第13話 夜の特訓!!(そういうアレではない)①

 その日の夜。


 なんとか自宅にてひっそり豪山ごうやまに一矢報いた(※本人比)時杉ときすぎは、二夜連続で飛鳥山あすかやま公園へとやってきた。


『やっほー! 約束どーり今夜は10時集合ね! また自販機の前にいるから! 時間厳守だよ!』


 駐輪場に自転車を停め、改めてデルタからのメッセージを確認する。


 時刻は21時58分。

 自販機の前にはピッタリ22時に着く計算。


(フッ……我ながら完ぺきなタイムマネージメントだな)


 謎に誇らしげな感情を抱きつつ公園の中へと入っていく。


 だが。


「……いないじゃん」


 約束通り自販機の前に来たのに、呼び出した張本人デルタがいない。

 ウキウキで来た分、時杉は少しガッカリした。


(時間厳守って言ったのに……。まあいっか、ジュースでも買って待ってよ)


 そう思い自販機にスマホをタッチする時杉。


 すると――。


「だーれだ?」


 ピッ――ガコン。


「……あの、セリフと行動が合ってないんですが」

「ふぉーお?」


 取り出したペットボトルに口をつけながら、はて?と首を傾げる金髪の美少女。

 服装は昨日と同じく白い制服。そして、腰には青い刀。


 デルタだった。


「そうですよ。なにまた当たり前に人のカネでジュース買ってんですか」

「まあまあ、今夜は無礼講でしょ? ほら、昨日のお祝いってことで。はいカンパ~イ」

「いや飲んでるのそっちだけなんですが……」


(まったく……昨日といい今日といい、この人もしかしてよっぽど金欠なのか? でも、それなら魔石全部くれるなんて言うわけないし……つーかほんと好きだなメロンソーダ)


 相変わらず身体に悪そうな緑色の液体をおいしそうに喉に流し込むデルタ。

 その姿に若干呆れつつ、時杉は尋ねた。


「というかどこに隠れてたんですか? 全然見当たらなかったんですが」

「ん? 真後ろだけど? しかも駐輪場からずっとね」

「マジっすか!?」

「フフフ、隙だらけだよチミ~。そんなんじゃダンジョンで生き残れないぜ?」

「……」


(……今度から360度警戒しよ)


 時杉は誓った。


「さて。それじゃ、早速だけど


 ペットボトルの中身をグイッと一気に飲み干したデルタが言った。


 そう。

 今夜二人が集まったのは、単に昨夜のダンジョン攻略の慰労会というわけではない。


 ズバリ――時杉に目覚めた(?)スキルの検証会のためである。



 ◇



 ☆――東京都北区第13ダンジョン:第1階層――☆



「そもそも、まだいまいち信じられないんですよね……」


 ダンジョンに潜ってすぐ、入り口付近で立ち止まった時杉が首を捻る。

 今夜はあくまで攻略ではなくスキルの確認が目的のため、奥へは進まない。


「まさか俺にスキルが~みたいな話?」

「はい。実感が湧かないというか……欲しいとはずっと思ってましたけど、あんなひょっこり気づかぬうちに目覚めるもんなのかと……」

「う~ん……どうだろうね? その辺は人によってマチマチだと思うけど」

「そういうもんですか……」


 ――スキルの発現。


 それは無論、物心ついたときから続く時杉の悲願。


 ゆえに本来であれば狂喜乱舞するところだが、現状ではまだ半信半疑だった。

 ハッキリとした覚醒イベントがあったわけでもなく、それらしい現象がヌルッと起こっただけ。


 これが俺のスキルだ、という確信が持てない。


「まあでも、だからこそなんと言ってもまずはだよね」


 時杉の正面に向かい合うように立ち、デルタが言った。


「やり直し? 巻き戻り? ……なのか知らないけど、どうなればが起きるか。あとは自動オートなのか、それとも手動セルフなのかとかね。自由にできたら一番最高だけど」

「……たしかに。下手したら意味ないタイミングで発動する可能性もあるのか……」


 デルタの発言に時杉も同意する。

 まずは同じ現象を起こせないと検証のしようもない。


「で、なんか心当たりない? まあ状況的に発動したのは少なくとも《強制退場リタイア》のタイミングだろうけど」

「う~ん……」


(心当たり……か。なんだろう? なにかあったか……? 少なくともダンジョンに来る前はなにもなかったはずだけど……)


 思い起こせば、昨日は至って普通の休日だった。


 朝食も昼食も夕食も、三食すべて家で食べ。

 あとはせいぜい日課のランニングと、それ以外の時間は適当にアプリで無料漫画を読み漁るか、適当にダンジョン関連の動画を見たくらい。


(俺の休日って……)


 己の典型的なボッチのダメ人間生活に震える時杉。


 だがそれはともかく、やはり特別なことをしたという記憶はなかった。


(だとするとやっぱり、何かあったのは公園ここに来てからだよな……)


「あ」


 と、そこで思い至った。


「そういえば、あの自販機はどうですかね?」

「ああ、あれかぁ……なくはないかも」

「はい。戻ってきたのもあの自販機ですし」


 スキルが発動した後、時杉が目を覚ました場所。

 であれば、なにかしら関与している可能性はある。


「スキルはダンジョンとその周辺でしか発動しないですけど、あそこならギリ圏内っぽいですし」

「なるへそ。とすると、きっかけはジュースを買ったこと?」

「わかりませんが、そうかも……」

「まあ仮にもしそうだとして、あの自販機オンリーなのかな? いやさすがにそれだと限定的すぎるよねぇ。自販機ならなんでもいいのかな?」

「どうでしょうね……いろいろ可能性はありそうですけど」


 二人で意見を出し合い、想像を巡らせる。

 と、そこでデルタが手を叩いた。


「ま、いっか。こうなったらとりあえず思いつく限り試してみよう」

「試す?」

「うん。さっきもうあの自販機で飲み物は買ったでしょ? だから一回ダンジョンここで《強制退場リタイア》してみて、自販機の前あそこに戻るかどうか試してみようよ」

「なるほど」


 このダンジョンはすでに《攻略済み》。

 であれば、何度《強制退場リタイア》したところで問題はない。

 手あたり次第試してみようというわけだ。


 そうと決まれば、あとはどうやって《強制退場リタイア》の条件である、気絶やらの攻略不能状態に持っていくかだが……。


 ――などと時杉が考えたときには、デルタはすでに振りかぶっていた。


「よし、じゃあいっくよー」

「え? なにする――「せいっ!!!」――ぶべらっ!!」


 無防備な時杉の左頬に拳がめり込む。


 それがデルタの渾身の右フックだと理解したのは、時杉が目を覚ました後だった。



 ・・・


 ・・

 

 ・



「いやあ、どうやら違ったようですなぁ」

「……そうですね」


 ダンジョンの入り口付近。

 残念そうに呟くデルタの隣で、時杉は仰向けになって夜空を見上げていた。


 その頬は左側だけ赤く染まり、スキル発動失敗を如実に物語っていた。

 もし成功していたならば、殴られた事実もなかったことになり無傷だったはず。


 その姿を見て、デルタが「いやぁ」と申し訳なさそうに頭をかく。


「ごめんね? 失敗したときのこと考えてなかったよ。ほっぺた大丈夫? どうせ“やり直し”たら痛みも消えるしと思って、つい本気でいっちゃったんだけど……」

「……まあ、一応」

「さて、次はどうしよっか?」

「え!? まだやるんですか!?」


 ギョッとする時杉。

 今まさに盛大に失敗したのに、という気持ち。


 だが、それに対してデルタは「当たり前じゃん」と言い切った。


「まだまだ、可能性のある限り試してみないと」

「いやでも、やっぱりもう少し慎重に検討してみた方が……。下手したらスキルが発動する前に俺の身体の方がもたないっていうか……」

「だいじょーぶだいじょーぶ。今度はうまくいくから」

「そ、そうなんスか……?」


 なにか根拠でもあるのだろうか?

 もしやもうスキル発動の法則を見つけたとか?


 そんな期待が脳裏を過ぎる時杉に、デルタは自信満々にこう言った。


「次はさっきより顎の下を的確に狙って、一瞬で気絶させてあげる」

「そういうことっ!? うまく、ってダメージそっちの方っ!?」

「うん! 今のでコツは掴んだから!」

「いや、うんって……」


 そもそもその発言は失敗が前提のものでは……?


 しかし、そうは思いつつもようやく目覚めたかもしれないスキル。

 自由に使えるようになりたいのは山々。


「……信じて、いいんですね?」

「まかせて! アタシを大船おおぶねの船長のつもりで!」


 デルタがドンと胸を叩く。


 その確信めいた態度に、時杉も腹をくくった。


「はぁ……わかりました」

「おお、さっすが男の子! ナイス度胸!」

「その代わり、お願いしますよ?」

「オッケー!」


 いっくよー、とブンブン腕を回すデルタ。


(まぁ、こんだけ自信満々ならさすがに大丈夫だろ。そもそもスキルが発動すれば何も問題はな――)


「せいっ!」

あっッ!!」




 ※この後めちゃくちゃ失敗した。

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