第29話 セーブスキルと狙撃銃④

 店内に入ると、内装は本当にバーとは似ても似つかなかった。

 カウンターの台こそ流用しているものの、棚に酒のボトルがズラリと並んでいるなんてこともない。


 盆栽に掛け軸、照明は提灯。壁には水墨画タッチのリアルな虎の絵。

 シックな洋風の外観はどこへやら、全体的にはすべて和のテイスト。


 本人が和装なことからも、これが店主である蘭子らんこの趣味なのだろう。


(すげぇな、外観と全然違う……てかマジであの看板外せばいいのに)


 出されたメロンソーダに口をつけつつ、時杉ときすぎは思った。

 その隣では、すでに飲み干したデルタが「へぇ~、これがバーか~」と間違った解釈で店内を見渡している。


 と、そこにカウンターの奥から蘭子が戻ってくる。


「さて、それじゃ始めましょうか」

「!」

「お~」


 慣れない雰囲気の場所への緊張も相まって身構える時杉に、呑気にパチパチ手を叩くデルタ。


「フフ……」


 そんな二人を見比べ、蘭子がニヤリと不敵に笑う。


 果たして、いったいこれから何をされるのか――。


「ま、と言ってももう終わってるんだけどね」

「……は?」


 時杉は思わずズッコケそうになった。


「あらあら、さっき言ったでしょ? ワタシのスキルはね、人とモノの相性を診断できるの。よく当たる占いみたいに思ってくれていいわ。だからこの眼にかかれば、その人にどんな武器が合ってるかなんてイチコロなのよ」


 説明を求めて顔を上げた時杉に、蘭子が得意げにウィンクする。


「へぇ~、すご~い。じゃあアタシも?」

「ええ、もちろん。さっきチラッと診断させてもらったけど、デルタちゃんにとってその武器はまさに最高の相棒ね。とてもよく輝いているわ」

「え~、なんかちょっとうれしい」


 蘭子に褒められ、デルタがちょっと照れたような表情を浮かべる。


「え、でもちょっと待ってください。ここってどう見てもダンジョンではないですよね? それなのになんでスキルを……」

「ああ、それ? この建物は特殊な改造をしててね、模擬ダンジョンと同じような構造になっているの。ちょこちょこ改装したってのはそういうこと」

「ああ……」


 ――行けば分かる。あとは委ねろ。


 豪山ごうやまのチャットを思い出す。


 あれは蘭子のスキルを指した言葉だったのだ。

 蘭子が勝手に選んでくれるから何もしなくていい――と。


(いや、だったら最初からそう言えよ……)


 と、言葉足らずの豪山に内心で愚痴をこぼしつつ時杉はふと思った。


「ちなみにそのスキル、今まで使ってた武器の相性とかもわかるんですか?」

「できるわよ。やってみましょうか? 何の武器を使ってたの?」

長剣ロングソードです。両手で持つタイプの」

「なるほどね。それじゃあ――」


 蘭子がスッと瞼を閉じる。


「――【色とりどりの運命線オラクルアイズ】」


 開いた瞳は、極彩色に光っていた。


(!? これが蘭子さんの……)


「……どうですか?」

「そうね、これは……」


 やや緊張の面持ちで尋ねる時杉に、蘭子はひと言で答えた。


「ウンチね」

「え?」

「ウンチよ、ウンチ。合わな過ぎて吐き気がしたわ」

「…………」


 さすがにショックだった。

 豪山にも指摘されていたし、自分でも多少なりとも自覚はあったので覚悟していたとはいえ想像以上にひどかった。


(ウソだろ……? それじゃ俺は今までウンチを握りしめて戦っていたのかよ……)


「そうよ。アナタは今までウンチを握りしめて戦っていたのよ」

「改めて言わないでくださいよ……」

「ま、まあまあ。ウンチだって投げつけたらいくらかダメージあるよ?」

「すいませんデルタさん。慰めてくれるのはありがたいんですけど、全然フォローになってないです……。てかそれ物理じゃなくて精神的ダメージでしょ」


 落ち込む時杉の背中をデルタがさするが、正直傷口に塩を塗るようなものだった。


「はいはい。そんじゃ現実が分かったとこで本題ね」


 仕切り直すように蘭子が手を叩く。


「というわけで、そんな蛍介けいすけちゃんにふさわしい武器は“コレ”よ」


 ゴトッという重そうな音がカウンターに響く。


「おお~」

「これは……」


 カウンターの下に潜り込んだ蘭子が取り出したのは、黒塗りの重厚そうなケースだった。

 サイズ的には、だいたいギターケースと同じくらい。


「さ、どうぞ開けてごらんなさい」

「あ、はい」


 促されるままケースに手を掛け、ガチャリと開く時杉。

 その横ではデルタも「え~なんだろ~」とワクワクしている。


 そして、中に入っていたのは――。


「……ライフル?」

「そう、狙撃銃スナイパーライフル。これこそワタシが見立てた、アナタに最もふさわしい武器よ」


 呟く時杉に、蘭子が頷く。


 パーツごとに分解されているので少しわかりづらかったが、長さで判断したところ当たっていた。


「へぇ~、なんかすごいね。ごつくて長くてイケメンって感じ」


 ケースを覗き込み、デルタが呟く。

 自分が使うわけではないのに、なぜかかなり乗り気な様子。


 だがその一方、当の時杉はと言うと……。


「…………」

「あら? 不服?」

「いえ……」


 真っすぐケースを見下ろしたまま時杉が答える。


 ここまでの流れで、遠距離武器なのは察しが付いていた。

 とくれば、もちろん銃もその可能性の一つ。


 だから不服とかではなく、単純に疑問だったのだ。


「なんでまた狙撃銃スナイパーライフルなのかな……と」


 拳銃ハンドガン散弾銃ショットガン機関銃マシンガン

 もしくはライフルなら突撃銃アサルトライフル


 一口に銃と言っても種類はたくさんある。

 その中でも狙撃銃は玄人向けで扱いづらい部類に入る、というのが時杉の認識。


 そしてなによりも――。


「ま、男の子だものね。自分が戦闘に立ってモンスターをバッタバッタ倒したいって気持ちは解るわ。だからこそのけんだものね」

「!」


 時杉が何を考えているのか、蘭子は察しているようだった。


「それはそれでいいと思うわ。憧れは大事だもの。でも、自分のできることを知るというのもよ」


 それはまるで、ここが人生の岐路だと告げられているようだった。


(これから先……か)


 チラリと視線を動かす。


「ん?」

「ああ、いえ……」


 ちょうど目が合ったデルタから視線を逸らし、時杉は改めて蘭子に戻した。


「……ちなみに狙撃銃コレ、おいくらですか?」

「そうね。何気なにげに相当良いブツを見繕ったからね。学生だし、愛修羅あしゅらちゃんの紹介でもあるからちょっとオマケして……こんぐらいね」


 今どき珍しくアナログの電卓を弾き、蘭子が見せてくる。


「うっ……!?」


 そこには目ん玉が飛び出る額が表示されていた。


「高い? 別に他のでもいいわよ。狙撃銃そげきじゅうひとつとってもピンキリだし、もっと安いのもいくらでも用意してあげる」


 ただ……、と蘭子は続けた。


「自分への先行投資は大事よ。それは自分自身にどれだけ期待できているかってこと。そして、期待なくして成長なんてできやしない。さっきの話と同じ。アナタがこの先ダンジョン攻略者として、どこまでの地点ところに行きたいか。それ次第だと思うわ」

「…………」


 しゃべりながら慣れた手つきで銃を組み上げた蘭子が、「はい」と手渡してくる。

 受け取った時杉は、おもむろに銃を構えてみせた。


「……どうですか?」


 視線を照準スコープに合わせたまま尋ねてみる。

 すると、その様子を見守っていたデルタが……。


「おお~、いいじゃんいいじゃん! カッコいいよ、トッキー!」


 店の外観を眺めていたときのようにを輝かせる。

 まるで自分事のようなハシャぎよう。


「…………」


(大丈夫……カネならあるんだ。この前のダンジョンでゲットした魔石を売って得たカネがたんまりと……)


 そう。実は今日武器屋ここに来る前、時杉はある寄り道をしていた。


 場所は持ち込んだ魔石を換金してくれるショップ。

 そこで先日の《北区第13ダンジョン》を攻略した際にデルタからもらったモンスターの魔石を、ここぞとばかりにすべて売り捌いてきたのだ。


(いや、でもなぁ……)


 とはいえ、やはりポンと使うには相当勇気のいる出費。

 もしここで使わなければ、他に欲しいものをいくらでも買えるのもまた事実。


(……いや、いい。これは己の人生への先行投資。いつかこの選択が巨万の富を築く可能性だってなくはない……! だから後悔なんてマジでまったくない……!)


 時杉は決断した。


「……わかりました。買います」


 ハッキリと言い切る。

 その目にはもう迷いなどなかった。


 ……しかし。


「よぉおっし!!」

「え……?」

「ん? なんでもないわ。ごめんあそばせ」


 サッと引っ込めた腕を隠しつつ、すぐに反対の手でオホホと口を押さえる蘭子。


「え、今……」

「ダメよ! ちっちゃいことを気にしちゃ! さ、お会計しましょ!」

「…………」


 時杉は少しだけ不安になった。




 ◇




 ――チリンチリン。


(いやあれ絶対ガッツポーズしてたよな……? え、なに? もしかしてやっぱ俺ダマされた? 無知な学生ガキを口八丁手八丁で誤魔化して高い商品ふっかけられたぜヨッシャー!みたいなのに巻き込まれた感じ……?)


 店を出た後も悶々とする時杉。

 その背中にはピカピカのライフルケースが輝いていた。


 ただ……。


「よーし! 新しい武器もゲットしたし、また頑張ろうねトッキー!」


(……ま、いいか)


 隣で笑うデルタを見て、時杉はどうでもよくなった。

 なにより、心機一転ワクワクしている気持ちは時杉にもしっかりあった。


(そうだな! こうなったら特訓だ! 絶対に値段分使い倒して元を取ってやる!)


 が、そうして時杉が拳を握って決意したときだった。

 ふいに背後から声が聞こえた。


「あれ、時杉君? こんなところで奇遇だね」

「!」


 振り返った先に立っていたのは、まさかの空閑くがだった。



 ――それと、もう一人。



「……アンタ、ここでなにしてんの?」

羽根坂はねさか……」

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