第25話 幼馴染キャラだからって仲が良いとは限らない②

「……昨日の夜。どこでなにしてたか、聞いてもいい?」


 そう聞いてきたのは、幼馴染である妃菜ひなだった。



「えっと……」


 思わず言葉に詰まってしまう時杉ときすぎ


 なんと言っても、目の前にいるのは長らく疎遠そえんだった相手。

 突然こんな質問……不可解どころではない。


(もしかして……)


 嫌な予感が脳裏をよぎる。

 時杉の頭に浮かんだのは、最悪のケース。


……!?)


 そうとしか思えなかった。


 昨夜どこで何をしていたか。

 それは無論、《北区第13ダンジョン》での【一時保存セーブ】スキルの検証。


 ダンジョンのある飛鳥山あすかやま公園はJR王子駅に隣接しており、時杉の最寄りからは二駅。

 ということは、家が近い妃菜にとっても十分じゅうぶんに生活圏。


 たまたま公園付近を通りかかった妃菜が時杉を見つけ、気になってそのまま何をしているのか覗き見ていた。

 決してあり得ない話ではない。


(ウソだろ……? バレるにしても、こんなあっさりって……)


 ――スキルについては誰に知られないようにしよう。

 そんな風に改めて意気込んだ矢先での大ピンチ。


 嫌な汗がダラダラ流れてくる。


 だが――。


「……いや、やっぱいいや」

「!」


 時杉の返答を待つことなく、妃菜は首を振った。


「え、いいのか?」

「うん、まあ別にそこまで知りたいわけじゃないし」

「あ、そう……」


(じゃあなんで聞いたんだよ……)


 ついそんな文句が漏れる。


(でも、それはさておきよかったぁ……!)


 そこまで知る気がないということは、興味があったわけではないのだろう。


 ということは当然、【一時保存セーブ】のことも知られていない。

 世界でも珍しいノースキルである時杉がついにスキルに目覚めたとあれば、普通はもう少し感心を示すはずだ。


 と、そんな風に時杉がホッとしていると、今度はまた別の質問が飛んできた。


「ところでさ、今度の実力テストだけど……時杉は誰と組むの?」

「え、テスト……?」

「ほら、今度ってチーム戦じゃん。どうすんのかなって」

「どうって……」


 これまたワケのわからないな、と時杉は思った。


「いや、まだ決まってないけど……」


(つーか聞くまでもないだろ。俺と組んでくれる奴なんているわけないんだし)


 妃菜と時杉は小学校からの幼馴染。

 ならば当然、時杉がであることは知っている。

 そうでなくとも、同じ高校であれば否が応でも評判は耳に届く。


(まさか煽られてるってことはないよな……さすがに)


 ただ、そんな時杉の邪推じゃすいとも言っていい想像とは裏腹に――。


「へぇ……そうなんだ」

「!」


 妃菜が小さく呟く。

 しかもその声は煽るどころか、むしろやや安堵したようなもの。


 そしてさらに続けて。


「ならさ。もし時杉が――」

「おはよう、妃菜ちゃん」

「!?」


 割って入ったのは、時杉ではなく別の男子生徒。


空閑くがくん……」

「やあ」


 妃菜に名前を呼ばれた空閑が、にこやかな笑顔とともに応じる。

 相変わらずマイナスイオンでも発してそうなほどの爽やかオーラ全開。


「どうしたんだい、こんなところで? 予鈴よれい、鳴っちゃうよ?」

「え、ああ……ちょっとね」

「? あれ、そっちは時杉君? 珍しい組み合わせだね。ああでも、そういえば二人って同じ中学だったっけ?」

「あ、うん。かもね」


(かもね……って。そこは紛れもない事実だろ。しかも小学校からだし。どんだけ妃菜お前の中で俺は消したい存在なんだよ……)


 二人を見比べ勝手に納得する空閑に、バツの悪そうに視線を逸らす妃菜。


 理由は想像がつく。

 誰だって落ちこぼれとつながりがあると思われたくはないだろう。下手したら自分も妙なレッテルを貼られかねない。


 ただでさえ幼馴染という揺るぎない関係性があるのだ。

 ならばなるべく遠ざけて、それが少しでも薄まるよう努力するのは周囲の評価や噂に敏感な女子高生としては当然の判断と言えるだろう。


「あ、というかごめんね。もしかして話し中だった?」

「ああ、いいのいいの! 別にたいした話じゃないから!」

「そうなの?」

「うん、ぜんぜん! だから空閑くんは気にしないで!」

「ならいいけど……」


(すげぇ、俺と話すときと全然声のトーンが違う……)


 幼馴染の初めて見せる笑顔。

 あまりの変わり身の早さに、時杉はさすがに少しだけショックを受けた。


(そういや、この二人付き合ってるとか噂あったな……)


 妃菜と空閑の関係は校内でも少し有名だった。

 というのも、クラスが違う割に二人でいっしょにいるところを他の生徒がよく目撃しているからだ。


 言うまでもなく、空閑のファンは学内に相当な数がいる。

 一方の妃菜は妃菜で、人当たりがいい上にこの見た目なので男子からの人気は高い。


 そのため最初の目撃情報が出回った際は、男女問わず多くの生徒が涙を飲んだと言う。


「あれ、そういえば時杉君とちゃんと話すのってこれが初めてだよね?」

「え」


 と、ふいに空閑が時杉へと向き直る。


「僕のこと知ってる? 一応隣のA組なんだけど」

「そりゃもちろん。昨日も授業でいっしょだったし……てか昨日はほんと助かった。その……ありがとう」

「いやいや、別に横から見ていて思ったことを普通に話しただけだよ。豪山ごうやま君もすぐに納得してくれてよかったよ」


 コミュ障をこじらせた時杉がなんとか言いそびれていた礼を述べると、空閑は「気にしないでよ」という風に笑った。

 すると、別クラスで現場を知らない妃菜が首を捻った。


「昨日?」

「ほら、時杉君と豪山君が授業で勝負して……ってやつ。言わなかったっけ?」

「ああ、アレ」


 短いやり取り。

 けれど、それだけでなんとなく二人の関係が透けて見えるようだった。


「というか知ってるもなにも、有名だろ。そもそも学年一位なんだし。むしろ空閑そっちが俺を知ってる方が驚きなんだけど……」

「そう? 。まあでも、改めてはじめまして」

「!」


 恐らくその言葉は、空閑にとっては自然に出てきたもの。

 それは時杉もすぐに理解した。


 だが、空閑と時杉では有名の意味が決定的に真逆。


 一方は学年最優秀の模範生。

 一方は落ちこぼれのクソ雑魚ぼっち。


 その事実と照らし合わせると、時杉の心にはどうしてもチクッとくるものがあった。


「ねぇ、そろそろ授業始まっちゃうよ? 早く行かない?」


 そう言ったのは妃菜だった。


「え? でもまだ……」

「いやいや、予鈴がどうのって言ったのは空閑くんでしょ? 優等生が遅刻してどうすんの? ほら、行こ」

「あ、ちょっと妃菜ちゃん!? ごめん、時杉君! またね!」


 戸惑う空閑の背中を、妃菜が無理やり押す。


(あーあ、初々しいことで……)


 キーンコーンカーンコーン。


 仲睦まじく校舎の中へ消えていく二人。

 その微笑ましい彼氏彼女の後ろ姿を、時杉は鳴り響く予鈴の音をぼんやり聞きながら見送った。


(すげぇな。俺には絶対に起こりえないと断言できる学生生活だ……。いや、下手したら未来永劫なんてことも……)


 ――と。


(ん? なにか大事なことを忘れているような……)


 ふと時杉の中にわいた違和感。

 少し考え、時杉はすぐに気づいた。



「……って、めっちゃ予鈴カネ鳴ってんじゃねーか!?」

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