第16話 リア充は落下しろ

 ☆前回のあらすじ

 始まったと思った時杉ときすぎの時代が秒で終わった。トホホ。




(……いや、トホホじゃないんだわ)


 本日の授業は、模擬ダンジョンでのトラップ回避の演習。

 その二人一組バディ決めにおいて、時杉は見事に一人だけあぶれてしまっていた。


(……誤算だった。まさかスキルに目覚めた後までこうなるとは……)


 クラスメイトの誰とも目が合わない。

 まるで時杉蛍介けいすけという人間など、この場に存在しないかのような反応。


 無論、普段ならこの状況は必然である。

 複数人での攻略が鉄則であるダンジョンにおいて、誰もノースキル(役立たず)のお荷物など抱えたくないからだ。


 だが、今となっては時杉もスキルに目覚めた身。

 もうこんな悲惨な状況にはならないだろうと、実は密かに高(たか)を括(くく)っていたのだが……。


(う~む、完全に盲点だった。せっかくスキルを手に入れても、知られてなきゃ扱いも変わんないわな……)


 スキルについては他言無用――それがデルタとの約束。


 いくら目覚めたと言っても、まだせいぜい発動条件を把握しただけ。

 しかも一応は【一時保存セーブ】スキルと命名したものの、本当にそういう能力か確定したわけですらない。


 であれば、「まだ言わない方がよくない?」というのがデルタの判断。

 なお、そのことは時杉も同意の上だった。


(まあ、実際問題このスキルの効果ってめちゃくちゃ説明しづらいんだよな……。口で言うのは簡単だけど、理解させるのが難しいというか……)


 デルタがそうであったように、セーブ後にやり直した際の記憶を引き継げるのはあくまで時杉だけ。

 そのため、時杉が自分で言わない限りスキルが発動したか誰も気づけないのが現状なのである。


 そして、そのことがスキルの効果を説明する上で最大のネックとなっていた。


(仮にだけど、俺が今ここで【一時保存スキル】を使って『自分、たった今やり直しして未来から帰ってきました!』とか言っても、絶対誰も信じてくれないんだよな。それどころか頭おかしいヤツ認定されて、今より余計にハブられる可能性すらある……)


 そういう事情もあって、時杉はまだ誰にもスキルのことを話していない。

 クラスメイトはおろか家族にさえ。


 ただ、そう言っても時杉も人の子。


 この世に生を受けて苦節16年。ようやく手に入れたスキルだ。

 せめて《スキルなし》の汚名くらいは返上したいと思うのが人情である。


(くっそ~、もどかしい……。いっそ今ここで全部ぶちまけちゃおうかな? 「俺もついにスキルをゲットしたぜ! ふぉぉおおお!」みたいな。てか他言無用って、使っちゃダメともまた違うような……)


 と、そんな感じで時杉が悶々としている間に……。


「ごめんなさい、時杉君。今日のところはまた私といっしょになってしまいますけどいいですか……?」


 そう申し訳なさそうに声を掛けてきたのは、F組の担任である和歌森わかもり先生だった。

 一年生のときから時杉のクラス担任だった彼女は、今回のようなケースで毎回余った時杉と組んでくれていた。


「いや先生が謝ることじゃ……。それにまあ、慣れてますから。むしろこちらこそ毎回すいません……」


(まあぶっちゃけいい加減チーム組んだりとかやめてくれればいいのに……と思わなくもないが。こればっかりは仕方ないか……)


 しかし、いくら時杉が愚痴ったところでそうもいかない。


 授業のカリキュラムは、迷宮省で制定された指導要領に基づいたもの。

 現場判断で勝手に変えてしまっては、それはそれで問題となる。


 時杉はチラッと周囲を見渡した。


 他のクラスメイトたちは、各々仲のいい人間同士あるいはスキルの相性の良い者同士ですでにバディを組み終えている。

 今はどういうトラップが設置されているか予測し、事前に攻略プランを練っている状況だ。


「…………」


(……ま、別にいいさ。適当なクラスメイトと組まされてこの世の終わりみたいな顔をされるくらいだったら、俺としても和歌森先生と組む方がぶっちゃけラクだしな……うん)


「は~い、それでは皆さん準備ができたようなので、授業内容の説明をしますね」


 定位置に戻った和歌森先生がしゃべり始めると同時、生徒たちが向き直る。


「今日攻略してもらうのは第5階層まで。トラップは各フロアに20個ずつ設置してますので、それらを探知して回避しながら、ゴールの第6階層を目指してもらいます。もし仮にトラップを発動させてしまった場合でも、そのときはスキルなどを駆使し、適切に対処してもらえれば大丈夫です。ちなみに、テスト本番でも同じくらいの規模を想定しているので、今日はその辺りも意識して攻略に挑んでみてくださいね」


(なるほど。各フロア20……つまりゴールまで100個もトラップがあるってことか。さすがに全部と出くわすなんてありえないが、結構な規模だな……)


 和歌森先生の説明を受け、若干気が重くなる時杉。


 模擬ダンジョンのワンフロアは、だいたいグラウンド一個分と同じくらい。

 そこに20個のトラップとなると、安全地帯はそれほど多くない。


 スキルを使わず突破するのはかなり困難である。


「それでは準備するので少し待っててください」


 和歌森先生がスマホで模擬ダンジョンの管理システムを操作する。


 途端、だだっ広い無機質な四角い箱だったフロアが、あっという間に瓦礫の山がひしめく空間へと早変わりした。


「今日の設定は《鉱山》エリアです。テスト本番では、さらにもう少し視認性の悪いエリアを設定する予定なので覚悟しておいてくださいね」


 生徒たちから一斉に上がる、「え~!」という不満の声。


 そうこうしている間にも、いよいよ授業が始まる。


「では最初のバディのお二人、どうぞ~」


 和歌森先生に呼ばれ、一組の男女が前へと歩み出る。


「さあ、行こうかミクちゃん!」

「うん! がんばろうね、カズくん!」


 どうやらカップルらしい。

 白い歯を覗かせながら男子が差し出した手を、恋人である女子がギュッと握り返す。


「フフ。この程度のダンジョン、僕のスキルなら一瞬さ」

「わぁ、カズくんかっこいい!」


(バカップルめ……落とし穴にでも落ちればいいのに)


 ラブラブな雰囲気の二人に、時杉が私情バリバリの良からぬ想像をする。


 と、その直後だった。


「いくよ、しっかり掴まっててね――――【加速する道程アクセルロード】!」



 ――カチッ。



「「え」」


 ガコンッ。


「うわああああぁぁぁぁぁ…………!!!」

「きゃああああぁぁぁぁぁ…………!!!」


 スキルによる高速移動からコンマ数秒。


 パックリと開いた地面に仲良く吸い込まれる二人。

 遠ざかる断末魔。


(ホントに落ちた……!!)


 そのとき、時杉を含む独り身の生徒たちが小さくガッツポーズした。




 そう、ダンジョンとはこういう場所なのである。

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