第39話 仲の悪い幼馴染キャラなんてフラグでしかない

 ☆――東京都八王子市第4ダンジョン:第9階層――☆



 ダンジョン攻略においてはペース配分も重要な要素である。

 特に今回のテストは制限時間が5時間もある。攻略の合間に休息を挟まなければ体力がもたない。


 というわけで無事に第9階層に抜け出ることに成功した時杉たちは、休憩を取ることにした。

 さすがに地面は濡れているので避け、今は手ごろな岩を見つけて三人で腰掛けているところ。


「しっかし、さっきはビビったぜ」


 その休憩中、支給品のペットボトルの水を呷りながら豪山ごうやまが言った。


「あんなバカでけぇアメーバがいたこともそうだが、まさかそいつを一発でズドンとはよ。オメェ、ほんとにあの《なし》か?」

「いやまあ……たまたまっすよ」

「おいおい、一丁前いっちょうまえ謙遜けんそんなんかしてんじゃねぇよ。あのでけぇ水の塊の中をギュンギュン動き回りやがる、こ~んなちいせぇ核だぞ? そう簡単にマグレなんかで狙い撃てるかよ。ったく、たった一週間でよくぞそこまで上達したもんだぜ」

「あはは……」


 ガハハと笑いつつ、バシバシと時杉ときすぎの背中を叩く豪山。

 それに対し時杉は苦笑いを浮かべるばかりだったが、無事にピンチを脱して上機嫌な豪山はお構いなしだった。


「にしても遠距離が合うんじゃねぇかとは言ったが、ここまでやるとは恐れ入ったぜ。どうやらオレ様の目に狂いはなかったようだな。ま、なんにせよ攻撃役アタッカーが増えることはチームにとっちゃいいことだ。つーわけで今後も頼むぜ」


 そう言って立ち上がると、豪山は「んじゃちょっくらオレはトイレ」とその場を離れていった。


(やれやれ、別に謙遜したわけじゃないんだが……)


 足取り軽やかにガニ股で去っていく豪山の後ろ姿を眺めつつ、ため息をつく時杉。


 なお攻略済みダンジョンの場合、基本的には内部が整備されている。

 そのため各フロアにトイレが設置されていることも珍しくない。


(まあでも、あまり時間を掛けずに突破できたのは本当によかった。体力的にはもったいなかったけど、さすがに……ん?)


 ふいに、時杉は己をジッと見つめる視線を感じる。


「…………」

「えっと……羽根坂はねさか? どうしたか?」

「! ……いやべつに」

「?」


 声を掛けられたことでハッとし、妃菜ひなが慌てて目を逸らす。

 そして地面を見つめながら、おもむろに呟いた。


「……時杉さ、変わったよね」

「変わった?」

「いきなり基礎が上達したり、武器だってずっと剣にこだわってたのに銃に変わったり。ちょっと前までは無気力でなんか諦めた感じだったのに、ここ最近はすごく生き生きしてるっていうか……だから、あったのかなって」

「!」


 なにか……。


 そう問われて、時杉はすぐに言葉が出てこなかった。


 変わった――それは間違いない。

 だって”スキル”を得たんだから。


 でも、だからと言ってそれを素直に話すわけにもいかないわけで……。

 いったいなんて答えるべきかと悩む時杉。


「えっと……」


 けれど実のところ、妃菜の話したいことは時杉の想像した内容とはまるで別の方向にあった。


「……ねぇ、覚えてる? 小学生のときのこと」


 なおも言いよどんでいた時杉に、妃菜が呟く。


「小学生?」

「ほら、小学生のときの私って地味で暗かったじゃん。それで男子とかにイジられたりして……そういうとき、時杉が私をかばってくれてたでしょ?」

「ああ……」


 そういえばそんなこともあったな、と時杉は思い出した。


 小学生の頃の妃菜は、眼鏡に三つ編みと今の派手めな雰囲気とは真逆の地味な子どもだった。

 そのせいでクラスの陽キャっぽい連中からよくちょっかいを出され、その度に幼馴染の時杉がかばうということがしばしばあった。


 当時はまだ時杉自身も人生に希望が満ちていた頃。

 だからそういう正義感のある行動もできていたのだ。


(つっても、結局「スキルのないヤツはすっこんでろ」で終わりだったけど……)


 スキルのない人間に人権がないのは何歳いくつだろうと同じだ。

 むしろ幼い分、余計に表現がストレートなケースもある。


 それでも小学生のうちはまだよかった。

 学校の全員がスキルに目覚めているわけではないため、時杉もまだ影に埋もれていたからだ。


 しかし、それから学年が上がるにつれどんどん少数派となり、中学に入る頃にはついにオンリーワンの《スキルなし》が爆誕していた。


(懐かしいな……まあ思い出したくもない過去だが。たしか途中でポッキリ心が折れたんだよな……)


 何をするにも「でもお前スキルないじゃん」のひと言で片づけられる。終いにはダンジョンに関係ないことまでも。


 そんな毎日を過ごしているうち、時杉は次第に前へ出る気力を失ってしまった。


 結果、最後には何に対してもやる気が湧かない、現在の無気力な底辺ぼっちへと至ったのだ。


(でも、仕方ないと言えば仕方ないけどな。子どもなんてそんなもんだし。俺だって逆の立場ならそうしてたかもしれないし……)


 この世界はダンジョンを中心に回っている。


 であれば、ダンジョンに潜るたびに足を引っ張るノースキルなんて邪魔者でしかない。

 そんなヤツにああだこうだ言われたくないという気持ちは、時杉にもわからないでもない。


 ゆえに時杉としては、過去の同級生たちを許せないほど強烈に恨んでいるということはない。

 ……ないけども、それでも心にはやっぱり消えない傷も残っているわけで……。


 時杉の中で様々な記憶と感情がグルグルと蘇る。


 ――と。


「……


 妃菜がポツリと言った。


「え?」


 唐突な謝罪に、思わずポカンとしてしまう時杉。

 けれど妃菜はそのまま続ける。


「時杉がだんだん落ち込んでいってたのはよくわかってた。けど、私は何もできずに見てるだけで……」

「…………」


 聞きながら、時杉はいつぞや空閑から聞かされた妃菜の言葉を思い出した。


『昔はあれだけいっしょにいたのに、今は一人ぼっちにさせちゃってごめん』


(……なるほど。あれはそういう意味だったのか)


「本当はずっと声を掛けたかった。でも、私もハブられたらどうしようとか考えたら動けなかった……私はいっつも守ってもらってたのに。だから……本当にごめん」


 それは妃菜の中にずっとあっただった。


 助けてくれた恩を返せなかったという後悔。

 だからこそ、こうして謝る機会を長らく探っていた。


 もっと言えば、できればまた昔みたいな関係に戻れたら……というのが妃菜の抱いていた想い。


「羽根坂……」


 そして、その想いは時杉も同じだった。


 別に時杉としては妃菜を恨むことも、ましてや謝罪を求めていたわけでもない。

 そもそも妃菜から直接何かをされたわけではないのだ。ただ自然と疎遠になってしまっていたに過ぎない。


 だから、また元の関係に戻れるのは時杉にとっても嬉しいことだった。


「…………」

「…………」


 お互いの間に流れる、微妙な沈黙。

 いつぞや空閑の店を訪れた際と同じシチュエーション。



 ――ただ少しだけ違うのは、あのとき感じた気まずさが消えていたこと。



 そうして、二人はどちらともなく口を開いた。


「「あの――」」

「ふぃ~、出た出た。やっぱダンジョンでする小便が一番気持ちいいぜ」


 ……と、ちょうどそこに豪山がズボンのベルトをカチャカチャしながらトイレから戻ってきた。


「「…………」」

「あん? なんだオメェら? どうかしたか?」

「……ううん、別に」


 二人の空気を察して首を傾げる豪山に、言葉とは裏腹に心底不満げな表情で妃菜が答える。


「? まあいいや。とにかく先を急ぐぞ」


 とはいえ事情を知らない豪山からすれば、理解の及ばない話。

 一瞬だけキョトンとした後、豪山はすぐに気合を入れ直した。




 なにはともあれ再出発。

 一行いっこうが目指すのは次の第10階層へ続く階段。


 そこまで辿り着けば、ひとまずテストの評価基準である《標準攻略ライン》を越えることができる。

 もっとも、時杉たちの目標はもっと上……ボスの討伐ではあるけども。


(ふぅ……それにしても、まさか妃菜がそんな風に思ってたとはな)


 歩きながら先ほどの妃菜とのやり取りを思い出す時杉。


 長年あったわだかまりが解けたことで、時杉の足は軽かった。それこそ出すものを出してスッキリした豪山と同じくらい。


 だが、そこでふと思い出したように妃菜が時杉へと尋ねる。


「ところでさ、時杉が変わったのってあのデルタさんって人のおかげ?」

「え? ああ、まあ」

「ふ~ん……やっぱりそうなんだ」

「やっぱり?」

「だって私見ちゃったから。あの人と時杉がダンジョンから出てくるとこ」

「!?」


 一瞬、もしや……という思考が時杉の頭を過ぎる。


 そのもしやとは、もちろん【一時保存スキル】のこと。


 たしかに疑い自体は前からあった。

 いつかの登校中に妃菜から「昨日の夜、どこでなにしてたの?」と聞かれたときから。


 であれば、実は妃菜は時杉がスキルに目覚めたことに気づいているのでは……という疑念。


 しかし結論から言えば、その懸念は全くの杞憂だった。


「もしかして、二人でなにか特別な練習でもしてるの?」

「え?」


 時杉は思わずポカンとしてしまった。


「だってさ、いきなり基礎がこんなにアップするとか、狙撃だってうまくなるとか普通じゃありえないじゃん。だからよっぽど特別な練習でもしてるのかなって」


(あ、そういうこと……)


 どうやら妃菜が見たのはダンジョンから出てきたところだけで、公園での会話などは聞いていなかったようだ。

 だから妃菜からすれば、デルタはたった一週間かそこらで時杉を急速にレベルアップさせたすこぶる優秀なコーチに映ったらしい。


(よ、よかった……。ここまで何も言われなかったから、たぶん大丈夫だとは思っていたけど……)


 実は時杉の中では、妃菜がスキルのことを知っている可能性はかなり薄まっていた。


 なぜなら仮に妃菜が時杉のスキルを把握していた場合、ここまでの道中でなにも指摘してこないのはおかしいから。

 少なくとも攻略がスイスイ進んでいることを運だとは捉えないはず……と。


 とはいえどこかで確証は欲しいとは思っていたので、ここで言質が取れたことは時杉にとって大きなことだった。


 ……しかし、そうして時杉がひっそりと胸をなでおろしたところで、


「でもさ、よくあんなでやるよね」

「え?」


 ふいに妃菜が放ったひと言に、時杉はポカンとしてしまった。


「何もない……?」

「ん? そうでしょ? 北区の第13と言えば、モンスターも出なければ魔石も狩りつくしてただの箱で有名じゃん」

「!?」


(空っぽ……? いやいや、そんな馬鹿な……。あそこはモンスターだって出るし、トラップだって普通に……)


 己の体験とは遥かに異なる妃菜の発言に、時杉は動揺する。


 GWの最終日から昨日まで、ほぼ毎日のように通っている《北区第13ダンジョン》。

 その時杉の記憶には、モンスターもトラップも、ボスの姿だって鮮明に刻まれている。


 何もないなんてことは絶対にありえない。


「ちょ、ちょっと待った。それって――」


 事実を確かめるべく、やや狼狽えつつ口を開く時杉。


 ……だが。


「おい、お出ましだぜ」


 通路を抜けてやや広めの空間に出たところで、豪山の足がピタリと止まる。


 視線の先にいたのはもちろん――。


「やあ、遅かったね」


 そうフロアの中央でニコリとほほ笑んだのは、空閑くがだった。

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