第22話 すべてを解決する魔法の3文字

「おら、早くしろよ。テメェが潔白けっぱくだってんなら、今ここで証明してみろ」


 答えに窮する時杉ときすぎに勝機を見たのだろう。

 ニヤリと笑みを浮かべる豪山ごうやま


 完膚なきまでの勝利から一変。

 気づけば時杉は窮地きゅうちに立たされていた。


(くそ、こんなことなら先にボディチェックでもさせておけばよかった……)


 トラップ探知アイテムを使っていないという証明――。


 事前にならともかく、いざ事後になってからそれは無理難題と言うものだ。

 テストが終わった後に「カンニングしていないと証明しなさい」と言われても、なんて説明すればいいのか分からないのと同じである。


 悪魔の証明となんら変わりない。


(くそ、こうなったら……)


 無論、解決の方法はある。


 スキルについて話せばいい。それで一発だ。

 効果を理解すれば、豪山たちもすぐに黙るだろう。


 だが。


(……いや、ダメだ。スキルについてはデルタさんと言わない約束……。というかそれ以前に、説明しようにも材料がなさすぎる……!)


 セーブによるやり直しを認識できるのは、あくまで時杉本人だけ。

 リプレイ映像に失敗した場面が残っていないことから、恐らく機械にさえ知覚できないものと推測できる。


 であれば、示せるものが時杉の体験談しかない。


(けど、今のこいつらがまともに俺の話を聞いてくれるわけない……)


 対峙するクラスメイトたちに時杉の味方はいない。

 口を開いたそばから怒号が飛んでくるかも。


 おまけにの時杉に演説能力など皆無かいむ

 ゴニョゴニョと日本語なのかどうかも聞き取れない音声を発するのが関の山。


(なるほど、これはたしかにキツイな……)


 いざこういう状況におちいると実感する。


 記憶にも記録にも残らない【一時保存セーブ】スキル……この能力を口頭で説明するのは至難だ。


(かといって、実演する余力ももうないし……)


 豪山と同じく、時杉の体力もすでに限界。

 トラップ回避のためかなりの回数をループしたことで、これ以上のスキルの使用は厳しい。


(どうする……どうすればいいんだ……!?)


 脳みそをフル回転させて悩む時杉。


 だが、そうしている間にも場の空気はヒートアップしていく。


「おいおいどうした! 早く証明しろよ!」

「イカサマしてないってんならできるはずだろ!」


 しょーめい! しょーめい!


 おもむろに発生する「証明」コール。

 まさに四面楚歌しめんそか


(ぐ……こいつら急に手のひら返しやがって……! つーかこのクラスどんだけコール好きなんだよ。テニサーかよ……!)


「どうよ? なにも言えねーってことは、そういうことでいいんだよな?」

「……ッ!」


 形勢逆転とばかりに、豪山がニヤニヤと詰め寄ってくる。

 時杉は無言のまま後退あとずさりするしかなかった。


 そしてついに……。


「へへ、終わりみてぇだな。てことで、この勝負は無効……いや、むしろイカサマをしたテメェは失格! オレ様の不戦勝ってことで決着だ!」

「なっ……!?」


 豪山が高らかに宣言する。


 理不尽な暴論なのは明らか。

 けれど誰も否定しない。


「ま、これに懲りたら二度と調子に乗んねーことだな! 所詮テメェは、ただの《》なんだからよ!!」

「っ……!?」


(そんな……)


 時杉は絶望した。


 このままで勝利がなかったことになるどころか、明日から自分は卑怯者のレッテルを貼られて過ごすことになる。


 けれど言い返そうにも、反論の言葉はやはり浮かばない。


(受け入れるしか……ないのか?)




 しかし、そう時杉が諦めかけたところで――。




「――待った。アイテムを使った……というのはさすがに無理がないかな?」

「!?」


 割り込んできたのは、別のクラスの男子生徒。


空閑くが……」


 時杉がその名を呟く。


 空閑晴斗はると

 時杉たちと同じ赤羽あかばね深淵しんえん高校の二年生にして、学年最上位のダンジョン攻略者。


「あぁん? なんだ空閑っ! A組よそもんのテメェがなんでここにいやがる! こっちは今取り込み中なんだよ! とっとと消えやがれ!」


 突然の予期せぬ介入者に、豪山が吠える。


「なんでもなにも、A組向こうはもう今日のカリキュラムを終えたからね。そしたらF組こっちがまだなにかやっているようだから、和歌森わかもり先生を呼びに来たんだよ。ほら僕、一応クラス委員だからさ。ま、結局入れ違いになっちゃったみたいだけどね」


 空閑が爽やかに肩をすくめて見せる。

 その様子は豪山の剣幕に怯むどころかいつも通り。


「うるせぇ! んな事情知るかよ! つーかテメェ、さっき違うっつったな。ありゃどういう意味だ!?」

「そのままの意味さ。勝負の一部始終は僕もリプレイで見させてもらったけど、時杉君がなにかアイテムを使用したようには見えなかった。それ以外に怪しい動きをした様子もね」

「バカ言ってんじゃねぇ! んなわけあるか! じゃなきゃなし男コイツがノーミスなんてありえねぇだろッ!」

「そうでもないさ。模擬ダンジョンの設定上、授業の目的に沿わないアイテムの使用があれば即座に検知されるはず。キミも知っているだろう?」


 模擬ダンジョンは正規のダンジョンと違い、完全な人工物。

 学校側が製造業者メーカーと相談しながら設計し、様々な形態の授業を円滑に進めるためシステムで管理されている。


 つまり、不正行為があれば見逃すはずがない。


「あ……」


 あまりにも初歩的な事実を指摘されハッとする豪山。

 なお、それは他の生徒も同じだった。口々に「たしかに」「そういえば」などと呟いている。


「ま、待ちやがれ! じゃあどうやってなし男アイツはトラップを回避したってんだ……! そいつを説明できなきゃオレは納得しねぇぞっ!!」


 尚も吠える豪山。

 そこにあるのは絶対に敗北を認めたくないという意思。


 しかし、空閑はその問いへの回答も用意していた。


「フッ、そんなの簡単だよ。たしかに時杉君はノーミスだった。けど、それはに裏打ちされたものだ」

「なに……!?」


 そこで、空閑は同意を求めるように周囲の生徒たちを見渡した。


「みんなもモニターで見ていただろう? 時杉君はトラップをきちんと対処しながら進んでいた。基本に忠実に、丁寧に。怪しいと思われる場所は慎重に脇を抜ける、石を投げて予めトラップを作動させる等々とうとう。スルスルと進んでいるように見えて、その実は罠に有効なスキルを持たない人間がお手本とすべきような動きだった。それこそ――」


 再度豪山へと向き直る。


「己のスキルを過信し、は特にね」

「ぐっ……!」


 空閑の視線に、豪山が言葉を詰まらせる。

 誰のことを指しているかは明白だった。


「い、言われてみれば……」

「……たしかに。よく見るとめちゃくちゃ効率いいだけで、動き自体は早くもないな」

「スキルがないなりに努力してた、ってことか……」


 豪山だけではない。

 学年1位空閑の言葉に、他の生徒たちも冷静さを取り戻していく。



 ……ただ一人を除いて。



(えっ!? なにコレ、なんか都合よく解釈してくれてる……!?)


 空閑の弁舌べんぜつをやや後方で聞きながら、時杉はガッツリ困惑していた。


(いやまあたしかに……。うっかりミスとかしないように、なるべく慎重に進むようにはしてたけども……)


 目的はあくまでフロアを突破ゴールすること。

 攻略したトラップの数を競っていたわけではない。


 加えて、スキルも無限に使えるわけではない。

 ならばトラップの作動はなるべく避け、《強制退場リタイア》のリスクを少しでも減らすべき。


 そのためスキルでいくらトラップの情報を把握しようと、時杉はあくまで慎重に慎重を期して大雑把に突き進むようなマネはしなかった。


 が、それを指して「基本の究極系です」みたいな紹介はさすがに恐れ多すぎるというもので……。


(え、どうすんの?? 今話し振られたら俺はなんて答えればいいの???)


 混乱する時杉。

 こうなったら……、と空閑をジッと見つめる。


(頼むぞ、空閑……! 絶対こっちに話振るなよ……! マジで来ても無視するからっ!)


 しかし、そんな必死の願いも虚しく……。


「ということで、勝負はきちんと成立していた。この結果は彼の実力で掴んだものだ。そうだろう、?」

「!」


(おぃいい! ダメだっつの!!)


 その場にいる全員の視線が一斉に自分へと向き、時杉は反射的に俯いた。


(や、やべぇ……マジでどうしよう……)


 けれどずっと黙っているわけにもいかない。

 何か答えなければまた怪しまれる。


 悩んだ結果、時杉の出した答えは――。



「ですね」



(うん、もう知らん)


 爽やかに頷く。

 時杉は全力で空閑に乗っかった。


「というわけさ、豪山君。彼はあくまで基本に忠実だった。それだけだよ」


 その姿に空閑も満足げに頷き、改めて豪山へと向き直る。


「ふ、ふざけんなっ! 基本なんてオレにだってできらぁ! そんなもんが理由になるかよ!」

「オレにもできる……か。まんまと捕獲用のトラップに引っかかったのにかい? あれこそ、石でも投げて慎重に進めば回避できたはずなのに?」

「ッ!?」

「しかも経緯もよくない。時杉君に先を越されて焦ったのはわかるけど、逆上して突っ込むなんて……。あそこは本来、一旦冷静になって攻略プランを練り直すべきだった。スキルのゴリ押しで突破できない以上、トラップの少なそうな道を探すという選択肢も考慮すべきだったはずだ」

「そ、それは……! それがオレのスタイルで――」

「そのせいで結局キミは負けた」

「ぐっ……!?」


 決して責め立てるような口調ではない。

 けれど、空閑の言葉は豪山の心をグサグサとナイフのように突き刺しまくった。


 そして、トドメの一撃。


「豪山君。最後に一つだけ言おう」

「ッ!?」


 そのひと言はまるで、豪山の自尊心いのちを貫く死刑宣告のようだった。


「キミの敗因は相手のイカサマなどではなく――そのだよ」

「う……あぁ……」


 ガックリと地面に膝をつく豪山。


 今度こそ正真正銘、決着の瞬間だった。



 なお……。






「そうだろう、時杉君?」

「ですね」



 当の勝者がやったことと言えば、たった三文字呟いただけというのはナイショである。





//////////////////////


え~……というわけで最後は衝撃の他力ENDでしたが、これにて「対決DQN編」終了です。

ここまで読んでいただき本当にありがとうございます!!


次からは短い閑話を一つ挟んだ後、いよいよ「実力テスト編」に入る予定です。

(その前に一応登場人物紹介とか入れるかも??)


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