第21話 いわゆる最後の悪あがき……ってやつ
『そこまでです!
立会人である
それと同時、ダンジョン内に今日一番の歓声が響いた。
――オオオオオォォォッ!!!
『か、勝ちやがった! あのなし
『しかも《
『ね~! ぶっちゃけわたし、最初のトラップも抜けられないと思ってた!』
『オレもオレも! ゼッテー開始2秒くらいで瞬殺されると思ったわ!』
モニタールームのクラスメイトたちが口々に驚嘆の声を上げる。
それもそのはず、開始前にF組内でこの結果を予想した人間など一人もいない。
クラスの頂点と底辺の攻略勝負。
誰もが豪山の勝利を確信していたし、時杉においては勝つどころか《
だが、今彼らが目撃したのはその
騒ぐなと言う方が無理な話である。
ただ、そんな熱気に包まれた
「…………」
(マジか……)
当の時杉は絶賛冷や汗をかいていた。
その理由と言うのが……。
(このスキル……半端ねぇ……!!!)
――そう。
勝負開始直前、豪山に散々煽られている最中に時杉はしっかり小声で呟いていた。
【セーブ】……と。
その後は徹底的な
進む
↓
トラップにかかって《
↓
セーブ
↓
対処法を考え再挑戦
これにより失敗を重ねつつ、けれど着々とトラップを突破していったのだ。
(しかもなにがすごいってこれ……他のヤツの記憶には残らないから、傍から見たらめちゃくちゃスイスイ突破した人みたいに見えるんだよな……)
セーブスキルは時間ごと巻き戻るので、言わばその過程のことは「なかったこと」になる。
そのため誰も時杉の失敗の歴史を目撃していないことに。
結果、時杉は無傷の完全勝利を手に入れるに至った。
そして言うまでもなく、勝負前に出した一度目の好タイムも同じ方法によるもの。
(う~む、しかしまさかこんなことになるとは……)
実のところ、最初はこっそり一,二度試してみる程度のつもりだった。
せっかく目覚めたスキル。
まだ効果に不明な点も多いし、ちょっと昨夜の延長で軽く検証してみようかな~……くらいのもの。
そのため、時杉としてはここまで大騒ぎな状況を作るつもりなど全くなかった。
だが――。
(ちょっと調子に乗り過ぎたかもしれない……)
長らく学年最下位という不名誉なポジションにいた反動が、時杉を狂わせた。
使えば使うほど縮まるタイム。
いつしかその快感に抗えなくなり、気づけば前人未到の好タイムを出すに至っていた。
おかげでゴールした瞬間、我に返った時杉の心境は喜びよりもむしろ(やっちまった……!)に近かった。
で、それにより豪山に目を付けられ、最終的には現在に至ってしまったわけである。
(というか勝てたのはいいけど、どうすんのこの後……?)
周囲を見渡しつつ、時杉は戦々恐々とした。
「すごいじゃん、なし男くん。あのアシュラくんに勝つなんて」
「そうそう、マジでビビったよね~」
「わかる~。どうしちゃったの急に?って感じ。ほんとに
「番狂わせ……てかそれ以上? これ賭けでもやってたら万馬券じゃ済まなかったろ」
「たしかに! うわ~、やっときゃよかった~」
「いや、やっててもどうせ賭けてねーだろお前はw」
気づけば自分を取り囲むクラスメイトたち。
勝負が終わったことでモニタールームから降りてきたのだ。
口々に驚きの声やらなんやら感想を述べてくるが、時杉にはどう対処していいかわからなかった。
(いやぁ、こんなことになるなんて思わなかったからなにがなにやら……。勝ち名乗り……とかはどう考えてもガラじゃないし。ヤバいな……基本ぼっちだったせいで、こういうときどう振る舞えばいいのか全然わからん……)
そもそも勝負自体が豪山の勢いに負けてなし崩し的に実現したもの。
時杉の中には、決して「今日ここで豪山をぶっ潰して下剋上してやろう!」という算段があったわけではない。
ゆえに今のこのお祭り騒ぎ的な状況は、完全に彼の手に余るものだった。
(せめてこの場に和歌森先生がいてくれれば……)
事態を収めてくれそうな和歌森先生は一旦離席中だった。
もともと授業はA組との合同。
A組はA組で隣の模擬ダンジョンで授業を行っていたが、最後の総括はいっしょにやるはずだった。
それがこのような予定外の進行となってしまったため、和歌森先生はA組のクラス担任のところに謝罪に向かっているところなのだ。
(……仕方ない。こうなったらドサクサに紛れて退散しよう。どうせこのあと昼休みだし、チョロっと抜け出しても問題な――)
「でもさ、マジですごくね――ノーミスとか」
ふいに誰かが放ったひと言。
それがきっかけ。
「ノーミス? いやいやまさかぁ……ん?」
「あれ、どうだっけ? 一回くらいは引っかかってたような……」
「いや、言われてみればたしかにトラップにかかったところ見てないかも……」
一人を皮切りに、次いで他の生徒たちも気づき始める。
「え、マジじゃん! やばっ!」
生徒の一人がスマホを見ながら叫ぶ。
モニタールームに保存されていたリプレイ映像に早速アクセスしたのだ。
そこで完全に潮目が変わる。
「なあ、こんなことってあるのか……?」
「おかしい……よな?」
ダンジョンの設定は難易度“A-”の《
高校生はおろか、大人でも攻略は厳しい。
それを、ただの一度もトラップに引っかからず《
……異常である。
(これは……)
周囲の空気の変化に、時杉がゾクっとする。
嫌な予感がひしひしと伝わってきた。
――そして、その空気を感じ取った人物がもう一人いた。
「…………」
ピクリと動いた手。
時杉が《
「……ああ。たしかにありえねぇよなぁ」
「!?」
その声は静かだが、抑えきれない怒気をはらんでいた。
再び走った悪寒に、時杉が慌てて振り返る。
「豪山……?」
「おかしいと思ったぜ。そりゃそうだ。なんせソイツはノースキル……本来であれば《
クックック、と不穏に笑いながら立ち上がる豪山。
その態度は、まるで何か重要なことに気づいたとでも言いたげだった。
豪山の視線がギロリと時杉を捉える。
「テメェ……やりやがったな、なし男」
「え……」
時杉はギョッとした。
(なんだコイツ……。急になにを……――まさか!)
脳裏を
だが、そうではなかった。
そしてそれはある意味、時杉にとって最悪の誤解だった。
「どういうこと、アシュラくん?」
生徒の一人が尋ねる。
すると、豪山はこう声高に叫んだ。
「どうもこうもねぇっ! おい、なし男! テメェ、こっそりトラップ探知のアイテムを持ち込んでやがっただろ! 正々堂々の勝負にそんなもん持ち出しやがって、この卑怯モンがぁ!!」
「なっ……!?」
豪山の言葉に、時杉が目を見開く。
「ちょっ……え?」
「トボけんじゃねぇよ! でなきゃノーミスなんてありえねぇだろうがっ! その証拠にテメェ、あのときオレに言ったよな!?」
(あのとき……?)
なんのことかわからず眉をひそめる時杉に、豪山が叫ぶ。
「『止まれ。それ以上近づくな』……テメェはオレにそう言った! おかしいだろ! あんな
「……ッ!?」
それは、木の根による捕獲用トラップに豪山が引っかかる直前。
すでに一度自分で引っかかっていた時杉は、つい豪山に危ないから近寄るなという意味でその発言をしていた。
(こ、こいつ……)
言葉に詰まる時杉。
あれは単に時杉自身の人の良さが出てしまっただけなのだが、まさかそんな捉えられ方をするとは思ってもみなかった。
「トラップ探知か……たしかにそれなら説明がつくな」
「だな。オレもずっと変だと思ってたけど、そういうことか」
「え~じゃあ結局今日のなし男くんの
「うわ、サイテーじゃん」
他の生徒たちも豪山の言い分が正しいと思い始める。
その根底にあるのは、《スキルなし男》への固定観念。
これまで見下してきた相手が、自分たちより良い結果を出したことへの違和感……あるいは嫉妬や恐怖にも似た感情が、事実を否定する方向へと後押しする。
「どうよ!? 嘘だってんなら証明してみろ! 後ろめたいことがないなら言えるよなぁ!! あぁんっ!?」
正直なところ、これは豪山にとって最後の悪あがきでしかない。
獣が追い詰められ、がむしゃらに爪を振り回すような行為。
けれど、その爪は紛れもなく時杉の急所を突いていた。
(おいおいマジかよ……)
ここに来て、時杉は最大のピンチを迎えていた。
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こんな状況ですが、次回でDQN編完全決着です!
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