嬉しかった。

 それ以外にも、嬉しかったことはたくさんある。


 最初に《北区第13ダンジョン》を攻略したことも――。

 クラスで自分をイジってきた豪山に勝利したときも――。

 剣へのこだわりを捨てるのは未練があったが、新しい武器を手にしたときも――。


 そして、学年一位の空閑を倒したときも――。


 どの瞬間も嬉しかった。


 けれどその一方で、どこか喜びきれない自分がいた。

 喉元過ぎればなんとやら……どれも一時いっときの達成感はあれども、“なにか”が足りない気がしていた。


(そうだ……俺が本当に欲しかったのは……)


 時杉が真に望んでいたモノ。


 それはスキルや名声でも、ましてや誰かに勝つという優越感でもなく……。



 ――背中は任せたよ、トッキー。



(外せない! この一発だけは……絶対に!!)


 視線を照準に戻し、対象へと狙いを定める。

 覗き込んだ照準の十字が、今まさに火球を放たんとする生首と重なる。


 狙うは一点。生物の頭部において、最も柔らかい場所。

 確実に仕留めるためには、硬い皮膚ではダメ。


「……――」


 時杉の口がわずかに動く。


 と、その瞬間は同時にやって来た。


「うおおおおおおおお――――!!!」

「はああああああああ――――!!!」


 時杉がトリガーを引き、デルタが刀の柄を握る。


 ダァンッ――!!!

 ザシュッ――!!!


 轟く銃声……そして斬撃の音。








 ――こうして、ようやく時杉にとっての長い長いテストの時間が終わった。

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