第42話 VS学年一位③

 そして迎えた二度目の邂逅。


「やあ、遅かったね」


 通路を抜けて現れた時杉ときすぎたちに対して、空閑くがの第一声は前回と同じだった。


「遅かっただと? ずいぶん余裕の発言じゃねぇか。ってことは、テメェはわざわざオレたちを待ち伏せしてたってことかよ?」

「ああ、その通りさ。意外と理解が早いじゃないか、豪山ごうやま君。見直したよ」

「はっ! テメェなんぞに見直されたところで毛ほどもうれしくねぇよ。つーかテメェ、本気でこんなとこでおっぱじめる気か?」

「もちろんだとも。君たちの攻略はここで終わりさ。僕の手によってね」

「へっ、そうはいくかよ。空閑、テメェはこのオレがボコボコにしてやる!」

「フフ。君が? 僕を? おもしろい冗談だね」

「テメェ……!」


 滾る豪山を、空閑が余裕の笑みで挑発する。


 フロアに満ちる、ピリピリとした一触即発の空気。


 ここまでは一度目と丸っきり同じような流れ。

 実際、すでに把握しているとおり空閑の目的は時杉たちの拘束のため、もはや激突は必至の状況であった。


 しかし、前回とは一つだけ違うこともあった。


「待って。ここは私がやるわ」


 豪山を制し、妃菜ひなが前に出る。

 これにはさすがの空閑も予想外だったようで……。


「へぇ、意外だね。まさか妃菜ちゃんからとは。なにか考えがあるのかな?」

「…………」


 妃菜は答えない。

 そのまま腰のポーチから携帯食料を取り出す。


「まあいいさ。所詮は相手をする順番が変わるだけだ。むしろ僕は三人同時でも全然構わないんだけどね。さ、どうぞ? 好きなだけ抵抗してごらんよ」

「そう。ならお言葉に甘えさせてもらうわ」


 あくまで余裕の姿勢を崩さない空閑。

 それに対し、妃菜が千切った食料を投げながら唱える。


「【垂涎への誘いスカーレットベル】!」


 直後、複数の通路から集まってくるモンスターの群れ。

 並の攻略者ならば一人でさばくなど不可能な数。


 けれど当然――。


「……【烈風の支配者シーザーゲイル】」


 迫りくるモンスターを風の刃が一瞬で切り刻む。

 一度目も見せた空閑の圧倒的な力。


「くっ……! 【垂涎への誘いスカーレットベル】!」


 もう一度妃菜がスキルを発動する。

 再びどこからともなく現れるモンスターたち。


「なんのつもりだい、妃菜ちゃん? 無理だよ、君のスキルで僕を倒すのは不可能だ。このフロアに……いや、このダンジョンに僕より強いモンスターはいないんだから」


 まるでリプレイのようにモンスターを葬りながら、空閑が嘲笑を浮かべる。


 空閑の言い分はもっともだ。

 たとえどんなモンスターをどれだけ呼び寄せても瞬殺される以上、妃菜の行為はいたずらに自分の体力が消耗されるだけ。無意味でしかない。


 それでも……。


「【垂涎への誘いスカーレットベル】!」

「……やれやれ」


 ついに三度目。

 これには空閑も呆れを通り越し、若干苛立ちを覚えた。


「本当にどういうつもりなんだか……。いいさ、とことん付き合ってあげるよ。そしてその上で知るといい。君たちと僕の間にある、絶対的な力の差をね」


 空閑がニヤリと笑う。

 その間にも、モンスターはゾロゾロと湧き出てくる。


 ――と。


「きた!」


 思わず妃菜が叫んだ。

 その表情はまるで救世主が現れたかのよう。


「きた……?」


 希望に満ちた妃菜の様子に、空閑が眉をひそめる。


(いったい何が……まさかこの状況を打開できるモンスターがいるとでも?)


 ――ありえない。

 そう感じつつも、空閑は妃菜の視線を辿りつつ振り返った。


 そこにいたのはなんと……。


「……?」


 空閑が大きく目を見開く。


「クク……アハハハッ!」


 大きく声を上げて空閑が笑う。


「いやはや、ビックリしたよ。なにが来るかと思えば、ただデカいだけの愚鈍な低級モンスターじゃないか。大方おおかた、核の破壊で時間を稼いで、その隙に先へ進もうとでも考えたんだろう? でも無駄だよ――【烈風の支配者シーザーゲイル】」


 空閑の手のひらより放たれた巨大な風の砲撃。

 ギガントアメーバの身体に大穴が開く。


 広大な範囲攻撃は、高速で動き回る核すらも丸ごと飲み込み――。


 バシャァアアア――!!


 ギガントアメーバの身体が弾け飛ぶ。


 同じ一撃でも、時杉のピンポイントな狙撃とはスケールが違う。

 まさに強者の戦い方。


 降り注ぐ水しぶきを浴びながら、空閑が呆れたように振り返る。


「まったく、汚いシャワーだ。まさかこうして僕の制服を汚してイラつかせることが目的なんて――」

「今よ、豪山くん!」

「おうよ!」

「!」


 空閑の言葉を遮り、妃菜が隣を振り返る。

 一方、応えた豪山の両手はすでに空閑を捉えていた。


「くらいやがれ空閑ぁ!」

「……ちっ」


(なるほど、派手なモンスターで僕の隙を作る算段ということか……こざかしいマネを。でも問題ない。彼の【カット】による直接攻撃は風のバリアで防げる)


「【烈風のシーザー――」


 すぐさま迎撃に備える空閑。

 ほぼ同じタイミングで、豪山が叫ぶ。


「【】ッ!!」

「ッ!?」


 豪山のスキルのもう一つの能力。

 【カット】で切り取った物体を任意の場所へと出現させる――【ペースト】。


(くっ、【ペースト】だと……!? しかし“なに”を……!)


 自身の予想を裏切る豪山の行動に、空閑の反応がほんの一瞬だけ遅れる。

 直後、空閑の頭上に“あるもの”が出現する。


(……『痺れ罠』?)


 テスト前に学校側から配られた支給品の一つ、対モンスター用の『痺れ罠』。


 踏めば作動する設置式で、内部には高圧の電気回路が搭載されている。

 小型だがモンスター用と言うだけあって、威力はトラやライオン程度の野生動物なら一瞬で行動不能にするレベル。


 加えて現在、辺り一面はギガントアメーバの体液により水浸しの状況。


 もし今この場で、『痺れ罠』の内部から電気が漏れるようなことがあれば……。


(……まさかっ!?)


 すべてを理解した空閑が再び視線を戻す。


 その先では――。


「……終わりだ、空閑」


 狙撃銃スナイパーライフルの照準を覗き込みながら、時杉が呟く。


「待っ――」


 ――ダァン!


 銃弾が『痺れ罠』を貫き、破損した回路から電気が迸る。


 そして、放たれた電流は付近のギガントアメーバの体液を介し――。


「ぐぅぁあああああああっ……!!!!!」


 フロアに響く空閑の絶叫。


 飛び散ったギガントアメーバの体液は、空閑の衣服もびっしょり濡らしていた。

 よって効果はさらに倍増。


 麻痺により肉体の自由を失い、そのまま空閑は為す術なく地面に倒れ伏した。


「ぐぅ……あ……!」


 苦悶の表情で呻く空閑。

 全身の筋肉が針で刺されたように痛む。


 けれどそんな状態でありながらも、空閑を満たしていたのは困惑だった。


(くそっ……! いったいどうして……!)


 何が起きたかはわかっている。


 妃菜と豪山のスキル、そして時杉の狙撃による見事なチームプレイ。

 お互いの行動の意味を理解した上で、よどみなく連動した結果だ。


 だから空閑にとっての疑問は、どうして咄嗟とっさにそんなことができたのか――という部分。


(ありえない……組んで数日かそこらのチームがこんな……!)


 と、ちょうどそこで――。


「しっかし、まさかここまで見事にお前の作戦どおりになるとはな」

「そうね。本当にすごいよ、時杉」

「!?」


 豪山の言葉に、妃菜が頷く。

 その言葉に、空閑は心底驚愕した。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。それは本当なのか……? さっきのを全部、時杉君が……」

「ん? ああ、まあな。さっきここに来る前にチョロっとよ」


 震える声で尋ねる空閑に、豪山が軽く答える。

 それを受け、空閑は時杉へと視線を移した。


「そんな馬鹿な……キミは僕がここにいることなんて知らなかったはず。しかも僕の行動パターンまで読むなんてできるはずない……。なのに、君はいったいどうしてこんな作戦を……?」


 空閑からすれば、今回の待ち伏せは時杉たちの意表を突いたつもりだった。

 しかも行動を予測されて対策まで練られるなど、夢にも思わなかったこと。


 だからこそ、不思議なのは当然だった。


 ……だが。


「えっと……」


 毎度のことながら言いよどむ時杉。


 空閑の問いへの答えは簡単だ。

 単に【一時保存セーブ】スキルの力というだけ。


 もちろん作戦の立案には時杉なりの分析も含まれている。


 豪山の【カット】にしろ、時杉の射撃にしろ、空閑に直接的な攻撃は通用しない。


 でも間接的であれば?

 思いついたのが支給品の『痺れ罠』の利用。


 残す問題は当て方と出力。

 そこで閃いたのが、大量の水分を含み、且つ核を壊されれば破裂する性質を持つギガントアメーバの存在だった。


 一度目の対決時、時杉はジッと観察しながら思っていた。


 どうして空閑はわざわざ攻撃を受けるのだろう――と。


 空閑の力なら問答無用で最初から圧倒することも可能なはず。

 けれど空閑はあえてすべての攻撃を受けた。


 理由は恐らく、己の力を誇示したいという空閑の欲望。

 実際、その気配は彼の発言の節々にも見え隠れしていたし、行動にも表れていた。


 スキルを使わせないのではなく、使わせた上で叩き伏せる。

 空閑は最初からそういうスタイルを貫いていた。


 そして時杉たちが突いたのも、まさにその油断とも呼ぶべき隙だった。


(でも、そうは言っても話を辿れば必ず【一時保存スキル】の存在に行きついてしまうし……)


 時杉は悩んだ。

 しかし悩んだところでうまい説明が思いつかない。


(……仕方ない、こうなったら適当な理由をでっちあげるか)


 というわけで、時杉はさも当たり前のように言った。


「あらゆる事態を想定して行動する……それがダンジョンだろ?」

「なっ……!?」


 空閑が大きく目を見開き愕然とする。

 どうやら相当なショックだったらしい。


 なぜなら時杉は気づいていないが、今の発言は空閑という存在が時杉の思考の範疇はんちゅうに収まるレベルだと告げたようなもの。


 今まで時杉を見下していた空閑にとって、それはとてつもない屈辱。

 自分が時杉たちを掌の上で踊らせているつもりで待ち伏せしていたはずなのに、いつの間にかまんまと踊らされていたのは自分だったというオチ。


 もっともそれは誤解なのだが、時杉のスキルを知らない空閑には知る由もない。


「ま、要するに空閑よ」


 と、そこで静観していた豪山がザっと空閑の前に立つ。


「テメェはオレたちを……そして時杉コイツを舐め過ぎたってことだ。つまりテメェの敗因は……」


 豪山がニヤリと笑う。


「そのプライドの塊みてぇなってことよ」

「っ……!!!」


 ハッキリと言い放った豪山に、空閑が思い切り目を見開く。

 そして悔しそうに奥歯を噛み、地面を見つめる。


 結局のところ、以前の豪山との勝負の際、空閑が以前に時杉を助けたのも純粋な善意からではない。

 あれは妃菜の関心を買っている時杉が注目を受けることを忌み嫌い、さも助けるように割って入って立場の違いを見せつけようという、空閑の自己顕示欲による行為だったのだ。


 そして、それこそが空閑の最大の隙にして最大の弱点。


 傲慢さ……というわけである。


(とはいえ、わざわざ言わんでも。どんだけ根に持ってたんだ豪山こいつ……)


 言ってやったぞとばかりにドヤ顔の豪山を見て、時杉は思った。


 今の豪山の台詞は、以前に空閑に言われたこと。要はあからさまな意趣返し。

 立場が逆転したことによる、豪山のここぞとばかりの仕返しということ。


 ともあれ、これにて無事決着。

 時杉たちは空閑に勝利したのだ。


「さて、それじゃどうしよっか?」

「あん? 何言ってやがる羽根坂。テストはまだ終わっちゃいねぇぞ」


 ふと呟いた妃菜に、豪山が反応する。


「いや、もちろんそうだけど。ほら、当初の目的だとボスを目指してたわけじゃない? でも状況的にもうその必要もないし。だから残りをどうしよっかなって」

「あ、そういやそうか」


 テストの残り時間は約半分。現在地は第9階層。

 ペース的には他のチームを圧倒している。


 最大の敵である空閑を倒した以上、本テストにおける時杉たちの最高評価はほぼ確実。

 であれば、無理して最下層を目指す理由はなくなった。


(……たしかに。これ以上頑張らなくても別に問題ないのか)


 妃菜の言葉に、時杉も納得する。

 そのままどこか弛緩した空気が流れ始める。


「おい、どうするよ時杉? 一応最下層したまで目指して――」








 ――――――――そのとき、どこかでダンジョンの神がわらった。








 …………ゴゴゴゴゴゴ。


「……ん?」


 最初に気づいたのは時杉だった。


「どうしたの時杉……あれ?」

「んだこりゃ、地震か?」


 続けて妃菜と豪山も気づきだす。


 ゴゴゴゴゴゴッ……!!!


「ちょっ、どんどん強くなってねぇかこの地震!?」


 徐々に激しさを増す揺れに豪山が驚く。

 やがて地震は立っていられる強さを越え、空閑以外の三人も地面に突っ伏する。


 すると――。


 ピシャァァァァアアアアアア!!!!!!


「きゃっ!」


 まるで雷鳴のような轟き。

 同時に辺りが一瞬だけ真っ暗になり、そして……。


「と、止まった……?」


 ピタリと収まった揺れに、妃菜が安堵しながら目を開ける。

 他の面々も同様に、顔を上げる。


「なっ……!?」


 そこで、一同は言葉を失った。


 彼らの目の前に広がっていたのは、荒れ果てた灰色の景色。


 乱立する半壊した家屋のような構造物は、まるで爆撃を受けた市街地に似ている。

 空気は埃っぽく、息を吸えば咽てしまいそうなほど。

 湿地特有の水たまりだらけだった床は渇き、代わりに瓦礫が散乱している。


 さながら、“世紀末”とでも呼ぶべき光景。


「な、なんだこりゃ……」

「どういうこと……? なんで急に……」


 突如として変貌を遂げた景色を見渡し、呆然と呟く豪山と妃菜。


 するとそこで、ただ一人状況を理解した空閑が呟いた。


「これはまさか……?」

「!?」


 その単語を聞いた瞬間、全員の背筋が一斉に凍り付いた。


「え、ちょっと待って空閑くん。ダンジョンクライシスって……あの?」

「確証はないけど恐らく。でも、この天変地異のような環境の激変……そうとしか考えられない」

「そんな……! でも、もし本当にそうなら……」

「……ああ」


 動揺する妃菜に、空閑が頷く。


「すでにこの《八王子市第4ダンジョン》は、さっきまで僕らがいたダンジョンとは全くの別物。つまり、今いるこの場所は――」


 そして、空閑は決定的な事実を述べる。


「……《》ってことさ」




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 とりあえず第1部、残りあと3話(+エピローグ)です!

 そして今回ちょい長めですいません。。

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