第28話 セーブスキルと狙撃銃③
――5月12日、土曜日。
この世界にダンジョンが出現して以降、日本においても武器は急速に普及した。
法改正により銃刀法による武器の所有規制は大幅に緩和され、今やほぼ制限がないと言ってもいい。
道を歩けば腰に刀を差した通行人とすれ違い、楽器ケースかと思ったら銃器のほうでしたなんてことも珍しくない。
また、それに伴って急増したのが《武器屋》である。
外国からの輸入だけでなく国産メーカーも多数出現し、街中を見渡せば当たり前のように剣や弓の交差した看板が立っている。
それこそデパートやショッピングモール内には、必ずと言っていいほど一店舗は出店されているほどだ。
というわけで週末。
「いやぁ、楽しみだなぁ~。どんなとこなんだろう?」
隣を歩くデルタがウキウキとした様子で言った。
ちなみに今日の彼女はただの付き添い。
昨晩も公園でスキルの検証をしていた際、時杉がそれとなく話題に出したら「行ったことないしアタシも行きたい!」と言って同伴することになったのだ。
「どうでしょうね。俺も詳しいことは聞けてないので……。それにしても今どき武器屋が初めてって珍しすぎません? その刀ってどこで買ったんですか?」
「ああ、この子? この子は貰い物」
「貰い物……」
(学校からの支給品とかかな……? それにしては立派だけど)
時杉が視線を落として尋ねると、デルタが腰に差した青い刀の
所有者のビジュアルの良さとも相まって、白い制服とのコントラストが鮮やかで眩しい。
「……てかデルタさんって、休日でも制服なんですね」
視界に入ったついでに、時杉はずっと気になっていたことも尋ねてみた。
休日に同じ年頃の女子とお出かけということで、今日の時杉は珍しくそれっぽいシャツを着て精一杯のオシャレをしてきていたのだ(当人比)。
……だが。
「ん? ああ、まあね。だってアタシ
「え!?」
あっけらかんと答えたデルタに、時杉が「ウソだろ!?」という表情を浮かべる。
「あ、もちろんパジャマはあるよ。外に出る用が、ってだけで」
「いや、別にそこを気にしたわけでは……え、マジですか?」
「うん」
(えぇ……)
爽やかに頷くデルタ。
決してウソをついているようには見えない。
しかし、だからこそ逆に衝撃的すぎた。
それこそ年頃の少女の発言とは思えない。
(すげぇな……知れば知るほど謎が増えていくよこの人……)
と、そんな会話をしながら歩いていると……。
「あ、この辺りじゃない?」
「え……ああ、たしかに。そこの角を曲がったらすぐですね」
声を上げたデルタに反応して地図アプリを見ると、いつの間にか現在地はピン止めしていた目的地のすぐそばまで接近していた。
駅を出て歩くこと15分ほど。
人通りの少ない路地の奥に、その店はひっそりと存在していた。
『BAR
(いや武器屋じゃねぇ!!)
武器とはまるで無縁の看板に、脳内で盛大にツッコむ時杉。
小ぶりな一軒家風の建物。
シックな外壁に、重厚そうな扉。
名前も見た目もなにからなにまで、その店はお洒落な大人が夜な夜な集まるバーそのものだった。
(え、どゆこと? いつの間にか
地図上のアイコンにズレはない。
目の前の店は目的地で合っている。
時杉の中に、もしかして……の可能性が過ぎる。
(……ダマされた?)
実のところ嫌な予感がゼロだったわけではない。
というのも、事前に豪山から送られてきたのは住所のみ。
店自体の情報は一切なく、チャットで尋ねても「行けば分かる。あとは
で、いざやってきてみれば
これには普段は温厚な時杉も荒ぶった。
(ちくしょう、あのクソDQN! なにが「悪かったな」だ。やっぱ負けたことを根に持ってやがったな! くっそ~、こうなったら今度会ったとき顔面にアンパン叩きつけてやる!)
ただ、そんな事情を知らない&武器屋が初めてのデルタにとっては……。
「ほぇ~、ここが武器屋なんだ。思ったよりこじんまりしてるんだね」
「いやあの、デルタさん……」
「ん、どったの? 入らないの?」
(い、言いづれぇ……)
ワクワクと扉へ向かっていくデルタを引き留めつつ、時杉は悩んだ。
こんなことならちゃんと事前に確認しておくべきだったと後悔する。
しかし、今となってはもうどうしようもない。
「えっと……すいませんデルタさん。どうやらうちのクラスのクソ
「え!? そうなの!?」
「……はい。すいません、せっかくこんな休日にまでついてきてくれたのに……」
「いや、それは全然いいんだけど……」
申し訳なさそうに頭を下げる時杉に、デルタが「気にしないで」と手を振る。
「え~じゃあどうする? 武器は? 買えないの?」
「そうですね……まあ幸い池袋なんで探せば他にいくらでもヒットすると思います。すぐ調べるんでちょっと待っててください」
しかし、そうして時杉がスマホを操作しようとしたところで――。
「――あらぁ。その必要はないわよぅ」
「うぉおっ!?」
背筋に走るゾクゾクとした悪寒。
耳元で囁かれたねっとりとした野太い声に、時杉は思わず飛び上がるように
「あらあら。ヨロコんじゃって。ウブねぇ」
「なっ……!?」
そこに立っていたのは、やけに豪華な和服を纏った中年の女性……ではなく男性だった。
バチバチにメイクされた顔面に、盛りに盛られた金髪のショートヘア。
そして、妙にがっちりとした肉体。
(な、なんだこのバケモノは……――あれ? でもこの人どこかで……)
一見すると得体の知れない変人。けれど時杉にはそのシルエットに見覚えがあった。
強いて違う点があるとすれば、右手に握られた
その人物と言うのは……。
「あ、アタシこの人テレビで見たことあるかも。たしか『どんだk――」
「やめましょうデルタさん。それ以上はいけない」
つい口走りそうになったデルタを、時杉が制止する。
間一髪だった。
「あらやだ。アナタかわいいわねぇ。髪もワタシとおんなじ金髪でボブだし。もしかして生き別れの姉妹かしらぁ?」
(絶対ちげぇっ!)
「え……もしかしてお姉ちゃん?」
(いや
妙なシナジーを発揮する二人に、時杉が全力でツッコむ。
そこでようやく女性……じゃなくて男性は己の素性を明かした。
「フフ、はじめまして。ワタシはこの武器屋のマスターをしている
「マスター……」
どっちかと言うとママでは……?
紫煙を
(ん?)
が、すぐにもっと大きな違和感に気づく。
「え、武器屋……!?」
「なに驚いてんのよ。そう紹介されて来たんでしょ?」
「いや、だって看板には……」
「ああ、これね。それは前に入ってた店の名残よ。もともとバーだった物件を、ワタシが居抜きでちょこちょこっと改装して使い回してるのよ」
(ま、紛らわしい……!)
コンコンと煙管の先で看板を叩きながら蘭子が答える。
「アナタが時杉
「デルタです!」
「オッケー、デルタちゃんね。ささ、立ち話もなんだし
「メロンソーダで!」
扉を開けた蘭子に従い、ひょいひょいついていくデルタ。
その後ろで時杉は思った。
(い、いいんだろうか? 一応豪山の言ってたとおり話は通ってるみたいだけど、ぶっちゃけ
「フフ、心配?」
「え」
振り返った蘭子が不敵に笑う。
「安心なさいな。これまで何人もの迷える子羊たちにピッタリ合う武器を見繕ってきたんだから。アナタのだって一発よ、このワタシのスキルをもってすればね」
「!?」
どうしてダンジョンでもないのにスキルを……?
脳裏に過ぎった当然の疑問に、時杉が眉をひそめる。
「ま、それは入ってからのお楽しみよ♡」
そう言って意味深なウィンクを投げると、蘭子は一足先に店の中へと入っていった。
――そしてこのときの体験こそが、
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