第27話 セーブスキルと狙撃銃②
そして昼休み――。
「…………」
「…………」
場所は2年F組の教室内。
向かい合って座る
両者の姿勢は対照的だった。
一方は借りてきた猫のように背を丸め、もう一方は
(ああ、いったいどうしてこんなことに……)
時杉は嘆いた。
はじめから嫌な予感はしていた。
そもそもが「ちょっとツラ貸せよ」なんて台詞、ヤンキー漫画くらいでしか聞いたことがない。
しかもそれを吐いたのが生粋のDQNである豪山とあっては、ハッピーな展開を想像する方が難しいというものだ。
もっと言うと、二人はつい昨日ダンジョン攻略の勝負をしたばかり。
結果は時杉の圧勝。豪山の心中は察して余りある。
そのため、こうやって対面から威圧感(プレッシャー)をかけられるまでは想定の範囲内だったのだが……。
「あの、豪山さん……コレはなんでしょう?」
「あん? バカかオメェ、んなもん見りゃわかんだろうが――」
さすがに、この光景は予想を超えていた。
「パンだよ」
おずおずと尋ねた時杉に、豪山がドーンと答える。
その言葉通り、時杉の机の上にはパンが乗っていた。
それも一つではなく、様々な種類のパンが山のように。
「えっと……パン?」
なぜ?という顔で時杉が聞き返す。
「わからねぇか?」
「あいにく……」
「チッ、仕方ねぇヤロウだな。一から説明してやる」
面倒くさそうに舌打ちをする豪山。
「いいか? こいつはパンっつってな。小麦粉を水でこねて発酵させ焼いた食料品で、日本に伝来したのは戦国時代、ポルトガルの
「あ、あの!」
「あぁ? なんだよ?」
「いや……そうではなく、なぜ俺の机の上に大量のパンが置かれているのかってところが疑問だったんですが……」
「んだよ。そっちか」
(いやそれ以外ないだろ……アホかこいつ)
咄嗟にそう言いたくなったものの、時杉はグッと堪えた。
そうしないと話が進まなさそうだったから。
だが、そうして折角続きを
「……つーかオメェ。さっきのはありゃなんだ?」
途端、豪山が話を変える。
まるで言いづらいことから逃れるため、あえて別の話題でお茶を濁すかのように。
「さっき?」
「授業だ、授業。ちらちら遠目に見てたが、オメェ剣の扱いヘタクソすぎんだろ。あのレベルの
「う……」
「そもそもオメェ、なんで剣なんだ?」
「なんでって……」
ふいに豪山から尋ねられた質問に、時杉は即答できなかった。
「なんだ? 言えねぇ理由か?」
「いや、そういうわけでも……」
「んだよ? なら言ってみろよ」
「えっと……」
尚も言いよどむ時杉。
実際、全然大層な理由はない。むしろその逆。
あまりにシンプル過ぎるせいで、改めて聞かれると若干恥ずかしかったのだ。
というのも、その理由と言うのが……。
「……カッコいいからです」
「あぁ?」
俯きがちに答えた時杉に、豪山が呆れたように声を上げる。
そして「かぁ~」と天を仰ぐ。
「ったく、こんなヤツに負けたなんて我ながら恥だぜ。いいか? 武器ってのはな、人によって
「……まあ、うん」
それはもちろん時杉も知っている。小学校で習う範囲だ。
「そういう
「はぁ……」
「つーわけで、オレ様がいい武器屋を紹介してやる。そこで新しい
「え!?」
突然のまさかの提案に、思わず声を上げて驚く時杉。
「いや、そんな急に言われても……。というか、紹介してくれるのはありがたいけど……」
時杉が
初めて受けた武器の授業のときである。
そこからかれこれ約8年。曲がりなりにもずっと使い続けている愛着のある武器だ。
急に手放せと言われても、「はいそうですか」とすんなり納得はできない。
が、そんな渋る時杉の反応を見て察知したのか、豪山が
「別にすぐに完全に切り替えろってわけじゃねぇ。今までずっと
「まあ……」
豪山の言葉に、時杉の心が揺れ動く。
思えば今まで授業などで他の武器に触れる機会はあったものの、本腰を入れて挑戦したことはない。
だいたいいつも「どうせ使わないしな」と適当に流してしまっていた。
(……たしかに。そう考えるとありかもしれない)
徐々に時杉の思考が傾いていく。
(それに、タイミング的にもちょうどいいかもしれない。俺の【
ただ、そこまで考えて時杉の中にある疑問が浮かぶ。
「でも、なんでそんなアドバイスみたいな話を急に俺に……? しかも武器屋の紹介まで……」
豪山には申し訳ないが、感謝よりも気持ち悪さが勝ってしまった。
豪山にとって、時杉はこれまで《スキルなし
加えて、昨日は勝負して負けた相手でもある。
今まで以上に嫌がらせをしてくるならまだしも、こんなお節介めいたことをしてくる理由が分からない。
そう思って時杉が尋ねると、今度は豪山の方がバツの悪そうな表情を浮かべた。
「なんで……か」
ガシガシと頭を掻き、視線を逸らす。
「さっきオメェ、“このパンはなんだ?”って聞いてきたな」
「ああ、うん……」
そこで、豪山はフゥーと大きく息を吐いた。
「……悪かったなと思ってよ」
「え……?」
あまりの衝撃に、一瞬時杉は耳を疑ってしまった。
「昨日の勝負……まさか今まで散々ノースキルと馬鹿にしてきたオメェが、あそこまでやるヤツだとは思わなかった。正直ガツンと頭を殴られた気分だったぜ。基礎も突き詰めればここまでになるのか、ってな」
(ああ、そういえば……)
正確には【
時杉も都合がいいので否定はしない。
「今までのオレはダンジョン攻略なんて
「豪山……」
豪山がハハッと自嘲気味に笑う。
しかしその顔は悔しそう、というより若干晴れやかなようにも見えた。
「でだ、今後オレ様はオメェを一人の“男”と見込んで接することにした。もうオレはオメェを侮らねぇし、見下しもしねぇ。同じ学年の対等なライバルとして接する」
「!」
(ライバル……)
奇妙な響きだった。
まさかあの豪山にこんなことを言われる日が来るとは……。
「…………」
ただ、時杉は不思議と嫌な気分ではなかった。
「つーわけで、このパンはオレからオメェへの今までの
「ま、毎日……?」
「心配すんな。コイツはオレの
「いやそれ売り物だし全然良くないんじゃ……てか実家パン屋だったの!?」
「あ? 知らなかったのか?」
(いや全然……つーか似合わねぇ!!)
コック帽と白いエプロンをして小麦粉をこねる豪山を想像し、ゾッとする時杉。
ぶっちゃけ同じ白い粉なら怪しい
「でよ、そう思った矢先にオメェがあまりにしょっぺぇ姿を晒してるもんだから、いっちょアドバイスでもしてやるかと思ったわけよ」
「なるほど……」
「つーかオレ様に勝ったヤツが、今度の実力テストでまた
「えぇ……なんすかそのリスト……。てか無茶な……」
「無茶だろうがやれ。そしたら最悪オレが2番ってことになんだろうが。まあつっても、とーぜんオレ様も狙うはトップだがな。そしたら下がっちまったオレの地位もフツーに返り咲きだ」
ガハハと笑いながら豪山が席を立つ。
どこまでが本心なのかはまだよく分からなかったが、その姿を見て時杉は思った。
(まあでも、なんだろうな。
――と。
「ああ、そうだ。一個言い忘れたぜ」
「?」
去り際、振り返った豪山がニカッと笑って言った。
「オレはもうオメェを《スキルなし男》とは呼ばねぇ。他のヤツにも呼ばせねぇ」
「豪山……」
その瞬間、時杉の中で豪山の評価ポイントが“5上がった”。
「その代わり、今日からオメェは《基礎のしっかりしたスキルなし男》だ。じゃあな」
「…………」
その瞬間、時杉の中で豪山の評価ポイントが“10下がった“。
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