第26話 セーブスキルと狙撃銃①

 ☆――赤羽深淵高校第3模擬ダンジョン:第1階層――☆



「せあっ!」


 両手で握った西洋風の長剣ロングソードを、時杉ときすぎが力強い掛け声とともに振り下ろす。


 相手はモンスター……ではなく、片手剣を装備した人型の無人機ドローン

 全身の体表を金属でコーティングされており、さながら銀色のマネキンといった見た目をしている。


 ――ガキンッ。


 フロアに響く鈍い金属音。


(ちっ! 浅いか!)


 手のひらに伝わる痺れとともに、時杉の表情が歪む。


 脳天を割るつもりで放った斬撃。

 けれど刃は肩口にずれ、目的を果たすには至らず。


 無人機ドローンにはダメージ計算機能が搭載されている。

 無人機ドローン耐久値ライフを『100』と見立て、与えた攻撃を数値化するのだ。


 そして、今しがた無人機ドローンの胸部のパネルに表示されたのは『21』。

 決して高いとは言い難い。


「うおっ!」


 今度は無人機ドローンの反撃。


 傾いた体勢から繰り出された片手剣の横なぎを、時杉は仰け反るようになんとか回避する。

 想像したダメージを与えられなかったショックで反応が遅れてしまい、危うく当たってしまうところだった。


 だが、時杉はそこに隙を見つけた。


(ここだ!)


 反撃により空いた無人機ドローンの胸元に狙いを定め、長剣ロングソードの切っ先を突き立てる。


「うおおッ!」


 ガンッという力強い音が響く。


 ダメージ表示は『45』。

 先ほどの斬撃以前のダメージも含め、これでようやく合計『100』オーバー。


「ふぅ……」


 戦闘不能となり仰向けに倒れ込んだ無人機ドローンを見下ろし、時杉は額の汗を拭った。



 ――午前中。

 本日のダンジョン攻略の授業は、武器による戦闘訓練。


 内容は無人機ドローン相手に一対一での試合形式。

 武器は持ち込み、もしくは学校が貸与するものから自由に選択。


 周囲では2年F組の生徒たちが、剣や槍、あるいは弓といった様々な武器を用いて今しがたの時杉と同じように無人機ドローンと戦っていた。


(あ~きっつ……さすがに疲れたな。いったん休むか)


 地面に剣を突き立て、ペットボトルの水を口に含む。

 授業が始まってから黙々と戦い続けたことで、時杉はすでに全身汗だくだった。


(……それにしても、俺ももっと効率よく倒せるようにならないとな)


 己の戦闘を回想しながらため息を吐く。


 ――いいですか? 今日の授業はあくまで武器の扱い方を学ぶのが目的。無人機ドローンの戦闘プログラムは弱めに設定しているので、倒すというより自分の動きを確かめながら戦ってくださいね。


 授業開始前の和歌森先生の言葉を思い出す。


 無人機ドローンの強さは、ダンジョンランクの“D”相当。

 だから高校2年生ともなれば倒せるのは当たり前。


(やばいな。さすがに今のままじゃ、もし囲まれでもしたら全然さばききれねーよ。それどころかもっと強いモンスターが相手だった日には瞬殺なんてことも……)


 ここまでの戦闘において、時杉が無人機ドローン1体を倒すまでに要した斬撃は平均4回。

 はっきり言って時間が掛かり過ぎている。


(あーあ。なんだかんだ自分のスキルが戦闘用でないことが分かったし、これからは本格的に武器を使えるようにならないといけないのに……)


 ダンジョンにおける基本的な話。

 対モンスターで重要なのは、やはりスキルだ。


 ダンジョンの誕生とともに目覚めたスキルは、やはり同じくダンジョン内にのみ生息するモンスターと相性が良い。

 そのため攻撃系のスキルを持つ者がアタッカーとなり、モンスターを倒していくのが攻略の基本。


 ただ、そうは言っても何が起こるか分からないのがダンジョンという空間。

 後方支援の担当であっても、自分で戦わなければならない場面はどこかで必ずやってくる。


 そしてそうした状況下で自分の身を守るために必要なのが――武器である。


 大量のモンスターに囲まれるor仲間とはぐれる。

 もしくはアタッカーであっても、体力温存のためにあえてスキルを使用しないetc.


 そんなもろもろのシチュエーションに備えるため、ダンジョン攻略の授業カリキュラムにはこうして武器による戦闘訓練が組み込まれている。


(あーあ。どうすれば剣の腕って上達するんだろ? 一応ネットで検索してみたけど、いまいちピンとこないし……)


 ノースキルだった頃は戦闘用のスキルに目覚める妄想もできたが、今となってはそうもいかない。


 とはいえそう思って今日はいつも以上に気合を入れて臨んだつもりだったが、なかなか思うような動きはできていないのが時杉の現状だった。


 と、そこで……。


「なぁなぁ、今の斬り方よくねぇ?」

「お~、たしかに! いつの間にそんなん覚えたん?」

「へへ、同じ武器使ってる人の動画見て研究したんだよ」

「え、なにそれ? 誰のチャンネル?」


 聞こえてきたのは、他の生徒たちの会話。


 いつの間にか自然発生的にグループらしきものが複数出来ている。

 同じ武器の使い手同士、仲間の動きを観察してお互いにアドバイスを出し合っている。


 そして、その中心にいたのは……。


「ね~、今の動きどうだった?」

「う~ん……そうだね。悪くはなかったと思うけど、もう少し腕よりも腰や下半身を意識した方がいいかも。その方が武器に力も伝わるから」

「お~い、空閑! ちょっと俺の方も見てくんねぇ?」

「わかった、ちょっと待ってて。今行くから」


(やれやれ、さすがは学年一位様だな……あれじゃもはや教師みたいなもんだ)


 生徒たちから引っ張りだこに合う空閑を見て、時杉はそんなことを思った。


 今日も授業はA組と合同。

 空閑の周りには、いつの間にかアドバイスを求める人の輪が出来上がっていた。


「…………」


 そういえば……、と時杉はふと思い出す。


(結局まだ《未攻略ダンジョン》を攻略した件はなんの連絡も来てないんだよな。さすがにそろそろ来ると思ってたんだけど……)


 ふとポケットからスマホを取り出して通知を確認する。

 やはりそれらしき連絡はゼロ。


 もしかしたら学生という身分もあって学校経由で……とも考えたが、いずれにせよ何の音沙汰もなかった。


 ちなみに昨夜寝る前にネットニュースを漁ったがそちらも収穫なし。

 今朝の情報番組でも取り上げていたチャンネルはゼロ。

 もちろん、家を出たら報道陣に囲まれるなんてこともなかった。


(いったいどうなってんだ……? 本当にいつか連絡あるんだろうな……?)


 昨日は悲願のスキル獲得で浮かれていたのでさほど気にならなかったが、チヤホヤされる空閑を見てなんとなく思った。


(というか、そうでなくとも昨日はあの豪山ごうやまに勝ったのに……)


 ふと自分の周りを見渡してみる。

 誰もいない。相変わらずのぼっち。


(いやいやいや、いくらなんでも全員忘れるの早過ぎだろ……)


 昨日の勝負を思い起こす。

 たしかに最後は空閑に全部持っていかれた感はあったが、勝ったのはあくまで時杉だ。


 だからこそ、正直さすがにもう少し声を掛けられたりするのかと思っていたのだが、現状では全然そんなことになっていなかった。


(……まあ、邪魔が入らずこうやって授業に集中できてるだけ昔よりマシではあるけど。だいたいいつも誰かしらにちょっかいかけられてたもんな。もしかしてあれか? 昨日の勝利が圧倒的すぎて、逆にみんな恐れをなして声かけづらくなったとか……?)


 と、まさにそうして時杉が首を捻っていると……。


「――よう」

「ん?」


 タイミングよく背後から話しかけてきた声。


 もしや俺にもついに……。

 そんな予感が時杉の脳裏を掠める。


(げっ……)


 ……が、その予感はものの見事に砕かれた。


「昨日は世話になったな。ちょっとツラ貸せよ」

「豪山……」


 振り返った先にいたのは、あからさまに不機嫌そうな顔をした豪山だった。

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