第19話 DQN VS 底辺ぼっち②

「では勝負開始前に改めてルールを……と言っても、内容は先ほどと同じです。モンスターなしのトラップ限定オンリーでの攻略速度対決。ただし、難易度は《熟練者エキスパート》で設定してあります」


 かくして始まる「DQN界のDQN」こと豪山ごうやまとの攻略対決。

 その直前、立会人を務める和歌森わかもり先生が改めてルールを確認する。


 と、その説明を聞きながら……。


(いや結局《熟練者エキスパート》なのかよ……!)


 時杉ときすぎはガックリと項垂うなだれた。


「うおお! これが《熟練者エキスパート》設定か! 初めて見るぜ!」

「うわやっば! めっちゃワクワクするんですけど!」

「いやいや視認性悪すぎだろ!w こんなんトラップなんてゼッテーきづけねーって!w」


(くそ、他人事ひとごとだと思っておもしろがりやがって……)


 はしゃぐクラスメイトたちに、心中で毒づく時杉。


 ただ、彼らにしてみればこれはお祭り。難しいほど面白いに決まっている。

 であれば当然、クラスカースト最下位の時杉の意見などに耳を貸すはずもない。


 そして、そんな彼らの前には今、ここがダンジョンであることを忘れてしまうほど異常な光景が広がっていた。


「これが《熟練者エキスパート》設定固有エリアの一つ――『樹海じゅかい』エリアです」


 鬱蒼うっそうと生い茂る樹木じゅもくの海。

 それはまるで、さながらアマゾンの奥地にある密林ジャングルだった。


(たしかにこれはエグいな……。つーか今にもなにか飛び出てきそうなんだが……)


 ゴクリと唾を飲む時杉。


 設定上、モンスターはいないはず。

 けれど気を抜いたら一瞬で背後から猛獣に襲い掛かられそうな迫力があった。


「ちなみに本日の設定では、近いところでいくと《品川区第3ダンジョン》と同等レベルにあたります」


 和歌森先生が続ける。


 口調が明るくないのは、教師としてはやはりまだこの勝負に納得いってないらしい。

 ちなみに時杉以外で唯一《熟練者エキスパート》に反対してくれたのも彼女だけである。


 が、それとは裏腹に生徒たちはさらに沸いた。


「品川第3……!? それって《初攻略開拓》まで何人もの攻略者を資格剥奪まで追い込んだあの!?」

「おいおい、トラップ系の高難度ダンジョンの代名詞じゃねぇか……!」

「うわっ、これ見て! ダンジョンランク“Aマイナス”なんだけど!」


 生徒の誰かスマホを操作し声を上げる。《ダンマス》のアプリで品川区第3ダンジョンの情報を調べたらしい。


 そこにはしっかりデカデカと“A-”の赤い文字がおどっていた。


 ちなみに各ダンジョンはそれぞれ細かく難易度に応じてランク分けされており、その中でも“A-”は文句なしの上位である。


「なお、今回は本来の授業内容ではありません。且つ、時間も限られているためワンフロアのみとします」


 ――つまり、フロアの端まで先にたどり着いた方が勝ち。


 ただ、これは方便であり、和歌森先生の配慮である。

 まともに5層だの3層だの潜っていては、二人ともゴールできないだろう……という。


 裏を返せば、それだけ《熟練者エキスパート》の難易度が高いということ。


「では健闘を祈ります」


 最後に和歌森先生がそう付け足す。


(マジでもっと強く拒否ればよかった……)


 時杉が後悔する


 だがもう遅い。

 巻き添えを逃れるため、時杉と豪山以外の全員が攻略記録用のモニタールームへと移動する。


 残された二人。

 あとは開始の合図を待つだけ。


『それでは二人とも、準備はいいですね?』


 マイクを通して和歌森先生の声が響く。


「おうよ!」

「……はい」


 ボキボキと指を鳴らし、意気揚々と前に出る豪山。

 一方、時杉は緊張の面持ちでゆっくりと前に出た。


 ――と。


「よう、なし。ブルってるか?」


 隣に立った豪山がニヤニヤと時杉に話しかける。


「あーあ、テメェも馬鹿だよな。どんな手を使ったか知らねぇが、ムダに目立つようなマネなんてしなけりゃ、オレ様の逆鱗に触れずに済んだのによ」

「…………」

「言っとくが、さっきみてぇな奇跡が二度も起こるなんて期待すんなよ? ダンジョンは弱肉強食。こいつは鉄の掟だ。弱者に救いなんてねぇ。でもって、もちろん……」


 豪山の口角がニヤリと吊り上がる。


「オレが強者で、テメェが弱者だ! だからテメェはオレ様に勝てねぇ、未来永劫ゼッタイにな! ギャハハハッ!」


 フロアに響く、下卑げびた笑い声。



 ――ダンジョンは弱肉強食。



 ゆえに、これは勝負ではなく公開処刑。

 王に歯向かった不届きな下民を、公衆の面前でボコボコにぶちのめすための舞台。


 豪山が言いたいのはそういうことだった。

 けれどそこまで言われてなお……。


「…………」


 時杉は言い返さない。

 どんなに舐められようが見下されようが、ジッと俯いて耐えるだけ。


 その代わり――。


「…………

「あん?」


 ボソボソと動いた時杉の口に豪山が反応する。


「んだよ、なんか言ったか?」

「…………別に」

「ハッ、そうかよ。てっきり命乞いでもするのかと思ったぜ。まあ仮にテメェがトラップに引っかかってどんだけ泣き喚こうが、オレ様がテメェを助けることは万に一つもねーがな。むしろその横で大爆笑してやるぜ!」


 再び大きな笑い声を上げる豪山。



 そして、いよいよとき来たる。



『二人とも、それでは行きますよ』


 スピーカーから和歌森先生の声が響く。


『よーい……スタート!』


 ビーという電子音が鳴る。


 ――勝負開始。


 まず先に動いたのは……。


「へっ! いくぜぇっ!!」


 合図と同時に全力で走り出す豪山。


 狙いは先の授業のときと同じく強行突破。

 ダンジョンのど真ん中を突っ切り、ゴールまでの最短ルートを突っ切る算段。


 一見無謀むぼうとも取れる行為。


 だが、これは豪山の自信の表れ。

 たとえ《熟練者エキスパート》であろうとも、己のスキルがあれば必ずや突破できるという強い自負心に基づいた行為。


(チマチマ進む気なんざねぇ! これがオレのやり方っ! 攻略スタイルっ! ノースキルのクソ雑魚ド底辺ぼっち野郎にゃ、逆立ちしたってできやしねぇ強者のやり方だ!!)


 生い茂る木々の中を駆け抜けていく豪山。

 だが、走り始めてわずか20メートルも進まないうち――。


「ッ!?」


(早速来やがったか……!!)


 早くも最初の罠が起動する。



 ――ヒュンヒュンヒュン!!!



 それは樹木に絡まっていたつるだった。


 周囲の木々から垂れさがっていたツルがほどけ、むちのようにしなりながら豪山に襲い掛かった。


 それも一本だけではない――同時に


『な、なんだあれ!? クソはえぇぞ!?』

『しかも一本一本生き物みたいに動いてる! あれじゃ鞭ってか蛇だぜ!』

『きゃあ! キモ~い!』


 モニター越しにおのの観客クラスメイトたち。


 彼らの目には今、ツルではなく緑色にギラつく三頭の大蛇だいじゃに見えていた。


 しかし、これこそ《熟練者エキスパート》。

 まさしく難易度“A-”たる所以。


 速さも量も、先ほどの標準ノーマル設定だったトラップとは桁が違う。


(くそがっ! こんなもんまともにけさせる気ねぇだろ! ……だったらよ!)


 高速で迫りくるツルに向かって、豪山が両腕を突き出す。

 そして伸ばした親指と人差し指をつなぎ合わせ長方形レクタングルを作り――。


「【切り取りカット】ッ!!」


 叫ぶと同時、ツルの一部がスッパリと空間から消失する。


 さらに続けざまに――。


「【貼り付けペースト】ッ!」


 残ったツルに腕の向き先を変え、豪山がまた叫ぶ。


 すると何もなかったはずの空間に切り取られたツルが出現し、尚も襲い掛かってきていた後続こうぞくのツルとぶつかり弾け飛んだ。


『うまい! 切り取った触手で相殺した!』

『すげぇ、さすがアシュラくんだ! あのトラップをしのぎ切るなんて!』


「ヘッ、どうよ! このオレ様を舐めんじゃねぇぜ!」


(いける! いけるぞッ! たとえ《熟練者エキスパート》だろうが、オレ様の実力スキルは通用する!!)


 いきなりの絶体絶命ピンチ

 けれどそれを乗り切ったことで、豪山は己に対する自信をさらに深めた。


 ……だがしかし。


 何度も言うが、このダンジョンの設定は《熟練者エキスパート》。

 これで終わるはずがないのだ。


「なっ……!!?」


 豪山の顔色が変わる。


 迫りくるは、今しがたほうむったものと同じツルによるトラップ。

 しかし今度は……。



 ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン――!!!!!



「ウソだろおい……」


 押し寄せる大蛇の群れ。

 その数は十か二十か。


 周囲にある無数の木々から伸びてきた無数のツルが、あっという間に豪山を取り囲む。


 回避は…………不可能だった。


「がはっ!!」


 逃げ場を失った豪山の脇を、横からの一閃が直撃する。

 咄嗟に腕を挟んだものの、ガードごと薙ぎ払われた豪山は軽々と弾き飛ばされた。


「ぐほぉっ……!!」


 勢いよく背中を壁に打ちつけ、呻き声が漏れる。


 そのたった一撃でもって、豪山は気づいてしまった。


(あ、ありえねぇ……これが《熟練者エキスパート》。こんなもん誰も《攻略成功クリア》できっこねぇ……)


 F組クラスのトップという自尊心プライド

 広く同世代を見渡しても、己も――己のスキルも有用であると疑いはなかった。


 なのに、その自分がこのザマ。


 となれば当然……。


(ましてや……あのなし男ごときじゃ、一生かかっても……)




 ――と。




「ば……馬鹿な……」


 おもむろに顔を上げた先。


 待っていたのは、豪山にとって本日二度目の衝撃。


 そしてその衝撃はやはり、一度目と同じく……。



 ヒュン――!


「……」


 ――スッ。



 ヒュン――!


「……」


 ――スッ。



 ヒュン――!


「……」


 ――スッ。





「……ふぅ」


 上下左右から襲い掛かるツルを避けきり、時杉は汗を拭った。

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