第18話 DQN VS 底辺ぼっち①

 スキルなし

 ノースキル敗残兵。

 スキルもなければ甲斐性もない底辺ぼっち。


 ……という数々の不名誉な異名を持つ落ちこぼれ。


 それこそが、時杉ときすぎ蛍介けいすけという人間に対するクラスメイト――ひいては全校生徒の共通認識だった。


 なのに。


 今まさに目の前で、その落ちこぼれがとんでもない好記録を打ち出した。

 この全く予期していなかった非常事態に、普段の扱いも忘れてクラスメイトたちは色めき立っていた。


「おいおい、18分35秒ってマジかよ! 学年の最高記録じゃねぇか!」

「お前、本当になしか!?」

「もしかして双子のお兄さんと入れ替わったとか!?」

「え!? てことはアイツ、時杉じゃなくて別杉べつすぎってこと!?」

「ああ、そういうことか! なら納得だ! やるじゃねぇか別杉!」



 べーつすぎ!! べーつすぎ!!



 沸き起こる別杉コール。


 その中心にあって、当の本人である時杉はただただ戸惑っていた。


(ちょっ、なんかいつの間にかすごい囲まれてるんだけど……。こんなに人に囲まれるとか、小学校のとき以来なんだが。まああれはコンビニから出てすぐ、高校生のヤンキーに小遣いをカツアゲされただけなんだけど……)


 蘇る苦い思い出。

 奪われたのは親からもらったばかりの五千円。


 あのときの泣き出しそうな樋口ひぐち一葉いちようの顔はたぶん一生忘れられないだろう。

 まあ正確には泣いたのは時杉自身だが……。


(つーか『別杉』ってなんだよ……。仮に俺に双子の兄がいたとしても、時杉は時杉だろ。なんで名字変わっちゃってんの? それもうただのよそんの人だろ……)


 が、すぐにかぶりを振る。


(いや待て、そんなこと言ってる場合じゃない! どうすりゃいんだこの状況!)


 真実はともかく、現状間違いなくこのダンジョンの主役は時杉だった。


 そしてそれは長らく《スキルなし男》として落ちこぼれ街道を爆進していた時杉にとって、ある意味で夢のような時間――。


(いやいやいや……)


 ――のはずなのだが、突然すぎてどう振舞っていいかわからない。


 そこに……。


「おい、なし男! テメェ、こいつはいったいどういうことだっ!?」


 そう叫んだのは、少し前にゴールしたばかりの豪山ごうやまだった。


「ど、どうって……?」

「とぼけてんじゃねぇ! テメェごときが20分切りだぁ? んなもんありえねぇだろうが! どういうことか状況を説明しやがれ!」


 ズンズンと時杉に詰め寄る豪山。

 あまりの剣幕に周囲も巻き込まれないと道を開ける。


「そんなこと言われても……。もう見たまんまというか……」

「ああん!!?」

「ッ!?」

「するとなにか? テメェはこのオレ様に実力で勝ちました、っつーわけかよ? おお?」

「いや、別にそういうわけじゃ……」


 ドスの利いた声ですごむ豪山に、思わずたじろいでしまう時杉。


 そしてついに二人の距離が手の届く距離まで近づき、豪山が勢いそのままに時杉の胸ぐらを掴もうとしたところで……。


「待ってください豪山くん」


 二人の間にサッと割り込んだのは、F組担任の和歌森わかもり先生だった。


「時杉くんはただ普通にダンジョンを攻略しただけです。それはいっしょにいた私が保証します」


 彼女は本授業における時杉とバディを組んだ人物。

 ゆえに、時杉の行動は一部始終見ていた。


「おいおいミホノちゃん。冗談はよせよ。時杉こいつがあんなタイム出せるわけねーだろ。ノースキルの落ちこぼれ野郎だぜ?」


 ハッと鼻で笑う豪山。

 けれど和歌森先生は首を振った。


「いいえ、冗談を言ったつもりはありません。私はきちんと後ろから見ていましたから。それに、スキルだけが罠を回避する方法じゃありませんよ? 授業でも教えたはずです。そして、今日の時杉くんはその点で素晴らしかったです。他の皆さんにもぜひ見習ってほしいくらいでした」

「先生……」


 生徒と担任。

 けれど体格だけで見れば圧倒的に劣る和歌森先生の毅然とした態度に、時杉が頼もしさを感じながら呟く。


 普段は生徒から友達感覚の扱いだが、さすがダンジョン攻略花形授業の担当教諭という対応だった。


 だが、もちろんそれで納得する豪山ではない。


「なにを言うかと思えば……見習えだぁ? このオレ様が……こんな落ちこぼれ野郎を……?」


 豪山のこめかみがプルプルと震える。

 燃料の投下された彼の心のマグマは、鎮まるどころかむしろ今にも噴火寸前のように見えた。


 もっとも、この怒り自体は理解できないでもない。


 日頃から見下しまくっていた同級生にいきなりワケも分からないうちに負けた。

 クラスのカースト上位の立場からすれば取り乱しても仕方ない。


 加えて豪山本人が賞賛を浴びて気持ち良くなっていた直後というのも間が悪かった。

 あれではとんだピエロである。


「……わかったよ。じゃあこうしようぜ」


 豪山が呟く。

 静かな口調なのが逆に恐い。


 いったい何を言うつもりだろう?


 身構える時杉に、豪山は指を差しながらハッキリと言った。


「おい、なし男。テメェ、オレ様と勝負しろ」

「!?」


(ま、マジかよ……)


「なにを言ってるんですか豪山くん! これは授業です! 勝負だなんて……そういうことをする場ではありません!」


 先に反応したのは和歌森先生だった。

 教師として、生徒の勝手な行動は見過ごせない。それが授業に関係ないことであれば尚更だ。


「まあ待てよミホノちゃん。そっちがさっき言ったんだぜ? 他のヤツにも見習ってほしいって」

「……どういう意味です?」

「だからよ。そんなに見習ってほしいなら、改めて手本を見せてもらった方が他のヤツのタメにもなるって話よ。んで、すごさを量るには比較対象がいた方がいいだろ? それをオレが買って出てやるっつってんのよ」

「なっ!? それは――」

「なあ、みんなも見てぇだろ!?」


 豪山が背後を振り返る。

 途端、事の成り行きを見守っていた生徒たちが騒ぎ出す。


「いいじゃんいいじゃん!」

「まだ時間余ってるしやろうぜ、ミホノちゃん!」


 彼らも内心、少なからず時杉の活躍に疑念があったのだろう。

 豪山を支持する。


「でも、だからといって……」


 尚も反論しようとする和歌森先生。

 けれど、そのただでさえか弱い声は自然と発生した「しょーぶ! しょーぶ!」というコールにかき消された。


「どうよ? みんな教えてほしいってよ? 教師が生徒の学びの機会を奪うなんて、そんなヒデェことするわけねーよなぁ?」

「それは……」


 チラッと背後を振り返る和歌森先生。

 目が合った時杉は、心の中でため息を吐いた。


(いやいや嘘だろおい、こっちはこれ以上目立ちたくないのに……。というか、ぶっちゃけこんな勝負やる前から結果なんて見えてるんだが……)


 こんな勝負ものやるだけ無意味。

 まともにやり合ったらどっちが勝つかなんて火を見るより明らかだった。


 なんたって相手は豪山。

 クラスカースト最上位のDQN。


 それでいて、ことダンジョン攻略においては強力なスキルを持つ実力者でもある。


(でも、ここで断ったらまたややこしくなりそうだし……。それに、さすがに和歌森先生にこれ以上迷惑をかけるのも……)


 しばしの逡巡しゅんじゅんの後、時杉は決断した。


(……仕方ない、か)


「……わかった。やるよ」

「時杉くん……」


 心配そうな和歌森先生の脇を通り、豪山の前へと出る時杉。


「お、なんだやる気じゃねぇか。そうこなくっちゃよ。言っておくが今度はさっきと違って衆人環視しゅうじんかんしだからな。せいぜい恥をさらさねーように気をつけるんだな。つっても、テメェの場合毎日が生き恥みてぇなもんか? スキルなし男くんよ」

「…………」


 煽りながら肩に腕を回してくる豪山に、時杉が無言で応じる。

 フワッと薫った香水の匂いが鼻についた。


「よし、じゃあルールは同じだ。トラップありきのダンジョンをどっちが早く攻略するか。ただし、もちろんトラップは全部リセットだ」

「ああ」


 異論はない。

 お互い一度クリアした身。同じでは意味がない。


「その上で、次は《熟練者エキスパート設定》にする」


 豪山のひと言に、周囲が再びザワつく。


「マジかよ! エキスパート!?」

「おいおい、そんなのタイムどころかクリアできるかどうか……」


熟練者エキスパート設定》とは、模擬ダンジョンで設定できるレベルのMAX。

 3年生の特別進学コースの生徒が使う難易度だ。


 とてもじゃないが2年生が通常の授業で使うものではない。


「豪山くん! それは――」

「いいよな……なし男?」


 和歌森先生の言葉を遮るように豪山が時杉を煽る。


「……フ」


 時杉が小さく笑う。

 返答はもちろん……。





「そこはちょっとさすがに話し合おう」


 君子くんし危うきに近寄らず。

 これが時杉のモットーであった。

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