第14話 夜の特訓!!(そういうアレではない)②

 スキルの検証が始まってしばらく――。



「おうちに帰りたい……」


 時杉ときすぎは泣いていた。


「ごめん! ほんとごめん!」


 ここはダンジョンの第1階層。

 度重なる失敗を受け、時杉とデルタの二人はいったん小休止を挟んでいた。


「もう一回! あともう一回だけ! 次はほんとに任せて!」

「いやいいですよ! そう言ってもう何回失敗してるんですか! 見てくださいよこの頬! 膨れすぎて餅みたいになってるんですがっ!?」


 座り込む時杉に対し、今度こそとしゃがみながら手を合わせるデルタ。

 だが、その信用は地にちていた。


 積み上げた失敗の数は二桁を超え、その間スキルは一度も発動していない。

 しかもあれだけ自信満々だった割にデルタのパンチの精度は一向に改善されず、時杉の

 ダメージは蓄積するばかり。


 そのため今や時杉の頬は、左側だけ尋常じゃないほど赤く腫れ上がっている。

 さながらおたふく風邪(Lv.MAX)。


 結果、もはや今宵こよいはスキルの検証会というより、時杉がどれだけパンチに耐えられるかの耐久力テストの様相をていするところまで来ていた。


「でもさトッキー、ここでやめちゃったらスキルのことがわからないまんまだよ? それでもいいの?」

「くっ……」


 もちろんよくはない。

 だからこそ、こうしてここまで耐えているのだ。


「けど、実際問題もうネタ切れっていうか……」

「まぁね~。なんだかんだケッコー試したよね。別の自販機に替えたり、もっと下層したに潜ってみたり。あとボス戦限定ってわけでもなかったし」

「はい……」


 指折り数えるデルタに、時杉も頷く。


 ここまで散々失敗してきた二人だが、考えなしにただ《強制退場(リタイア)》を繰り返したわけではない。


 ――ひとつの自販機で一回のみ。

 ――浅い階層では発動しない。

 ――相手がボスのとき限定。


 様々な条件を想定しながら失敗のたびに状況を変え、試行錯誤トライ&エラーを繰り返した。


 しかし、現状ではどれも成功には結びついていない。


(くそ、なんで発動しないんだ……。いったいあのときと今とで何が違うんだ……?)


 漂う手詰まり感に、時杉にも焦りと苛立ちが募り始める。


 せっかく念願のスキルを手に入れたと思ったのに、肝心の使い方が分からなければ宝の持ち腐れ。

 それどころかここまで発動しないとなると、あの夢はスキルによるもの――という前提すら疑わしくなってくる。


「え~どうする、これでまさかのGW限定とかだったら?」

「それは……めちゃくちゃ最悪ですね。さすがにありえないと思いたいですけど」


 時間帯限定なら聞いたことがあるが、期間限定はさすがにない。

 それもGW限定なんて使い勝手が悪すぎる。


 もしそうなったら、時杉は毎年GWのわずかな間だけしか世に浮上できないことになる。

 さながらセミのような人生。地獄だ。


「アハハ。でもさ、もしホントーにそんな感じだったら、GW……ってなるよね」

「!」


 ふと――時杉の頭をなにかが横切る。

 ある種の確信めいた閃き。


「それだ!」

「うわっ」


 ガバッと立ち上がる時杉。

 デルタが何事かと見上げる。


「な、なになに? どしたん、急に?」

「……それです。今言ったやつ」

「え?」

「わかったかもしれません……スキルの発動条件」

「え、マジで?」


 ポカンとするデルタ。

 そんな彼女に、時杉は己の考えを説明し始めた。


「実は昨日、今と同じようなことを言ってたんです」

「同じようなこと?」

「一生GWだったらいいのに、ってやつです。で、あのときの俺はこう言ってました」


 ――あ~あ、もういっそ今この時間をできないかな……。


「セーブ……ああ!」


 デルタがポンと手を叩く。


「もしかしてそういうこと!?」

「はい。たぶんそれがキーワードなのかなって。スキルってみんな使うとき名前を口にするじゃないですか。だから俺も、あの呟きがトリガーだったのかもと思いまして。場所もまさに自販機の前でしたし」

「なるへそ~。つまりトッキーのスキルの正体って……」

「恐らくは『任意のポイントから攻略をやり直すことができる』――とかそんな感じだと思います」

「ははぁ、たしかにそれっぽいかも」


 真剣な表情で呟く時杉に、デルタも同意する。


 そして、デルタは勢いよく立ち上がってさらにこう言った。


「よし、じゃあ今日からそのスキルの名前は【一時保存セーブ】スキルってことにしよう!」

「【一時保存セーブ】……」


 まだ再現もできてないのに気が早すぎでは……?


 しかし、そう思いつつも、どういうわけか時杉本人もその名称なまえはやけにしっくりきた。

 そのまんまと言えばそのまんまだが、「まさに」という感じがする。


(それが俺の……)


 けど、ここでわかりやすく浮かれたりしないのが時杉という人間。


「まあでも、もちろんまだ100%そうだと決まったわけじゃないですけどね」

「いやいやいや、それしかないって! だってバッチシだもん!」

「そう、なんですかね……?」

「絶対そうだよ! やったじゃんトッキー! ついに見つけたね!」

「ちょっ、痛いんですけど。ただでさえ俺の身体ボロボロなんですから……主に頬が」


 バシバシと満面の笑顔で時杉の背を叩くデルタ。

 けれど口では抗議しつつ、時杉は内心イヤじゃなかった。


(……ま、いいか。それに、なんだかんだ言ってここまで付き合ってくれて感謝しないとな)


 まるで自分のことのように喜んでくれるデルタを見て、時杉はそう思った。


「よし、そうとなったら早速試してみようよ!」

「え゛」


 デルタが拳を握る。

 その瞳は夜空に輝く星のようにキラキラ輝いていた。


 が、一方の時杉はそういうわけにはいかない。


「ええ!? ちょ、今すぐですか? 後日にしません? 時間ももう遅いし……」


 時刻はすでに0時を回っている。

 昨日に続いてまた寝不足はさすがに明日に支障が出る。


 というよりも――。


「なに言ってんの? 鉄は熱いうちに打てって言うでしょ?」

「そうかもしんないですけど、もう俺のほっぺたもだいぶ限界に近いんですが……」

「まだ右があるじゃない」

「いやだめですよ! 両方ったら明日俺メシ食えなくなっちゃいますって!」

「心配しないで。そんなときのための流動食でしょ?」

「たぶん違うっ!」


 シュッシュッ、と左手でシャドーをするデルタ。

 狙うはまだまっさらなままの時杉の右頬。


「つーかダメージを残さず殴るとかって話どこ行ったんスか!? さっきから全然実践できて――「せいっ!!!」――ほげぶっ!!」


 宣言通りの左フック。

 これまでと違い、時杉の右頬が弾け飛ぶ。


(ぐぅおおおっ!! やっぱ一瞬で意識刈り取れてねーし! つーか痛みに慣れてきた分、逆に俺自身どんどん耐性ついちゃってるんだが!?)


 ゆっくりと倒れる時杉。


 じんじんとした痺れが徐々に脳の奥へと響いていく。


(あ、ダメだこれ……。たぶんまた失敗だわ……だって全然いてぇもん……。ちくしょう、こんな思いするくらいなら……閃いたとか言わずに……帰って……おけ……ば…………)



 🌀🌀🌀


 🌀🌀


 🌀



(……ん)


 目を覚ました時杉を待っていたのは、先ほどまで見ていた景色と全く同じ光景だった。


 凸凹でこぼことした地面。剝き出しの地層。薄暗い明かり。

 北区第13ダンジョン。その入り口を潜ってすぐの第一階層。


 だが、時杉はすぐにその異常おかしさに気がついた。


(どうして、まだダンジョンの内側なかにいるんだ……?)


 通常、《強制退場リタイア》したなら目を覚ますのはダンジョンの外側そと


(もしかして……)


 殴られたはずの右の頬をさする。


 すると――。


……?)


「ごめん! ほんとごめん!」

「!」


(え……)


 目の前の金髪の少女が申し訳なさそうに手を合わせる。

 これまた見覚えのある光景。


 いや、それどころではない。

 声もセリフも表情も、なにからなにまで数分前といっしょ。


(これってもしかして……)


 事ここに至って、時杉は完全に察した。


「ん、どったの? あ、もしかしてまた失敗したから怒ってる? ごめんて~、次は絶対マジで痛くないようにするからさ~」

「いや、そうじゃなくて……」

「?」


 まだピンとこないデルタ。

 そんな彼女に、時杉はハッキリと告げた。





「あの、すいませんデルタさん……成功してます」

「お?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る