第12話 スクールカーストは変わらないよどこまでも

(あっれ~……???)


 赤羽深淵あかばねしんえん高校、2年F組。

 その教室内の自席で、時杉ときすぎはただただ呆然としていた。


(おかしい……どうなっているんだ……? 《未攻略ダンジョン》だぞ……?)


 最初に違和感を覚えたのは校門。

 時杉の脳内ではマスコミが殺到して大騒ぎの想定だった。

 しかし、殺到するどころかそれらしい影すらない。


 続いて下駄箱。

 もしやラブレターの一つでも入っているかも……と思いきや、そんなことはなく。


 そして、極めつけは教室。

 時杉が扉を開けた瞬間の反応、それは無。


 誰も何も言わない。声を掛けてくる者もいない。

 それどころか、遠巻きにヒソヒソと噂している様子すらない。


 結局、時杉が登校から着席までに掛けられた言葉と言えば、学年主任による「眠そうだな。若いんだからもっとシャキッとせい」という叱咤しったくらい。


 総じていつもと変わらぬ凪のような日常。


 だが、ハッキリ言ってこれは異常な事態だった。


「――というわけで、国内に存在するダンジョンは、すべて《迷宮省めいきゅうしょう》と各自治体の事務局で管理されています。《ダンジョンマスター》――ダンマスですね、の情報も迷宮省のデータベースと連携しており、マイナンバーなどとも――」


 滑るように通り抜けていく教師の声。

 さっきから授業にも全然集中できていない。


「…………」


 こっそりスマホを覗き見る時杉。

 すでに朝から何十回と繰り返した行為。


 しかし。


(……やっぱりない、か。聞いた話じゃ、たしか《開拓者》には《迷宮省》からすぐに連絡が来るって噂だったのに……)


 迷宮省とは、ダンジョン出現とともに創設された新たな行政機関である。

 その名の通り中央省庁の一つに位置し、国内のダンジョンに係る全般を管轄している。


 そして《開拓者)――すなわち《未攻略ダンジョン》の攻略者には、この迷宮省から事実確認やら表彰やらについて連絡が来るはずなのだが、いまだに時杉のもとへ音沙汰はなかった。


(おかしい……。さすがに公務員だし夜の間に、ってことはないと思ってたけど、朝からメールの一通もないなんて……)


 疑問……それどころか、徐々に不安と焦りがつのり始めてくる。


 だが、そんな時杉の想いとは裏腹に、その後も時間だけが過ぎていき――。





「……マジか」


 気づけば放課後。


 結局、時杉のもとへは電話はおろかメッセージの一通もなかった。


(くっ……仕方ない。なんだか催促さいそくしてるみたいで気が引けるけど、家に帰ったらこっちから連絡してみるしかないか……)


 元来、時杉は目立ちたい性格タイプではない。

 それゆえに今回のようなケースで自分から連絡するというのは、「どうだ、俺が開拓者だぞ? さあ称えろ」とアピールしているようで、正直なところ不本意だった。


 だがその一方、未攻略ダンジョン攻略自分の功績をきっちり認知してもらいたいのも、一人の人間としての素直な本音。


 というわけで、帰宅のため時杉が席を立とうとしたところで――。


「お~う、《スキルなし》く~ん! 元気してっか~?w」


(げ)


 話しかけてきたのは、見るからにDQNな風貌の男子生徒。

 剃り込みの入った赤いスキンヘッドに鼻ピアス、それに筋骨隆々な肉体。


 クラスの中心的人物である、豪山ごうやま愛修羅あしゅらだった。


 ちなみにGW前日に時杉をからかってきた人物でもある。


「お? なんだよ、今イヤそうな顔しなかった? もしかしてオレ嫌われてる?」

「……イヤベツニ」

「だよなぁ~。まさかノースキルで学年最下位のオメェが、成績上位10名トップテンのオレに話しかけられてうれしくないわけね~よなぁ?」

「……ソウダナ」

「にしてもついてねぇよな~。今度の実力テストがダンジョン攻略なんて。むしろオマエの方が学校に嫌われてんじゃね?」

「……カモナ」

「あ~あ、オメェにもオレの【切り取りと貼り付けカット&ペースト】みてぇなオシャレで役に立つスキルがあればよかったのにな~」


 おもむろに近づいて来た豪山が、バシバシと時杉の背を叩く。


(こいつ、なんでいっつも放課後とあらば絡んでくるんだよ……。あと人の机に勝手に座るな。つーか散々いじってるけど、こっちは未攻略ダンジョン攻略してんだぞ…………まだ発表されてないけど)


 という時杉の心中は当然察することなく、豪山は勝手にしゃべり続ける。


「お、そうだ聞いたか? 今度の実力テスト、どうやらだってよ」

「!」

「オメェ、どうせまた組むヤツいねーんだろ? オレんとこ入れてやろうか?」

「え」


 どういう風の吹き回しだ?

 まさかの提案に、時杉がピクッと顔を上げる。


 ――と。


「なんかついでに聞いた話じゃ、成績下位のヤツと組むと評価がプラスになるんだと。なんで学年最下位オメェをチームに入れりゃあ評価爆上げってわけよ」

「え? そうなの? なにそれアタマいいーw」

「なし男くんかわいそーw アシュラくんの露骨な点数稼ぎに使われてw 完全に餌じゃんw」


 すぐに本音を白状する豪山。

 続いて、黒板の前にいた取り巻きの女子たちが反応する。


「どうよ? オメェにとっても悪い話じゃねーだろ? オレらについてくるだけでテストをパスできるんだぜ?」

「…………」


 まるで受け入れて当然という態度の豪山。

 けれど時杉は再び下を向いた。


「おいおい、なに迷ってんだ? こんなのヨユーで即決だろ。ったく、スキルがねーと考えるスピードもトロくなんのかよw」


 豪山がガハハと大口を開けて笑う。

 その奥では取り巻き連中たちも同じくニヤニヤしている。


「ッ……!」


 ギリッと奥歯を噛む時杉。

 己の机を見つめながら、拳を握り込む。


「…………俺だって」

「あん?」


 ――ブルルッ!


「!」


 その瞬間、机の上で時杉のスマホが震えた。

 そしてすぐに思い至る。


(きたっ!!)


 飛びつくようにスマホを開いて通知を確認する時杉。

 その間、豪山含めその他たちは好き勝手な反応を示す。


「んだよ。オメェにも連絡よこす友だちなんていたのかよ?」

「え~、クーポンじゃない?w」

「ちょっ、やめなってw」


(くそ、好きに言ってろ。今に目にものを見せてやる……!)


 外野の野次にイライラしつつ、けれど構ってなどいられない。

 時杉は聞こえないふりをしてスマホを操作した。


「!?」


 届いていたのは、一通のメッセージ。

 その差出人を見ると……。



『デルタさん』



(なんだよ……)


 とんだ肩透かしだった。

 そういえば昨日のうちにお互いの連絡先を交換していたんだった。


 でも、おかげで時杉は思い出すことができた。


 それは昨夜のこと――。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~


「ねぇ、思ったんだけどさ」


 ボスを倒してひとしきり二人で喜んだあと、ふとデルタが言った。


「はい?」

「ソレさ、キミのスキルなんじゃない?」

「……え」


 ソレ――というのは時杉が見た夢のこと。

 いきなり予期せぬことを言われて困惑する時杉。


「例えばだけど、失敗しても何度もやり直せる能力……とかそんな感じ?」

「やり直し……」


 言われて、もしかしたらそうかも……と時杉も思った。

 たしかに感覚としては近かった。


「あ、でもこのこと誰にも言っちゃダメだよ」

「え……どうして?」

「効果がちゃんと分かってないし、なんなら間違ってるかもじゃん。そもそもほんとにスキルだとしても、ケッコー説明ムズくない?」

「た、たしかに……」


 仮にもしクラスメイトに「俺もスキルに目覚めた」などと言ったら、恐らく返す刀で「じゃあ見せてみろ」となるに違いない。


 そのとき、今夜時杉が経験した内容は非常に説明しづらい。

 再現しようにも、少なくとも一度攻略に挑んで~と結構な時間が掛かる。


 であれば、途中で馬鹿にされるのがオチだ。


「ま、というわけでさ。しばらく二人だけのヒミツってことで♡」

「!!」


 唇に人差し指を当てイタズラっぽく笑うデルタに、思わずドキッとしてしまう時杉。


(二人だけの……ヒミツ……)


 かわいい女子と秘密の共有。

 対女子の免疫力が皆無の時杉にとっては、なんと甘美な響きか。


(……ま、これはこれでいいか)



 ~~~~~~~~~~~~~~~~



(あぶねぇ。危うくヒミツを破るとこだった……)


「どうよ?w 何割引きだったよ?w」

「……さあな」


 ニヤニヤと笑う豪山。

 けれど時杉はそれを無視し、そそくさと帰り支度をした。


 約束は約束。

 たとえムカついても、おいそれと破るわけにはいかない。


「お。んだよ、帰るのか?」

「…………」

「へっ、まあいいぜ。なんてったってオメェは《スキルなし男》。どこまでいっても底辺以下。そんなオメェとあえて組むヤツなんざ、どうせ学校どころかこの世のどこにもいやしねぇ」

「…………」

「いやぁ、楽しみだぜ。オメェがテストの直前になって、土下座しながらオレに泣きついてくるときを思うとよぉw」


 教室の出口へと向かう時杉に、豪山がヒラヒラと手を振る。

 黒板の前ではやっぱり取り巻きが笑っていた。


 それでも、時杉は耐えた。


「ま、でももし仮に、本気でがいたとしたら――」

「!」


 だが――。


「ソイツはよっぽどのバカかアホだわなw ガハハハッ!!!」



 その一言で、時杉はついに



「……いいぜ。そんなに土下座が楽しみなら見せてやるよ。ただし、やるのは俺じゃなくてお前だけどなぁ!!!」






 …………というセリフを、時杉は家に帰って自室のベッドで枕に顔をうずめながら叫んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る