第34話 決意新たに②~チョロいぼっちと優しいお姉さんを添えて~

 5月13日、日曜日――。


 場所は《北区第13ダンジョン》。

 その第一階層に、一人の男子の影があった。


 狙撃銃スナイパーライフルを手に持った彼の名は――時杉ときすぎ蛍介けいすけ


 蘭子らんこの店で狙撃銃スナイパーライフルを購入した翌日。

 この日、時杉は早速試し撃ち兼射撃練習のためにダンジョンを訪れていた。


 ガシャンとボルトを引き、弾薬を銃身に再装填リロード

 そのままやや足を開いて銃を構え、トリガーに指を掛ける。


「……フゥ」


 照準スコープを覗きこみ、短く息を吐く。


 ――ダァンッ!


 閉ざされた地下空間に轟く、渇いた銃声。

 刹那せつな、一発の弾丸が銃口から飛び出す。


 対モンスター用に魔石を練り込まれた弾丸ならではの特徴。

 散りゆく魔石の残滓が、彗星のごとき一筋の光の軌跡をダンジョン内に描く。


 そして――。


「当たった!」


 そう叫んだのは、やや後方にいたデルタだった。


 彼女の視線の先では、岩山の上に標的マトとして置いてあったからのペットボトルが宙を舞っていた。


「お~、すごいすごい! やったねトッキー!」


 まるで初めてヒーローショーにやってきた子どものように、デルタがパチパチと手を叩く。


 それもそのはず、今の射撃が本日初めての直撃ヒット

 練習開始から見守っていた立場としては、喜びもひとしおというもの。


 こうなると、撃った張本人はより一層ハシャいでいるかと思いきや――。


「…………」

「あれ? どったのトッキー?」


 ボーっとしたままの時杉を見て、デルタが不思議そうに首を傾げる。


 呼びかけてもまるで無反応。

 仕方ないので、デルタは耳元まで近寄ってもう一度呼びかけた。


「お~いトッキー! 聞いてる~!?」

「うぁああ!? ビックリしたぁ……な、なんですか急に……?」

「なんですか……じゃないよもう。せっかくの初ヒットだよ? 嬉しくないの?」

「え……初ヒット? ああ、ホントだ……」


 まるでたった今気づいたかのような反応を見せる時杉。

 どう見ても重症だった。


 ただ、その理由はもちろん明白で……。


「あのさトッキー。もしかして、?」

「!?」


 いきなり核心を突く質問に、時杉が一瞬ビクッと震える。


 実のところ、時杉はまだ昨日の出来事をデルタに話していなかった。

 相談しようか迷いつつ、まずは先に練習しようと後回しにしていたのだ。


 そこには現実逃避の意味もあったが、もう一つはデルタには直接関係のない話なので気が引けたというのも大きい。


 しかし、誰かに相談したかったのもまた事実。

 そこでようやく、時杉は重い口を開いた。


「あの、実は……」



 ◇



「――なるほどねぇ。人は見かけによらないと言うけど、あの空閑くんがぁ」


 かくかくしかじか。


 空閑の計画、本性。

 昨日デルタが帰った後に起きた出来事や会話。


 それらをすべて聞き終え、デルタが「うわぁ……」という表情で頷く。


「それって、やっぱ学校の先生とかに相談してもダメなの?」

「ダメ……でしょうね。証拠が残ってるわけでもないし……」

「学校の友だちは? 誰か味方になってくれる人とか」

「……俺にいると思いますか?」

「あ……ごめん」


 デルタが申し訳なそうに俯く。

 すぐに察してもらえて嬉しいやら悲しいやら。


 そこで、デルタがもう一度「なるほどね……」と考え込む。


「ところでさ、今の話で一個どうしても気になることがあるんだけど、聞いてもいい?」

「気になること?」

「ほら、セーブポイントの話。そもそもどうしてトッキーは建物に入った時点で作ってたのかなぁって。普通に考えておかしいよね。もしかして空閑くんが言ってたみたいに、やっぱり最初から疑ってたとか?」

「まさか。さすがにエスパーじゃないんですし……」

「じゃあどうして?」


 誰からも好かれる爽やかな優等生。

 ついこの間まで、時杉は空閑をそんな人物と捉えていた。


 だからこそ、昨日のカミングアウトは改めて思い返しても信じられないほど衝撃的だった。


 であれば、なぜ建物に入った時点でセーブポイントの設置というある種の保険をかけていたのか。

 普通、なんの疑いもない状況でわざわざそんなことをする理由はないはず。


 ……というのがデルタの疑問だった。


 ただ、時杉の答えは意外にもとてもシンプルだった。


「それはまあ、ただの習慣ですね。言い換えればクセみたいなものっていうか……」

「クセ?」


 時杉の持つ【一時保存セーブ】。

 このスキルにおいて最も重要な要素はなにか?


 それは、『どのタイミングでセーブポイントを設置するか』に他ならない。


 極端な話、モンスターの攻撃を受けて瀕死の状態で「せ、セーブ……」などと言っても意味がない。

 仮に呟いてしまったが最後、《強制退場リタイア》した直後にまた《強制退場リタイア》が確定している……いわゆる“詰んだ”状態に戻ってくるという、地獄のようなループに突入してしまうからだ。


 ゆえに、セーブポイントの設置は常に先読みの連続。

 より良いポイントを見極め、ここだと思ったら即座に「セーブ」と呟かなければならない。


 だが、そんなシビアな判断を求められる【一時保存このスキル】にあって、唯一何も考えず無条件で呟いて良いタイミングがある。


「それが、“ダンジョンに入った直後”です」


 その場合、途中で攻略に失敗してもスタート地点に戻ってくるだけ。

 むしろアイテムの全ロスや《強制退場リタイア》したという事実を帳消しにできる分、メリットしかないのである。

 もちろんその後どこかしらですぐに上書きされるとはいえ、呟いておいて損はないのである。


 この理屈に気づいたときから、時杉は本物にしろ模擬にしろ、ダンジョンに入った瞬間に必ず「セーブ」と呟くことを徹底していた。


「へぇ~。だから空閑くんとこでもやってたんだ」


 デルタが感心したように頷く。


「なんかあれだね。トッキーはどんどんセーブスキル博士みたいになってくね」

「そりゃあ念願の自分のスキルですからね。いろいろ考えますよ」


 ご飯を食べながら、風呂に入りながら、布団に入りながら、あるいはトイレで踏ん張っているときまで。

 どうすれば【一時保存このチカラ】を効果的に使えるか……隙あらばそれを考えるのが、今や時杉の日常と化していた。


「……まあ、今回はその結果とんでもない事態になってしまったわけですが」


 と、途端に再び遠い目に戻る。


「まぁまぁ、そこは仕方ないんじゃない? どのみち空閑くんはトッキーを利用しようとしていたわけだし」

「たしかにそうですけど……」


 実際、あの空閑の計画に従うなんてご免だ。

 たとえスキルを使っていなかったとしても、時杉は拒んでいただろう。


 とはいえ……。


「これから俺はどうすればいいんでしょう……?」


 空閑はまともな学校生活を送らせる気はないと言った。


 ただでさえぼっちの時杉だ。これ以上いったいどうなると言うのか……。

 想像しただけで身震いした。


 だが――。


「そんなの決まってるじゃん。

「え……?」


 あまりにもあっけらかんと言い放ったデルタに、時杉は思わず間の抜けた声が出てしまった。


「空閑くんがデカい顔できるのも、みんなの中でトップだからでしょ? ならテストで空閑くんに勝って、本人にも周りにも”俺の方が上だぞ~”ってトッキーが見せつけてやればいいんだよ。それで万事解決!」


 デルタがふんすと鼻から息を吐く。

 まるでこれしかないと言わんばかりに。


「いやあの、そんな簡単にいきますかね……?」

「でも他になくない? それに空閑向こうも言ってたんでしょ? 人間意外と単純だ、って」

「それは、そうかもしれないですけど……」

「だったらこっちも上書きしてやろうよ。ね? いいアイディアじゃない?」

「いやぁ……」


 デルタの言い分は時杉も理解できた。


 だが、そうは言っても相手は学年一位。天才と称される人物。

 空閑がどんな本性の持ち主だろうと、その実力はホンモノだ。


 果たしてまともに争って勝てる可能性がどれほどあるか……。


?」

「……正直」

「大丈夫。トッキーならできるよ」

「!」


 デルタの真っすぐな眼差しに、時杉は思わずドキッとした。


「でも、なにを根拠にそんな……」

「根拠なんてないよ。前にも言ったでしょ? 信じようと思えたから信じてるだけ。期待とも言うね」

「期待……」


 ――期待なくして成長なんてできやしない。

 ――アナタがこの先ダンジョン攻略者として、どこまでの地点ところに行きたいか。それ次第だと思うわ。


 ふいに蘭子の言葉が蘇った。


 自信と期待。


 どちらもかつての時杉には決して持ち得なかったもの。

 手に入ることなんてないと思っていたもの。


 それなのに――。


(……まったく、この人は本当に)


 そうだ。こうなったらやるしかない。


 デルタの言う通り、時杉が現状でやれることなんてこれしかない。

 もしダメだったら……それはまたそのとき考えればいい。


「……そうですね。まあ、なんとかがんばってみます」

「おー、その意気その意気! ま、どうしてもってときはアタシもかけつけるからさ!」

「いや、デルタさん部外者じゃないですか。普通に失格になるんでやめてください」

「えぇ~、なんでさ~」

「あはは」


 自然に起こる笑い声。


 いつの間にか、時杉の心には光が灯っていた。



 ――が。






「あ、そうだ。そういえばトッキーってさ」

「はい?」

「テストのとき誰とチーム組むの?」



「……………………え?」

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