第36話 実力テスト、開幕!

 5月18日、金曜日――。


 時刻は午前の9時45分。

 天候は晴れ……ただし意味は全くない。


 なぜなら、今日は実力テスト本番の日。

 そして対象科目は『ダンジョン攻略』。


 時杉ときすぎたち赤羽あかばね深淵しんえん高校二年生の生徒たちがやって来たのは、東京都八王子市にある《八王子城跡はちおうじじょうあと》だった。


 一般的に、ダンジョンは歴史的価値のある場所に出現しやすいとされている。

 この場所も例に漏れず、戦国時代に関東で覇権をもった北条氏の三代目当主が築城したとされる城の跡地であり、歴史的には最後の大規模山城だったとか。


 そしてこの山地の麓に存在するダンジョンこそ、今回彼らが挑む《八王子市第4ダンジョン》である。


 赤羽深淵高校においては、テストの際は本物のダンジョンを使用するという慣例がある。


 そこにあるのは、いずれ生徒たちが卒業して社会に出ていくにあたり、在校中により実践的な環境を体験させたいという教育的理念。

 さらに付け加えるならば、いくら模擬ダンジョンの造りが精巧であるとはいえ、やはり本物のダンジョンでしか生徒たちの真の能力は測れないという考えもあった。


 ただし、言うまでもなくステータスは《攻略済み》。

 さすがに失敗すれば攻略者としての人生が終わってしまう《未攻略》のダンジョンを選ぶことはない。


(にしても、せっかく山に来たのに地下に潜るっていうのもおつなんだかそうじゃないんだか……)


 山頂と地面を見比べ、時杉は脳内でひっそりと呟いた。

 その背中には先日購入した狙撃銃スナイパーライフルが担がれている。


「え~、それではこれより実力テストを開始するにあたっての諸注意を説明します」


 手に持った拡声器を通して、F組担任の和歌森わかもり先生が告げる。

 彼女の前には、二年生の全生徒271名が各チームに分かれて均等に整列していた。


 実力テストの内容は至ってシンプルである。

 以前時杉と豪山が勝負した際と同じで、各チーム同時にスタートして《攻略成功クリア》を目指すというもの。


 ただ、いくつか違う点もある。


 まずは制限時間。

 本テストにおいては本物のダンジョンに潜るということもあり、5時間が設定されている。かなりの長丁場だ。


 続いては、トラップだけでなくモンスターも出現する点。

 また、それに伴い《攻略成功クリア》の条件も最下層に到達した時点――ではなく、最下層にいるボスを倒した時点となる。


 そして本ダンジョンにおけるボスは、『岳峰の火炎竜クリムゾンギータ』と呼ばれる赤い身体をした竜。


 口から強力な熱線を吐くのが特徴で、モンスターレベルは“67”。

 通常カリキュラムで対峙するモンスターの最大レベルが50であることを考えれば、高校レベルをゆうに超えている。


「レベル67って……おいおいマジかよ!」

「こんな化け物絶対ムリじゃん……!」


 こっそりとスマホを起動し、ボスの情報を《ダンジョンマスター》で確認した生徒たちが口々に悲鳴を上げる。


 しかし、その反応を見越してか和歌森先生は「ただし」と補足した。


「本テストにおいて、学校側としてはボスの討伐を想定していません。今回評価するのはあくまで攻略の過程です。それぞれのチームがどんな戦略と戦術を練ってダンジョンに挑み、その中で各個人がスキルなどを駆使してどれだけチームに貢献できるか。それを見させてもらいます」


 つまり、ボスを倒すどころか最下層まで辿り着く必要すらないと言うこと。


 なお《攻略済み》ダンジョンの場合、模擬ダンジョンと同じく至るところにカメラが整備されている。

 これにより外部からもダンジョン内の様子が随時ずいじ確認でき、教師陣はその映像をもとに採点する仕組み。


「逆に言やぁ、ボスを倒しちまえばトップ確定ってこったな。つまりオレたちと空閑くがの勝負は、どっちが先にボスを倒せるかの競争ってわけだ」


 そう言ったのは、時杉の右隣にいた豪山ごうやまだった。


 和歌森先生は「想定していない」とは言ったが、「倒してはならない」とは言っていない。

 そしていざ倒した者が現れた場合は、それ相応の評価を下す必要がある。


 加えて、ダンジョンにおけるボスは1体のみ。

 誰かが倒した場合、一定時間が経過するまで復活しない。


 よってひとたびボスを倒せば時間内に別のチームがボスを倒す可能性はなくなり、覆せないほどの差が付くことになる。

 結果、自動的に最高評価を得られると言うわけである。


 けれど、そこですかさず時杉の左にいた妃菜ひなが釘を刺す。


「だからって猪突猛進で突っ込まないでよね。途中で足元をすくわれたら意味ないんだからね」

「わかってるっつの。オレ様を誰だと思ってやがる」

「無闇にトラップに突っ込んで時杉に負けたやつ」

「おぉい、てめぇ!」

「豪山君、静かにしてください」

「くっ、なんでオレだけ……」


 妃菜に煽られ叫んだ豪山を、和歌森先生が遠方から注意する。

 そんな一連のやり取りに挟まれつつ、時杉はため息を吐く。


(やれやれ、こんなんで大丈夫なんだろうか……)


 妃菜と豪山の関係は相変わらずだった。

 先日の初対面以来、お互いどうにも馬が合わないのか口を開けば衝突している。


 おかげで今日まで時杉たちはチーム連携の確認すらまともにできていない。


 和歌森先生が説明を続ける。


「それから今回持ち込み可能なのは、学校からの支給品のみとなります。各自で自由な判断のもと適宜使用してください。水と食料には限りがありますので、それも踏まえてペース配分にも常に気を配ってくださいね」


 支給品とは水や携帯食料の補給品などで、他に傷の治療のための救急キット、対モンスター用の補助アイテムなどがある。


 補助アイテムについては、具体的には目くらまし用の『閃光弾せんこうだん』や足止め用の『麻痺罠まひわな』などが数点。

 ただし、効果のほどはさほど高くないので過信は禁物である。


「へっ、まあアイテムなんざいらねぇけどな。オレ様のスキルならモンスターごときイチコロよ」

「手がふさがってて使えないだけでしょ?」

「うるせぇ!」

「豪山君! 次騒いだら減点にしますよ!」

「ぐっ……! だからなんでオレだけ……」

「……ププ」

「てめぇ、あとで覚えてろよ……!」


(もうこの二人はほんと……)


 先ほどの再現のような豪山と妃菜のやり取り。

 頭を抱える時杉。


 そうこうしている間にも、説明は最後の項目に。


「なお最後にですが、今回のテストでは《ダンジョンマスター》等のアプリの使用は禁止します。自分たちで情報を集めながら進み、《開拓者かいたくしゃ》になるくらいの心構えで挑んでください」


 和歌森先生が告げると、途端に生徒たちから「え~」という声が一斉に上がる。


 ダンジョン攻略における《ダンマス》とは、言わばゲームの攻略本のようなもの。


 マップ、ナビ、出現するモンスターの種類etc.

 掲載されている情報は多岐にわたり、あるとないでは天と地ほども違う。


 だが、今日はあくまで“実力”テスト。


 必要な情報を自分たちの手足で収集するのも含めて勉強だ、というのが学校側のスタンス。


「くっそ~……まあスマホが没収された時点でそうだろうとは思ってたけど」

「私ヤマ張って他のダンジョンの情報調べてきたけど外れちゃった……」

「おい、誰かこのダンジョンの地図プリントしてきたヤツいないか?」

「いないだろさすがに。当日発表だったし。いてもどうせ没収だよ」


 にわかにザワつく生徒たち。

 この空気感もテストならでは。


「説明については以上です。それでは皆さんの健闘を祈ります。気負わず焦らず、がんばってくださいね」


 和歌森先生がニッコリと笑って締めくくる。


 そして、ダンジョンの入口へと向かう生徒たち。


(……ついにか)


 いよいよという空気にあてられ、時杉の表情が強張る。

 一歩足を進めるごとに、どんどん心臓の音が大きくなっていく。


(くそっ……これがただテストを受けるだけだったらどんだけよかったか……)


 チラッと時杉が視線を動かす。

 すると遠くに見えたのは空閑の姿。


 と同時、空閑も時杉に気づく。


「…………」

「…………」


 お互いの視線が交差する。

 けれど両者の表情は対照的だった。


 緊張の面持ちの時杉と、余裕の笑みを浮かべる空閑。


(負ける気なんかサラサラないってことか……)


 さらに高鳴る時杉の心臓。


 先ほど豪山が言っていた通り、空閑ならばボスまでもきっと届く。

 となると、時杉たちもボスを目指すしかない。しかも空閑より早く。


 それがどれだけ高い目標であるかは、時杉自身もよく理解していた。


 けれど、すでに覚悟は決まっている。

 なぜならば……。


 ――大丈夫。トッキーならできるよ。


「…………」


 フゥ―と一度だけ大きく深呼吸をする。


 そして、時杉は誰にも聞こえないようにひっそりと呟いた。




「――――【セーブ】」

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