第17話 進撃のDQN

「え~、今のようにですね、ダンジョンでは考えなしに突っ込んでしまうとあっという間に《強制退場リタイア》になってしまいますので、後続のみなさんはくれぐれも十分注意してくださいね」


 落下した生徒二人の心配はせず、和歌森わかもり先生が何事もなく振り返る。

 さすがダンジョン攻略担当。この程度は日常茶飯事、見慣れていると言ったところか。


「それでは気を取り直していきましょう。はい、続いて次の方~」


 仕切り直し。

 和歌森先生が次のバディを呼びよせる。


「よ、よし! いくぞ!」

「ああ……!」


 前の組の失態に刺激されてか、続く男子生徒二人組が緊張の面持ちで前に出る。

 これは一筋縄じゃいかなそうだ、と開始数秒で誰もが予感した。


 そういう意味では、先ほどの二人は授業の空気を引き締めるうえで良い生贄だったかもしれない。


 ちなみに人工物である模擬ダンジョンであっても《強制退場リタイア》は機能する。

 今頃瞬殺されたバカップルは施設の外に放り出されていることだろう。


 ただし、本家のようにペナルティがあるわけではない。

 ダメージについてもきちんと考慮されており、落とし穴程度ならせいぜいかすり傷や軽度の打撲で済むくらい。


 ゆえに、いくら失敗しても大丈夫な安全安心設計なのである。


(ま、だからと言って落ちたくはないけど……)


 時杉ときすぎが脳内で呟く。

 その考えは生徒たちも同じだった。


「どうする……?」

「とりあえずなるべく慎重に行こう。最悪ずっと壁伝いにチビチビ進むとか……」

「そ、そうだね。それがいいかも……!」


 生徒たちの間にどことなく弱気な空気が流れる。


「あ、そうだ言い忘れてました」


 と、ふいに和歌森先生が思い出す。


「実力テスト本番は時間制限がありますから、あまりゆっくり進みすぎると時間切れになっちゃいますから気をつけてください。ですので皆さん、慎重を期するのも大事ですが、なるべく攻略速度スピード面も意識してくださいね」


 生徒たちから沸き起こる「ええ~」という不満の声。


 しかし、そう言われたらやるしかない。

 生徒たちは皆覚悟を決めた。



 ――そこから先はまさに阿鼻叫喚あびきょうかんだった。


「きゃああああああああ!!!!!!」

「やめてやめてやめて……。虫だけは無理無理無理無理……」

「うわあああ! どうして僕の膝小僧ばかりを執拗にっ!!!」

「おほおおおお!! 電気ビリビリきもちいいいいい!!!」


 そこかしこから聞こえてくる悲鳴や絶叫。


 落とし穴に始まり、踏むと足元の網に捕らわれたり、通路の奥から巨大な鉄球が転がってきたり。

 それ以外にも飛び出す槍や撒菱まきびし、キツめのものでは電気ショックなどなど、古今東西いろいろな種類の罠が飛び出ては生徒たちを苦しめる。


 結果、ダンジョン内はあっという間に混沌(カオス)と化した。


 そんな生徒の奮闘を見守りつつ、和歌森先生は手元のスマホのタイマーを眺めながら表情を曇らせた。


(う~ん……思ったよりタイムが伸びませんねぇ。ちょっと厳しく設定しすぎちゃったかしら? 一応目標タイムは25分のコースなんですけど、まだ1組しか達成できていないというのはちょっと想定外でしたね……)


 最初のバディが潜り始めてから1時間弱が経過。

 生徒たちはお互いの進行の邪魔にならないよう数分おきにスタートしており、次で13組目。

 そのうち第6層に到達ゴールしたのは半分の6組だが、25分を切ったのはわずか1組。

 絶賛潜っている途中の残り6組においても、ペース的に目標タイムをギリギリ越えられるかどうかは怪しい。


 これには「テスト前のいいリハーサルになれば……」と思って今日の授業を企画した和歌森先生も少しだけ頭を痛めた。


 もっとも、すべては担当である自分の指導力不足。

 己を責めはしても、この件で生徒を責める気はない。


(どうしましょう? 教頭先生と相談してもう一度テストの内容を見直した方がいいでしょうか……?)


 クラス全体にも薄っすらと暗澹あんたんたる空気が流れ始める。

 授業リハーサルでこれでは、テスト本番はもっと厳しい結果になるのではないかという不安。


 けれどそんな雰囲気の中にあって、目を見張る活躍をする生徒がいた。


「あら?」


 和歌森先生の顔が上がる。

 視線の先にいたのは、一人の男子生徒。


 そう、彼こそは――。


「オラオラぁ! どけやテメェらぁ!!」


 ザ・DQNこと、豪山ごうやま愛修羅あしゅらである。


「まったくショボいやつらだぜ! こんなトラップなんざ生真面目に避(よ)けようとするからもたつくんだよ!」


 他の生徒がトラップを作動させまいと慎重に足の置き場を選ぶように歩く中、そんなもん関係ねぇとばかりにフロアをダッシュで駆け抜けていく。

 その勢いは後からスタートしたにも関わらず、すでに前にいるバディを追い抜く勢いだった。


「は、はええ!」

「さすがアシュラくんだ。前回のテストでもダンジョン攻略でクラス1位だっただけあるぜ!」

「ああ。ダンジョン攻略以外はすべてゴミみたいな成績だが、こと攻略に関して右に出る者はいない!」


 豪山の圧倒的進撃におののくクラスメイトたち。

 だが、そんな進み方をしていれば当然――。


「いやでも、あんな一直線に進んだんじゃ……」


 そう一人の男子生徒が懸念した直後だった。


「あ?」


 案の定、カチッという音が豪山の足元で鳴る。

 次の瞬間、天井から無数の槍が降り注いだ。


 見上げた豪山の視界を槍の雨が満たす。

 その背後では「きゃあ」という豪山とバディの女子生徒の声が響く。


 もはや回避は間に合わない。

 万事休す。


「……へっ」


 しかし、豪山は笑った。


 素早く両手を掲げ、親指と人差し指を交差する。

 さながら指でカメラの形を作るように。


 そして――。


「【カット】ッ!!」


 野太い叫び声とともに豪山の身体が光を帯びる。

 と同時、指で囲われた範囲の槍が跡形もなくパッと消え去った。


 それだけではない。

 彼はそのまま腕の向きを変えると――。


「――【ペースト】!!」


 照準をズラした先――今度は消えたはずの槍が出現し、女子生徒の頭上の降り注いでいた分の槍と相殺する。

 そして残った槍もそのまま二人の周囲に落下した。


「出た! アシュラくんの【切り取りと貼り付けカット&ペースト】!」

「アレに掛かればどんなトラップも切り取られ無効化される!」

「すげぇ! どう考えてもキャラにマッチしてない繊細なスキルだがすげぇ!」


 たちどころにトラップの危機を回避した豪山の姿に、再び歓声が上がる。


「へっ、どうよ。これがオレ様のスキル――【切り取りと貼り付けカット&ペースト】の威力ちからだ。オレ様にかかればトラップなんざ屁でもねぇぜ!」


 どよめく周囲に豪山が満足げに笑う。

 ここからは彼の独壇場だった。


 罠が作動してもお構いなし。

 引っかかったそばからスキルで強引にねじ伏せ、無理やり突破していく。


 待ち受けるトラップなど物ともせず、豪山は一直線に第6層ゴールへと突き進んでいった。


 そして――。


「ただいまの豪山君のタイム…………21分28秒です!」


 ――おおおおおぉぉぉぉ!!!!


 記録係の生徒が告げたタイムに、ダンジョン内に驚嘆の声が広がる。


「21分!? やっぱすげぇなアシュラのやつ」

「いいなぁ。わたしもアシュラくんとバディ組めばよかったぁ」

「え~どうしよ~、まだテストのチーム入れてくれるかなぁ?」


 次々に上がる他の生徒たちからの賛辞の声。


「わめくなわめくな。このくらいオレ様なら当然に決まってんだろ? テメェらがショボすぎんだよ」


 言葉とは裏腹に満足げに頷く豪山。


(ふん、張り合いがねぇぜ。こりゃテスト本番ももらったな。このクラスにオレ様の相手になるヤツなんざいねぇな)


 現時点で文句なしのトップタイム。

 これぞF組ナンバーワンという前評判通りの実力を豪山が見せつけ、この日の授業は幕を閉じた。







「――――ただいまのタイム、!!」

「なにっ!?」


 背後から聞こえた予想外の記録に、豪山は耳を疑った。


 ――えええぇぇぇええええええ!!!???


 ダンジョン内に響くクラスメイトたちの叫び声。

 それはもはや歓声と言うよりも戸惑いに近いどよめきだった。


 だが、そのことが豪山に聞き間違いでなかったことを確信させる。


(ありえねぇ! オレ様の記録を塗り替えただとっ!? そんなヤツにこのクラスに……まさか空閑くが? いやでも、A組のゴールは反対側の出口のはず……!)


 なら、いったい誰が……?


 慌ててゴールである第6層の入り口へと振り返る。

 見ると、クラスメイトたちが一か所に集まっている。


 その中心に立っていたのは……。


「なん……だと……」




 《スキルなし》こと――時杉蛍介、その人だった。

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