第15話 来たる、俺の時代

 5月8日、火曜日――。



 時刻は朝の7時半ごろ。

 朝食のトーストを齧りつつ、時杉ときすぎはジッとテレビを見つめていた。


『は~い、ここからは《わが町ダンジョン》のコーナーです! 今日は静岡県にあります、なんと温泉のわき上がるダンジョンにお邪魔していま~す!』


 流れているのは朝の情報番組内のワンコーナーで、ご当地の珍しいダンジョンを紹介する人気企画。

 リポートしているのは人気若手女性アナウンサー。たぬき顔のかわいいルックスが特徴で、主に男性視聴者から絶大な支持を集めている。彼女の存在がコーナーの人気を支えていると言っても過言ではない。


 このコーナーを視聴してから家を出るというのが、中学校の頃から続く毎朝の時杉のルーティーン。

 これなくして一日は始まらないと言えるほど、時杉にとっては毎朝の重要な儀式である。


 の、はずなのだが……。


「…………」


 今朝の時杉はどこか上の空だった。


『このダンジョンは今ご紹介した通りですね~、攻略の途中で癒しを味わえるとあって非常に人気のスポットでして、週末には地元だけでなく他県からも多くの人が訪れるなど――』


 テレビから流れる女子アナの元気な声が、滑るように耳を通過していく。

 さきほどから視線こそ画面に向いているが、内容は頭に全然入ってこない。


 別に紹介しているダンジョンに興味がないとかではない。

 むしろいつもなら「ダンジョンで温泉!? 入りてぇ……」となっていたであろう。


 ゆえに、彼が今ボーっとしているのは他の理由。


(……やっと、んだよな)


 己の手のひらを見つめる。


 ――スキルの覚醒。


 長年の悲願が叶ったとあって、今朝の時杉は窓の外に広がる澄み渡った青空のように清々しい気分だった。


「スキル……スキルか。なんていい響きなんだ……」


 いったい昨夜から何度この単語をとなえただろう。

 今までは口にするどころか、頭の中で思い浮かべるのもはばかられていたむべき単語だったのに。


(なんだろう、まるで生まれ変わった気分だ。これがデトックス効果というやつだろうか……)


 自然と頬が緩む。


 あまりに緩みすぎて、先に家を出た母親と妹からは「え、なんでそんなにニヤニヤしてんの?」とそろってドン引きされてしまった。

 しかも妹に至っては「キモっ」のオマケつき。


 なお、頬の腫れは朝になったらちゃんと引いていた。

 夜通し氷嚢ひょうのうを当てながら寝たおかげである。


 そして一応補足すると、デトックス効果とはマッサージやサウナなどで体の中に溜まっている毒素や老廃物を出して疲労回復などの効果を期待するものであり、全く勘違い。


(クク……きてる! 《未攻略ダンジョン》の攻略にスキルの獲得……今、時代の流れは完全に俺に来ている! まるで背中に『時代』と書かれた羽が生えてきたかのようだ……!)


 なんならこのまま学校まで飛んでいけるんじゃなかろうか?

 そんな世迷言よまいごとすら脳裏をよぎる。


 そう――なにを隠そう彼は今、絶賛浮かれていた。


 ちなみに、《未攻略ダンジョン》の攻略達成に関する連絡はまだどこからも来ていない。

 念のため《ダンマス》を確認したところ、例の北区第13ダンジョンのステータスはきちんと『攻略済み』に更新されていたにも関わらず。


 そのことをデルタにも相談したが、彼女の反応は「う~ん……ま、そのうち来るんじゃん?」と実にさっぱりしたものだった。


(まあデルタあの人、富とか名声とかそういうのあんま興味なさそうだからな……)


 世の中には、「そこにダンジョンがあるから」などと言いながらただ困難を求めてダンジョンに潜り続ける人間もいる。

 それこそ某格闘ゲームの主人公のように、「俺より強い奴に会いに行く」的なノリで。


 もしかしたらデルタもそっち系の人間なのかもしれない。


(それにしたって気にしなさすぎな感じもするけど……)


 とはいえ、攻略の最大功労者がそんなテンションであれば、添え物の時杉が出しゃばるのも気が引ける。


(いいさ。それはそれ、これはこれ。今はスキルが手に入ったことを喜ぼう)


『ではみなさ~ん、今日も一日がんばりましょ~う! いってらっしゃ~い!』


 と、そうこう考えているうちにテレビからコーナーの終わりを告げる声が。


「あ、やべ」


 我に返った時杉が時計を見る。

 すでに家を出なければならない時間。


 時杉はトーストを牛乳で流し込むと、カバンを掴んで家を出た。


(行くぜ! ここからが俺の時代だ!)



 ◇



 ☆――赤羽深淵高校第3模擬ダンジョン:第1階層――☆


 ダンジョンが突如として世に出現して約80年。


 義務教育化に伴い迷宮省めいきゅうしょうが制定したルールによって、学校の運営には攻略訓練のための施設を充実させることも義務付けられている。


 そのため、各学校は敷地内に大なり小なりダンジョン攻略専門の別棟を備え、施設の充実具ぶりを受験生へのアピール材料にしていることも多い。

 有名私学に至っては、本校舎よりダンジョン関連の施設の方が遥かに広大なケースもザラにあるほどだ。


 それは赤羽あかばね深淵しんえん高校においても例外ではなく、公立の割に比較的施設が新しいことが学校のウリの一つとなっていた。


 この模擬ダンジョンもその一環。


「それでは今日のダンジョン攻略の授業は、GW前の復習も兼ねてA組とF組でトラップ対処の合同演習を行いま~す」


 そう集まった生徒たちに告げたのは、F組の担任である和歌森わかもり三帆乃みほの先生だった。


 フワフワとした聖母のような雰囲気の女性で、一部の生徒からは親しみを込めて『ミホノちゃん』と呼ばれている(なお本人は「私の教師としての威厳って……」と割と本気で悩んでいるらしいが)。


 一見戦闘どころか運動にすら向いてなさそうであるが、こう見えて彼女の専門教科はダンジョン攻略である。


「先日案内したとおり来週には実力テストもありますから、しっかりおさらいしましょう。それでは早速ですが、みなさん二人一組のバディを作ってください」


 指示に従い、生徒たちがゾロゾロと動き出す。

 お互い普段からいっしょにいる友だち同士でなんとなく自然にバディを組んでいく。


 そんな中、F組の生徒の一人が和歌森先生に向かって手を上げる。


「あ、ミホノちゃん~」

「はい、なんでしょう?」

「うちのクラス31人だから一人余るんだけど~」

「あら、そういえばそうでしたね。この中にまだバディのいない人はいますか~?」



 その瞬間、一斉にクラスメイト全員の視線が時杉に集中した。



(はい。俺の時代終わりました)

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