第33話 陰と陽②
「
突然の来訪者――それもよりによって話題の中心人物。
全く予期していなかった事態に、普段は冷静沈着な
(どうしてここに……さっき帰ったはずじゃなかったのか? ……いや、それよりまずはこの状況をなんとかしないと)
しかし、そこはある意味でさすがと言うべきか。
それとなくスキルを解除しながら、すぐにいつもの爽やかな笑みを取り戻す。
「フッ、どうしたんだい妃菜ちゃん? そんなに恐い顔をして……ああ、もしかして何か勘違いしちゃった? いやだなぁ、今のは時杉君に僕のスキルを披露しようとしてただけだよ。なんでも見たことないから見せてくれって頼まれてさ」
そうして、今度はその笑みを
「ね、時杉君?」
「!」
優しい笑顔に優しい口調。
だが、その瞳の奥だけは違った。
妃菜と時杉は対角線上。
ちょうど彼女からは死角であるのを幸いに、空閑の視線は露骨なまでに「口裏を合わせろ」と主張していた。
……しかし。
「とぼけないで」
「!?」
妃菜がきっぱりと言い放つ。
「もう”全部”知ってるから。だって――」
握りしめていたスマホを、妃菜が空閑へと見せつける。
画面に映っていたのは『通話中』の表示。
その相手の名は――。
『時杉 蛍介』
「なっ……!?」
空閑の目が大きく見開かれる。
「聞いて……いたのか……?」
「そうよ。空閑くんがテストで何をしようとしていたかも、その前に話していたことも。だからもう、なにを誤魔化そうとしても無駄よ」
「ッ……!」
(電話だと……? 馬鹿な……僕が話している間に時杉君がスマホを操作するような動きはなかった。それなのにどうやって……――ッ!?)
瞬間、空閑の脳裏に過ったのは話の途中ではなく――その直前の時杉の行動だった。
――その前に、ちょっといいか?
――ん? なにかな時杉君?
――いや、さすがにここまで遅くなると思わなかったから。一応家に連絡だけしておきたいんだけど……。
この会話の後、時杉は部屋の隅で短い通話を終えて戻ってきた。
だが、もしもこの電話の相手が家族ではなかったとしたら?
そしてもしも電話を切らず、通話をつなげたまま席に戻ってきていたのだとしたら?
答えは、今のこの状況が示していた。
「……なるほど。僕はまんまと
空閑が呆然とした様子で呟く。
己の発言がすべて妃菜へと筒抜けだったことを理解し、これ以上の弁明は無意味だと悟った。
「でもなぜ……どうして君は気づいたんだ?」
「……どうして?」
「だってそうだろう? 君は僕が話を始める前から仕掛けを施していた。それはつまり、僕が今日ここで何を話すか知っていたからに他ならない」
「それは……」
「いや、たとえそこまで行かなくても、少なくとも僕と妃菜ちゃんの関係や僕自身について怪しいと感じていたはずだ……! でなければ説明がつかないっ!」
そのまま時杉へと問い詰める。
「いつだ? この間校門で会ったときか?」
「……」
「それとも豪山君との勝負のとき?」
「……」
「なら、それ以前に授業でいっしょになったときか……?」
「……」
時杉は答えない。
まるですべて違うとでも言いたげに。
そして、空閑の中にある結論が芽生える。
「そんな……じゃあ君はもしかして――」
空閑が震える声で呟く。
「最初から……だとでも言うのか?」
最初から――それは正真正銘の“初めて”という意味。
入学式か、あるいは別の機会か。
空閑のことを一目見たときには、もう時杉は空閑の本性を見抜いていた。
その驚くべき可能性へと思い至り、空閑は絶句した。
「…………」
そしてそんな空閑に対し、時杉は心の中でこう呟いた。
(……いや、そんなわけないよね)
とんだ誤解だった。誤解すぎて逆に時杉も震えた。
まず大前提として、今日まで時杉は空閑どんな人間か知らなかった。
それどころか豪山との勝負の際は窮地を救ってくれたあたり、見かけ通りの良い人と思っていたくらいである。
だから時杉が空閑の本性に気づいたのは、あくまで空閑自身が己の計画を話したタイミングに他ならない。
ただし、こうなると大きな矛盾が生じてしまう。
空閑の言った通り、妃菜への通話という行為は空閑を予め疑っていなければできないこと。
だというのに、時杉が空閑の本性を理解したのは本人が明かした後。
おかしい。これを矛盾と言わずなんと言う。
……だがしかし。
その噛み合わない
そう――【
まあ要するに、時杉はループしたのだ。
この施設が模擬ダンジョンと同じ構造ということは、スキルの使用が可能ということ。
それは施設の所有者である空閑本人が言っていたことであり、彼自身が先ほど証明しかけたとおり。
であるならば、時杉の【
その上で順を追って説明するとこうなる。
まずこの建物に入る際、時杉は真っ先に【セーブ】と呟いていた。
無論、この時点ではまだ中での展開など知る由もない。
そうして迎えた一度目の空閑との会話。
流れは先ほどとほぼ同じ。
空閑が時杉に取引を持ち掛け、やはり時杉はそれを断った。
結果、時杉は空閑のスキルにより《
こうして空閑の本性を知った上で
その方法こそが、『妃菜へと通話をつなぐこと』だった。
ゆえに「いつ気づいたか?」という空閑の問いに対して、時杉が本来答えるべきはコレ。
――ついさっき。
決して「最初から」などではない。
(でも、まさか正直にそう言うわけにもいかないし……)
スキルのことは他言無用。
この場で言えるわけもない。
「どうした? なぜ答えない? 本当に君は最初から僕のことをわかっていたのか……!?」
ゆえに、悩んだ挙句に時杉はこう答えるしかなかった。
「……ああ、正解だ」
「ッ!!?」
控えめに頷いた時杉に、空閑が愕然とする。
今まで誰にも悟られなかった自分の内面を
しかも相手は学年最下位のノースキル。
学年一位の天才からすれば、文字どおり天と地ほどもかけ離れた存在。
「そんな……馬鹿な……!」
それはまさしく、空閑のプライドが打ち砕かれた瞬間だった。
(う~む……なんだろう、このモヤモヤは……)
正直なところ、罪悪感がないわけではない。
人前で堂々と真っ赤な噓を吐くのは気が引ける。
(……まあでも、仕方ないよな)
空閑がやろうとしたことは決して許せるものではない。
これも巨悪を討つための必要悪として、時杉は無理やり自分の行いを納得した。
なにはともあれ、これで空閑の計画はご破算。
内容だけでなく、その奥に渦巻いていた邪な感情まで知られた以上、計画の再考はおろか妃菜に近づくことももうできないだろう。
(さて、あとはこの状況にどう
だが、そう思って時杉が立ち上がろうとしたところで――。
「……クク」
その笑い声は、どこか壊れた機械のように
「ハハッ……アハハハハハッ!!!」
「!?」
「空閑くん……?」
空閑の突然の変化に、時杉も妃菜も困惑する。
「……ハァ。いやはや驚いたよ。まさか
空閑がやれやれと首を振る。
「最悪だよ……こんな屈辱は僕の人生でも初めてだ」
「空閑くん……」
「君もだよ、妃菜ちゃん。君がとっとと僕のものになっていれば、こんなことにはならなかったんだ」
全くもってお門違いの恨み節。
けれど空閑は本心からそう言っていた。
「いやぁ、本当に屈辱だ。屈辱すぎて、今すぐ君たちをこの場でどうにかしてしまいそうだ」
「「!?」」
その瞬間、やや
「フッ、安心しなよ。
だが意外にも、空閑はすぐに肩の力を抜くように苦笑した。
どうやら今この場でなにか事を起こす気はないらしい。
ただその代わり――。
「だから、君たちにはもっと然るべき方法で報いを受けてもらう」
「然るべき方法……?」
「そうさ。この僕をここまで
呟いた妃菜に、空閑がニンマリと笑う。
そしてさらに続けて言った。
「というわけで時杉君。まずは手始めに今度の実力テスト、僕は全力で君の妨害をする。僕が本気になったからには、まともに攻略なんてできると思わない方がいい」
「!?」
そう宣言した空閑の目は、紛れもなく本気だった。
「待って! どうして時杉だけなの? 私は……!?」
「どうして? そんなの当たり前じゃないか。その方が君にとってダメージが大きそうだからだよ、妃菜ちゃん。気にかけていた幼馴染が落ちていく
「そんな……!」
(こいつ……!)
もはや隠すものはないとばかりに、開き直って本性を披露する空閑。
とうとう仮面を脱ぎ捨てたその姿に、妃菜も時杉も思わずゾッとした。
「クク、今更後悔しても遅いよ? 僕に逆らうからこうなるんだ。アッハッハッハ!」
閉ざされた室内に、空閑の狂気じみた笑い声だけが高々と
――五日後に控えた実力テスト。
時杉にとって最大の試練が訪れようとしていた。
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