第38話 みなさんはピンチはお好きですか?僕はキライです

 ☆――東京都八王子市第4ダンジョン:第8階層――☆



 テストは午前10時に始まり、午後3時に終わる計5時間。

 現在時刻はちょうど昼の12時。つまり、残すところあと3時間。


 湿地という歩きにくい環境。

 次々と出現するモンスターとトラップ。


 各チームが苦しみながら攻略を進める中、時杉たちのチームはと言うと――。


「【垂涎への誘いスカーレットベル】」

「【切り取りと貼り付けカットアンドペースト】!」


 妃菜ひなが引きつけ、豪山ごうやまが仕留める。

 どんなモンスターだろうと、たった一撃。


 見事な噛み合いを見せる二人のスキル。

 向かうところ敵なしとはまさにこのこと。


「てゆーかなんで豪山くんアンタ、送った動画見てないのよ」

「うっせーな。見ようと思ったけど、オメェのアイドル気取りの媚びたキャラがキツすぎてソッコーで見る気失せたんだよ」

「は? 気取ってなんかないし。変な言いがかりやめてよね」

「いやしてただろうが。一発目の『はぁ~い』の声の時点でもう『うお!』ってなってソッコーでブラウザバックしたわ」

「はぁ? そっちこそなによそのキモい髪形。赤ハゲで剃りこみって誰ウケ? バリカンにでも襲われたの?」

「ああ!? 誰がハゲだ! 坊主って言えコラ!」


 なお、時折あるこのような口論はご愛嬌。

 喧嘩するほど仲が良い……とは決して言えなかったが、いざモンスターが出現すれば二人とも自分の役割に徹するため問題はなし。


(すげぇな、マジで瞬殺だ……)


 あっという間にモンスターを葬る妃菜と豪山の姿に、時杉は素直に頼もしさを感じていた。


 ただ、そうして二人の活躍に感心する一方、時杉とて負けてはいない。


「……【セーブ】」


 周囲の状況を観察しつつ、時杉がひっそりと呟く。


 迷宮とも訳されるダンジョンという名の異空間。


 その内部構造はまさに巨大な地下迷路である。

 無数に存在する分かれ道や行き止まり、闇雲に進んでいてはいつまで経っても次の階層に進むことなどできない。


 ゆえに各チームは目印を残したりメモを取ったりなど、常に下層への階段(ゴール)までの正しい道筋を試行錯誤しながら探さねばならない。


 しかもただの迷路と違い、道中にはモンスターやトラップという試練も存在する。

 よってダンジョンでは、必ずしも“最も距離の短い道”が“最も早く進める道”とは限らないのだ。


 そんな環境にあって、時杉の【一時保存スキル】の存在はやはり大きかった。


 使い方は先日の豪山戦と同じ。

 徹底したトライ&エラー。


 分かれ道の結果、モンスターの数、トラップの設置場所など。

 ある程度進んではやり直しループを繰り返し、得られた情報を基に最も効率的な道を導き出す。


 この方法により、時杉たちはまさしく“最短ルート”を突き進んでいた。


 ただ念のため補足しておくと、妃菜も豪山も【一時保存セーブ】についてはもちろん知らない。

 そのため一応トラップ回避の実績により基礎の力が備わっているという認識はあるものの、まさかこの順調な進行がすべて時杉のおかげなど気づく余地もない。


 結果、この状況に対する豪山と妃菜の反応はと言うと……。


「にしてもすげぇな。マジでさっきから全然迷わねぇぜ。これなら《標準ひょうじゅん攻略こうりゃくライン》もすぐだぜ」

「そうね。スイスイ進みすぎて逆に恐いくらい」

「もしかして、オレらよっぽど運いいんじゃねぇか?」

「日ごろの行いの賜物ね……主に私の」

「おいふざけんな、オレだろ」

「いやそれだけは絶対ない」


(やれやれ、人の苦労も知らないで……)


 呑気な感想を述べあう二人の声を背に受けながら、若干やるせない気持ちになる時杉。


 ちなみに《標準攻略ライン》とは、その名の通り学校側が事前に「この階層くらいまでは到達してほしいな」と設定した階層のこと。

 これを越えるのと越えないのでは、テストの結果に大きく響く。


 なお今回の《八王子市第4ダンジョン》の場合であれば、第10階層が標準攻略ラインに当たる。

 そこに制限時間のわずか半分足らずで接近しているのだから、彼らの攻略ペースは相当なハイペースと言えた。


(……まあ、こればっかり【一時保存このスキル】のさがと思って受け入れるしかないか。それに二人はモンスターを狩ってくれてるしな。……てか、この分ならコイツの出番はないかもな)


 走りながら背中の狙撃銃にチラリと目をやる時杉。


(……まあでも、出さなくて済むならそれに越したこともないか)


 そうこうしているうちに、一行はいよいよこのダンジョンの折り返し地点である第8階層の最奥部へ。


 とにかく攻略は順調そのもの。


 あとはこのままのペースで進みさえすれば……。

 その考えは三人ともに共通していた。



 ……だが。



 ダンジョンとはやはり不思議な場所なもので。

 得てして順調なときこそ厳しい試練が舞い込んでくるのが常なのだ。


「あん? なんだありゃあ?」


 まず声を上げたのは豪山だった。


 通路を抜けた先にあったのは、学校の体育館ほどの空間。

 その奥には、次のフロアへと続く階段が見える。


 しかし、階段の前には……。


「…………」


 ――ゴポゴポゴポ。


 そこにいたのは、巨大な水の塊だった。


「あれは……《ギガントアメーバ》」

「《ギガントアメーバ》?」


 呟いた妃菜に、豪山が反応する。


「そう。カラダが全部水でできたモンスターよ。周囲の水を吸って大きくなる。まさか湿地エリアだとこんなに大きくなるなんて。本来であれば動きはさほど早くないから横を抜ければいいんだけど、あれだけ大きいと無理ね」

「マジかよ。倒す方法は?」

「一応、”核”を潰せばいけるはずだけど……」

「核……あれか!」


 目を凝らした豪山がすぐに見つける。


 巨大な水の塊の中に、テニスボールほどの赤い球体があった。


「へっ、なんだよ。弱点が解ってるなら余裕じゃねぇか――【カット】!」


 核を指の範囲に収めて豪山がスキルを発動する。


「なに!?」


 だが、攻撃は不発だった。


 スキルで切り取るよりも一瞬早く、核が動いて回避する。

 さらに核はそのまま高速でアメーバの体内を移動しだす。


「おいおい、どうなってんだよ……!」

「見ての通りよ。あの核は動くの。だから、そう簡単に捉えられない」

「マジかよ! それを先に言えよ! つーか見りゃわかるわ!」

「文句言わないでよ!そっちが勝手にいきなり攻撃しただけでしょ!」


 言い争う妃菜と豪山。

 けれどそんな暇はない。


 止まっていたギガントアメーバがゆっくりと動き出す。

 全身水だけあって凄まじい質量で、一歩進むごとにズシンと地面が揺れる。


「チッ、こうなったら乱れ撃って無理やり当てるしか」

「待って。そんなに乱発したら体力がもたなくなるわ」

「んだよ! じゃあどうすんだよ!」

「いったん引き返して策を練りましょう。あの巨体なら通路まで入ってこれない」

「おいおい! それこそそんな暇ねーっての! どのみちここを通らなきゃ次にイケねーんだ。ここは一か八かでも進むしかねぇ!」

「だからそのために策を練るって話でしょ!」

「だからんな暇ねーっての」


 進むべきか、戻るべきか。

 お互いの主張が食い違い、言い争いになる豪山と妃菜。


 だが、そうしている間にもギガントアメーバは着実に迫り――。




 ――ダァン!




 フロアに響く銃声。

 それと同時、砕けた核とともに弾けるギガントアメーバ。


「「え?」」


 ギガントアメーバの残骸が雨のように降り注ぐ中、妃菜と豪山の二人が背後を振り返る。


 そこにいたのは……。


「……フゥ」


 狙撃銃の照準スコープから顔を上げ、時杉はまるで一仕事終えた職人のように息を吐いた。

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