第37話 妃菜の力

 ☆――東京都八王子市第4ダンジョン:第1階層――☆



 かくして始まった実力テスト。

 時杉ときすぎたちがまず降り立ったのは、広いドーム状のフロアだった。


 八王子市第4ダンジョンの基本性質は『湿地しっち』。


 壁や天井は水分を多く含み湿っており、足元にもところどころ水たまりができている。

 また、それゆえ出現するモンスターのタイプも水生生物に近い見た目のモンスターが多くなっている。


「よし! そんじゃいっちょ行くか!」


 バシンと拳を叩き、豪山ごうやまが気合を入れる。


 まず先陣を切ったのは、やはりこの男――。


「ちょっと待って」

「ぐはっ」


 ――ではなかった。


 勢いよく前に出ようとした豪山を、妃菜ひなが背後からえりをつかんで引き留める。


「テメェ、いきなりなにしやがる!」

「なにしやがるはこっちの台詞よ。なに先に行こうとしてんの?」

「あぁん? そりゃ行くだろうが。モタモタして空閑くがに先を越されちまったらどうすんだよ?」


 今回の時杉たちの目標は、空閑よりも最下層に辿り着いてボスを倒すこと。

 空閑の実力を考えれば、スタートからフルスロットルで飛ばす必要がある。ゆっくりしている時間はない。


「それはわかってるわよ。そうじゃなくて、事前にチームとしてのフォーメーションを決めたでしょ?」

「フォーメーション?」

「そうよ。罠探知の時杉が先頭で、モンスターが出たら私と入れ替えスイッチ。私がモンスターを足止めして、その間に豪山くんが仕留める。これが今回の作戦。だから豪山くんは一番後ろ」

「ああ、そういやそうだったような……。つっても時杉については分かるけどよ、オメェのモンスターを足止めってのはどうやってやんだよ?」


 モンスターの足止めと言っても、それほど簡単なことではない。

 むしろある意味では倒すよりずっと難しい。


 どんなモンスターであれ、基本的には人間より腕力は上だ。力づくで抑え込むことなどまず無理。

 ましてや妃菜の体格は平均的な高校二年生の女子といったサイズであり、ますます不可能である。


 であれば、いったいどうやって足止めを?


「そんなの決まってるじゃない。よ」


 妃菜は自信満々に言い切った。


「……スキル?」

「呆れた。それも忘れたの? ちゃんと動画送ったでしょ?」

「いや、見てねぇな」

「はぁ!? なんでよ!?」


 動画投稿者である妃菜は、ダンジョン内で自らのスキルを駆使した内容の動画を作成して公開している。


 そのため、「口で説明するより見た方が早い」と事前にチャットで動画のURLを送っていたのだ。


 ちなみにチームを組んでからチャットのグループを作ったものの、送られたメッセージは先ほどの作戦と合わせた妃菜からのその一通だけ。「テストがんばろうね」なんてありがちな励まし合いはゼロなあたり、このチームの距離感がよく解る。


「……ったく、しょうがないわね。今から実演してあげるから、そこで見てなさい」


 そう言って数歩前に出ると、妃菜はおもむろにふところからあるものを取り出した。


「携帯食料?」


 豪山が首を傾げる。


 妃菜が取り出したのは、学校からの支給品である携帯食料。

 長丁場のテストにおいて、補給のためにと用意されたもの。


「んだオメェ、もう腹減ったのか?」

「そんなわけないでしょ。いいから黙って見てて」


 そう言うと妃菜は携帯食料をひと欠片かけらほど千切り――呟く。


「……【垂涎への誘いスカーレットベル】」


 途端、辺りに漂いだす甘い匂い。

 そして妃菜は千切った携帯食料を前方に放り投げた。


 すると――。


「なんだぁ、このケーキみたぇな匂いは……」


 ――と、そうして豪山が匂いに顔しかめたとほぼ同時だった。


「GyoGyo!」

「!?」


 通路の奥から現れたのは、1体の半魚人ギルマン


 しかもその形相は今にもこちらに飛び掛からんばかり。

 眼球は血走り、口からは涎が噴き出している。


「チッ、早速お出ましかよ」


 豪山がすぐさま臨戦態勢を取る。

 いつでも自身のスキルを放てるよう、両手を構える。


 ……だが。


「ああっ!?」


 その光景は、豪山にとってまさに思いもよらないものだった。


「GyoGyo♡ GyoGyo♡」


 彼が見たもの……それは一心不乱に携帯食料へと貪りつく半魚人ギルマンの姿だった。


 先ほどまでの獰猛な姿はどこへやら。

 表情は桃源郷を彷徨さまようがごとく恍惚こうこつとし、血走っていた瞳はすっかりハートマークと化している。


 まさしく文字通りの豹変ぶり。


「な、なんだありゃあ……?」

「フフッ、あれが私のスキル――【垂涎への誘いスカーレットベル】の効果よ。私のスキルは食べ物にモンスターが好む匂いを付与すること。どんなモンスターだろうと、匂いの届く範囲であれば無条件でおびき出される」


 呆気にとられていた豪山に、妃菜が得意げに解説する。


「そしていざ喰いつけば見ての通り、しばらくは感動に打ち震えて身動きが取れなくなるってわけ」


 ちなみに妃菜が送った動画内容は次の通り。


 妃菜がコンビニのパンを袋から取り出し、スキルを発動して地面に置く。

 すると一角兎ホーンラビットの子どもがやってきてモクモクと恍惚の表情で食べる。


 ――という癒し系の内容。


 このように自身のスキルを活かし、普段は決して見ることのできないモンスターの秘蔵映像をお届けするというのが妃菜のチャンネルのコンセプト。


「というわけで、あとよろしく」

「あ? よろしく?」


 振り返った妃菜がポンと豪山の肩を叩きつつ、距離を取る。

 一瞬意味が解らずポカンとした豪山だったが、すぐにピンときた。


「へっ、なるほどな。足止めってのはそういうことかよ」


 ニヤリと笑いつつ、豪山が両手を突き出す。


「【カット】!」

「Gyo――」


 豪山のスキル――【切り取りと貼り付けカット&ペースト】。

 指で作った長方形で捉えた物体モノを、空間ごと刈り取る能力。


 一瞬で頭部を失った半魚人ギルマンは、そのままグラリと地面に倒れ込んだ。


「どう? これでさっき言った作戦の意味が解った?」

「ああ、まあな」


 相手を正確に捕捉さえできれば一撃で仕留められる豪山のスキルに、モンスターを引き付けて身動きを封じる妃菜のスキル。


 深く考えるまでもなく、両者が組み合わされば強力なのは間違いなかった。


 なお――。



「へっ。最初はオレ様が引っ張ってやらねぇととちょい不安だったが、なかなかどうして楽しみになってきやがったぜ」

「は? そんなこと思ってたの? 私は豪山くんが突っ走って爆死しないかだけが心配だったけど」

「あ? うるせーぞ、14位が」

「そっちこそ黙りなさいよ、全教科赤点マン」

「だから体育は赤点じゃねーっつの!」



 ――なにはともあれ、ここからこのチームの快進撃が始まる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る