第20話 さらばDQN、また会う日まで……(同じクラスなので絶対また会う)

(右……左……次が上で……えっと、その次が……下? いや――)


「うおっ!」


 咄嗟に下げた頭の上をナニかが掠める。


(あっぶねぇ……。そうだった、……)


 恐る恐る顔を上げると、みきと区別のつかないほど太いつるが遠ざかっていく。


 まさに間一髪。

 紙一重の回避。


(すげぇなこれ……。もはをプレイしてるのとなんら変わらん……)


 表情には出さず、けれど時杉ときすぎの内心はドキドキだった。


 しかし、そんな風に冷や汗をかきながらも、なんとかことごとく蔓による連撃を回避した時杉は……。


「……ふぅ」


 トラップの有効範囲から抜け、額の汗を軽く拭う。


 その姿に、モニタールームが騒然とする。


『うぉおおおお……!』

『ま、マジかよ……抜けやがった……! あのトラップの猛攻を……!』

『いや、それもそうだけど……』



 ――あの《スキルなし》が……!?



 F組の全員の脳内に浮かんだ、共通の言葉。

 誰もが自分の目を疑った。


 そして、それはもちろんも同じ――。


突破クリアした……だと……! しかも、一発も喰らわずにだぁ……?」


 ――自分が突破できなかったトラップを、時杉が難なく突破した。


 その悪夢のような現実を、豪山ごうやまは受け入れることができなかった。

 握った拳がプルプルと震える。


「……ふざけんじゃねぇっ! ありえるかそんなもんっ!!」


 勢いよく立ち上がった豪山が、一心不乱に駆けだす。

 向かう先はもちろん――。


「もう攻略なんざどうでもいいっ! なし男、テメェはここでぶっ潰す!! ――【切り取りカット】!」


 走りながら両手を構えた豪山が叫ぶ。


「え……――うおっ!?」


 咄嗟に木の陰に隠れて避ける時杉。


 直後、盾となった木の幹が四角く吹き飛ぶ。

 支柱となる部位をスッパリと切り取られ、大木がバキバキと大きな音を響かせながら倒れた。


「雑魚が避けてんじゃねぇっ! 【切り取りカット】! 【切り取りカット】! 【切り取りカット】!」

「ちょっ……!」


 立て続けに放たれるスキル。

 時杉は同じように樹木を利用しなんとか回避する。


 豪山は完全に逆上していた。


『やめてください豪山君! これはそういう勝負ではありません! やめないならこのまま失格に――』


 いきなりの豪山の暴挙に、立会人である和歌森わかもり先生がマイクを通して叫ぶ。

 けれど豪山は止まらない。


「うるせぇっ! 外野はすっこんでろ! がっ!」

『なっ……!?』


 突然己の体重を暴露され、和歌森先生が白目を剥く。


『55キロ……!?』

『え~っと、先生の身長だと平均がたしか……』

『しっ! やめなよ! かわいそうでしょ!』


 次々と弱点をえぐる生徒たち。

 和歌森先生の動きが止まる。


「うぉおおおお!!!」


 その隙に豪山がさらに猛進する。

 まさかの状況に時杉は激しく動揺した。


(お、おいおい! 待て待て、このパターンは初めて……――あっ!)


 すぐさま距離を取ろうとする時杉。

 けれど、そこでふと気づいてしまう。


(ちょっと待て、は……)


 慌てて立ち止まり、豪山へと向き直る。


「お、おい、止まれ豪山。それ以上近づくと……」

「うるせぇぇ!! 命乞いを聞く気はねぇっつったろ!! テメェはここで終わりなんだよぉおおっ!!!」

「いや、そういう話じゃなくて、そこには――」



 ――シュルッ。



 時杉が言い終える前に、踏み出した豪山の足首に何かが絡みつく。


「あ?」


 違和感に向け視線を落とす豪山。

 その刹那――。


「ぐおおおおぉっ!!!」


 逆さまに持ち上げられた豪山の身体が、グンッと勢いよく上昇する。


(なんだ……なにが起きて……! さっきのツルか!? いやちげぇ、これは……!)


 かろうじて首を捻った豪山が見たもの。


 それはツルではなく、地面を突き破り地中から生えてきた木のだった。


(くそがぁ……このオレ様がこんな無様な格好で……!!)


 木の上に逆さ吊りにされる豪山。

 足首に巻き付いた根は彼の身体を引きずるように持ち上げると、そのまま地面から5メートルほどの高さで止まった。


 ジャングルには仕留めた獲物を木に吊るして保存する習性を持つ動物がいると言うが、今の豪山の状態はまさにそれに近かった。


(くそっ、オレとしたことが油断した! 捕縛用のトラップがすぐ近くにあったなんて……だが、こんなもんオレ様のスキルにゃ無意味なんだよぉ!!)


 スキルにより根を切断するため、すぐさま豪山が指を構える。


「【カッ――」


 しかし、それより早く次の罠が作動した。


 プワァアアア……!!!


「なっ!?」


 吹き出したのは、ピンク色をした煙。


(なんだありゃあ!? ガスかっ!?)


 正確に言えば、それは植物が発する花粉のような胞子ほうしだった。

 もっとも、ここが模擬ダンジョンであることを考えれば、胞子をした人工物ガスであるので豪山の予想はある意味正解である。


 が、今の彼にはそれを知るすべも喜ぶ余裕もない。


(なんだか知らんがヤベェ! あんなもんゼッタイ――)


 ――吸ってはマズい。


 直感でそう理解した豪山は、宙づりのままガスへと両手を構え直した。


 対処すべき優先順位の瞬時の切り替え。


 このまま落下してもガスの勢いより早く逃げるのは不可。

 ならばスキルで除去するしかない。


 さすがクラストップの攻略者。その判断の早さは見事だった。


 そう…………早さだけは。


「!?」


 【切り取りと貼り付けカット&ペースト】には二つの弱点がある。


 一つ目は、発動まで時間差ラグがある点。


 指を構える予備動作のせいで、どうしても使いたいタイミングで一歩遅れる。

 そのため足で踏んだ瞬間発動するような罠には間に合わず、一度喰らってから対処することになる。


 二つ目は、効果範囲が限定される点。


 物質のサイズが大きい場合、指の枠外にはみ出してしまうので切り取りきれない。

 通常、その場合は距離を取って画角を広げて対処するのだが、身動きの取れない状況ではそれもできない。



 ……そして、今彼が陥っているこの状況は、そのピッタリ当てはまっていた。



「なぁ……ッ!?」


 己の指を覗き込み、豪山が絶句する。


 枠内すべてが真っピンク……どころか枠を飛び越え見渡す限りガスの海。

 しかもその範囲は絶賛拡大中……。


「【切り取りカット】! 【切り取りカット】ぉ! 【切り取りカット】ぉおおっ!」


 狂ったように手あたり次第スキルを乱発する豪山。


 しかし、どれだけ叫ぼうと除去できるのは部分的。

 次から次へとガスはあふれ出し、みるみる広がっていく。


「クソが……ハァ……もう、体力が……ハァ……」


 一般的に、スキルとは無限に使えるものではない。

 使えば使うほど体力を消耗するからだ。


 ダンジョンで体力が底をつくこと――それすなわち《強制退場リタイア》。


 ゆえに、優秀な攻略者ほどスキルの使用回数には細心の注意をはらう。

 本来であれば乱発など論外。


 ちなみにここだけの話、時杉がランニングを日課にしているのはこのためでもある。

 いつかスキルに目覚めたときのために、体力だけはつけておこうと考えたのだ。


 なお、その様子をいつぞや同級生に見られた際は「え、なにアイツ。スキルも使えないのにめっちゃ鍛えてるんだけど(笑)」と馬鹿にされ、一時期あだ名が《無駄にストイックなスキルなし》だった期間があった。


 ――世知辛い過去である。



「わぷっ……! クゥッ……なんだこりゃあ目が……! ノドも……ゴホッゴホッ……みるっ……!」


 為す術なくガスに飲み込まれる豪山。


 ガスの成分は催涙さいるい系の刺激物質。

 ほとばしる眼球への激痛。止めどなく涙がこぼれる。


 加えてガスはのどや皮膚にも浸透し、その効果は全身にまで及んだ。


「ぐあッ……!! クソがあああぁっ……!!」


 ジタバタと宙づりのまま悶え苦しむ豪山。


(あーあ。だから言わんこっちゃない。人がせっかく忠告しようとしたのに……)


 そんな豪山の姿をガスの届かないところで見上げながら、時杉は思った。



 ……と、そこでたまたま豪山と視線が合った。



「おい、テメェ……なし!!」

「!」

「なに見てやがる……! 助けろっ! 早く下ろしやがれ……!!」


 必死の形相で叫ぶ豪山。

 苦しみからか、もはやなりふり構わず時杉に救出を要求する。


 ――だが。


「……ごめん、豪山」


 果たして言っていいものかどうか、時杉はギリギリまで迷った。

 けれど思い切って言ってみることにした。


「ッ!!!?」


 ガスで涙の滲んだ豪山の瞳が、これでもかと言うくらい大きく見開かれる。



 ――ダンジョンは弱肉強食。こいつは鉄の掟だ。弱者に救いなんてねぇ。



 己の放ったセリフが豪山の脳内で反響する。


(弱者……? この、オレが……?)


 茫然自失ぼうぜんじしつ

 伸ばしていた腕をだらんと垂らし、ついに動かなくなる豪山。


 そこで……彼の攻略は終わりを迎えた。


 ただその一方、時杉はこんなことを考えていた。


(いやまあ……というかそもそもガスに突っ込めないだけなんですけどね)


 あまりに憐れな豪山の姿に、時杉はちょっとだけ罪悪感を覚えた。


 けれどこれで後顧こうこうれいは断たれた。

 あとは自分との闘い。


 宙吊りのまま動かなくなった豪山を尻目に、時杉は前を向いた。




 そして――。




「はぁ……やっと着いた」


 ダンジョンの端にある壁を時杉がタッチする。



 そしてその瞬間、今度こそ2年F組のクラスカーストは逆転したのだった。

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