第40話 VS学年一位①

 八王子市第4ダンジョンの第9階層。

 通路を抜けた先にあった円形の広い空間。


 その中心に立っていたのは、空閑くがだった。


「やあ、遅かったね」


 今となってはもはや白々しさすら感じる、いつも通りの爽やかな笑顔。

 そんな笑みを浮かべる空閑に対して、まずは豪山ごうやまが噛みつく。


「へっ、遅かっただぁ? よく言うぜ。テメェもここにいるってことは、オレたちとほぼ同じレベルってこったぜ?」


 試験が始まって2時間と少し。

 このタイミングで同じ階層にいるのなら、実力としては同等のはず。


 しかし、そんな言い分を唱える豪山に空閑は笑って答える。


「あはは、豪山君は相変わらず頭が足りないね。勘違いしてもらっちゃ困るな。僕はただ君たちを待ってあげていただけさ」

「はっ、なんだそりゃ。んなことして何の意味がある? つーかなんででめぇ一人なんだ? 他のお供はどうしたよ?」


 空閑のチームは、時杉たちと同じく三人構成。

 けれどこの場には空閑しかいない。


「ああ、彼女たちには離れた場所で待ってもらっているよ。このチームのアタッカーは僕ひとり。彼女たちはあくまで僕の補助としての索敵要員で、決してなわけではないからね」

「……戦闘向きだぁ? おい、そりゃどういう意味だ?」


 不穏なワードに豪山が反応する。

 豪山だけでなく、妃菜ひな時杉ときすぎも。


「そのままの意味さ。君たちの攻略はここで終わり。なぜなら、からね」

「!? おいおい、マジかてめぇ……! まさかこんなところで戦る気かよ……!」


 豪山の警戒レベルが一気に跳ね上がる。

 空閑の言葉の意味を察知し、いつでも両手を構えられるよう臨戦態勢を取る。


「空閑くん、本気なの……?」

「もちろんだよ、妃菜ちゃん。言ったろう? 僕は君たちを妨害するって」

「でも、だからってここまでするなんて……」

「するとも。まあ本当はチームなんか組ませず落第らくだいさせるつもりだったけど、まさか豪山君と手を組むとはね。こうなった以上は、もう直接潰すしかないだろう?」

「空閑くん……」


 実力テストにおいて、生徒同士の戦闘は必ずしも禁止されていない。


 そのため、例えばライバル同士で潰し合いなんてことも稀にだがある。

 ただ、それはほとんどの場合が偶然鉢合わせたケース。


 テストで評価基準はあくまで“到達した階層”と“攻略過程”。

 たとえ他の生徒を蹴落としたところで評価が上がることはない。むしろそのために使った時間と労力の分は損するだけ。


 ゆえにそもそもが広いダンジョンにおいて、評価も上がらないのに特定の誰かを探し回るなんて徒労とろうでしかない。

 それこそ、先行しながら待ち伏せなど愚行ぐこうとも言える。


 とはいえ……。


「無駄だぜ、羽根坂はねさか。こうなったらやるしかねぇ」


 豪山が前に出る。

 両手はすでに構えられ、いつでもスキルを放てる準備をしている。


「つーかミスったな、空閑。どうせ待ち伏せすんだったら、テメェはオレたちがここに入ってきた瞬間に攻撃すべきだった。オレのスキルの射程に入った時点でテメェの負けだ」

「ふ~ん、豪山君はフラグを立てるのが上手だね。御託ごたくはいいから撃ってきなよ。どうせ当たらないから」

「んだとコラァ! ――【カット】!」


 見事なまでに挑発に乗った豪山が叫ぶ。

 しかしそれより一瞬早く――。


「……【烈風の支配者シーザーゲイル】」


 空閑の前に密度の濃い風が滞留たいりゅうする。

 さながら風の防壁。


 空閑のスキルと豪山のスキル。

 そのまま両者は真っ向から衝突し――。


 ――バシュッ!


 風の壁に四角い穴が開く。


 けれどそこまで。

 空いた穴は瞬時にふさがり元通りに戻る。


「なっ……!?」

「フフ、無駄だよ。君のスキルは強力だが、気体のような固形でないものには脆い。対して僕が操るのは風。つまり、君と僕の相性は最悪ってわけさ。無論、最悪なのは君にとってだけどね」

「ぐっ……」


 愉快そうに笑う空閑に、豪山の表情が歪む。


 それは先日の時杉との勝負でも露呈した、豪山のスキルの弱点の一つ。


 たしかに【切り取りと貼り付けカット&ペースト】は何物をも切り取ることが可能である。

 けれど切り取ったそばからその穴を塞がれてしまっては、いつまで経っても本命の空閑まで辿り着けない。


「ちっ、ふざけんじゃねぇ! だったら塞ぐ間もなく連続で貫いてやらぁ!」

「学習しないね。僕の風は変幻自在。君の連射速度より遥かに早く穴は塞がる。それでもいいなら気の済むまでどうぞ?」

「クソがっ! んなもんやってみなきゃ――」


 空閑の挑発に豪山が乗りかける。

 だが、それより早く動いたのは妃菜だった。


「――【垂涎への誘いスカーレットベル】!」

「!?」


 いつの間にか取り出していた携帯食料を空閑に向かって放り投げつつ、妃菜が叫ぶ。


 直後、複数の通路から一斉にモンスターの群れが押し寄せてくる。


「GyoGyo! GyoGyo!」

「Grrrr……!」

「……Fuu! ……Fuu!」


 半魚人ギルマン泥蛙マッドトード、中には強力な水系モンスターの湿岩鬼メロウオーガまでもいる。

 その数は合わせて10体以上。


「んだこりゃあ!?」

「私のスキルは食べ物の量とスキルの出力で呼び寄せるモンスターの数と強さを調節できるの。今投げたのは残ってた携帯食料の全部」

「マジか……!」


 突然の出来事に圧倒される豪山に、妃菜が解説する。

 さらに、その目的も。


「アレで空閑くんを倒せるとは思ってないけど、隙はできるはず。豪山くんはそこを狙って」

「!? ……おう!」


 作戦を理解し、豪山が力強く頷く。


 その間にもモンスターたちは食料……その付近に立つ空閑へと猛進もうしんする。

 四方八方から襲われた空閑には逃げ場がない。


 ……だが。


「――【烈風の支配者シーザーゲイル】」


 空閑を中心に、鋭利な風の刃を含んだ渦が巻き起こる。

 渦はさらに竜巻のように激しさを増し、迫りくる全てのモンスターを一瞬で切り刻んだ。


「そんな……!?」

「マジ……かよ……!」


 舞い踊るモンスターの四肢しし血風けっぷうを見つめながら、妃菜と豪山が絶句する。


「やれやれ、心外だな妃菜ちゃん。この程度で僕に隙を作れるとでも思ったのかい?」


 一方、空閑は顔色一つ変えることなく涼しげに肩をすくめる。

 思わず豪山が呟く。


「化け物が……」

「どういたしまして」


 ニコリとほほ笑み返す空閑。


「さて、もう終わりかな? それじゃあ……【烈風の支配者シーザーゲイル】」


 やるべきことは済んだ――とばかりに空閑が呟く。


 途端、時杉たちの両手両足が透明なによってガッチリと固定される。

 バランスを崩した三人は、為す術なく地面に倒れこんだ。


「なんだこりゃ……! 取れねぇ……!」

「当たり前さ。それは僕特性の風の拘束具こうそくぐ。力技じゃ決して解けない」

「拘束具だぁ? どういうつもりだテメェ。こんな回りくどいマネなんかしねぇで、やるなら一思ひとおもいに《強制退場リタイア》させやがれ!」


 見下ろしながら説明する空閑に、豪山が芋虫のように身を捩りながら吠える。

 もはや決着はついた。ならばさっさとトドメを刺せ、と。


 だが、空閑は首を振った。


「残念だけど、それはできないよ。それじゃあ僕のが果たせなくなっちゃうじゃないか」

「目的だぁ……?」

「だって《強制退場リタイア》なんかさせたら、君たちはまた戻ってきてしまうかもしれない。僕がなぜこので待っていたのか考えてごらんよ」


 空閑の言葉に豪山が眉をひそめる。


 と、そこでいち早く意味を理解した妃菜が呟く。


「《標準ひょうじゅん攻略こうりゃくライン》……!」

「ご名答」


 空閑の口角がニヤリと吊り上がる。


「まさか、空閑くんの目的って……」


 妃菜が思い出したのは、以前に空閑が時杉へ言った台詞だった。


 ――この僕をここまで虚仮こけにしたんだ。これから先、まともな学校生活なんて送らせるわけないだろう?

 ――僕が本気になったからには、まともに攻略なんてできると思わない方がいい。


「そうさ。僕はね、ただ勝ちたいわけじゃないんだ。君たちに落ちぶれてほしいんだ。だから《標準攻略ライン》を越えるなんて以ての外。君たちには残りの制限時間が尽きるまで第9階層ここに留まってもらう」


 八王子市第4ダンジョンの《標準攻略ライン》は第10階層。

 これを越えられるかどうかは成績に大きく響く。


 なお、テストにおいては制限時間が残っていれば何度でも再トライできることになっている。


 制限時間はまだ半分近く残っている。

 時杉たちの攻略ペースを考えたら、今ここで《強制退場リタイア》しても第10階層まで辿り着く可能性は充分ある。


 しかし、空閑とて自分の攻略がある。

 いつまでも待ち伏せしているわけにもいかない。


 だからこそ、今この場で時杉たちの攻略を完全に封殺してしまおうと空閑は考えた。


「最低……」

「クソ野郎が……」


 妃菜と豪山。

 それぞれが空閑の企みを知り呟く。


「なんとでも言うがいいよ。ダンジョンは弱肉強食。豪山君の好きな言葉だったよね。強い者が弱い者をどう扱おうが自由なのさ。アッハッハッハ!」


 フロアに響く空閑の高笑い。

 けれどその勝ち誇った笑いに、妃菜も豪山もただ目を伏せて唇を噛むことしかできなかった。




 ――と。




「……なるほど。よくわかったよ」


 そこでようやく、ここまで沈黙を貫いていた時杉が口を開いた。


「わかった? なにがだい、時杉君?」

「ん? まあ、いろいろだよ。例えば、お前がこっちの攻撃に対してどういう反応をするかとか……そういう情報とかな」

「は?」


 何食わぬ顔で説明した時杉に、空閑がきょを突かれたように間の抜けた声を出す。

 けれどそれはすぐさま嘲笑ちょうしょうへと変わった。


「ハハハ、いきなり何を言い出すかと思えば。まさかその情報とやらを得るために、ずっと黙って僕を観察していたとでも言う気かい?」

「まあ、そうなるかな」

「はっ、そうかい。だとしたら君は大馬鹿だ。豪山君以上のね。そんな情報ものが今更なんの役に立つ? かそうにも、君には次なんてないんだよ」


 歪んだ笑みを浮かべつつ、空閑が時杉を罵倒する。

 そこにはこの状況でも平然としている時杉に対し、若干の苛立ちも混じっていた。


 実際、現状は時杉にとって最悪なはずだった。


 手足は拘束され身動きが取れず、相対する空閑は時杉を《強制退場リタイア》させる意思がない。

 ループするにあたって、これほど絶望的な状況はない。


 もちろんこの状況下でも自力での《強制退場リタイア》は不可能ではないが、そのためには舌を噛み切ったり地面に頭を強打したり……かなりの激痛を伴う。


 実行するには相当な覚悟が必要だ。


 なにせやることは自殺と同じ。

 モンスターやトラップに掛かるのとは別次元の恐怖。


 だからこそ、これまでの時杉はずっと避けてきたのだ。


 ――なのに。


「次ならあるさ」

「……なに?」


 時杉は笑った。


 なぜなら、彼にはもう不要だったから。


 己を傷つける痛みも、恐怖を乗り越えるための覚悟も。


(……不思議だな。まさかこんな状況で、自分がこんなにも冷静でいられる日が来るなんて……)


 心の中で改めて噛みしめる。


 それはまさしく、【一時保存セーブ】スキルの新たな可能性とも呼ぶべきチカラ。


 そうして、時杉は呟いた。




「――【】」

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